第49話 聖国と教会

 ヴォルトの妹さんはベッドの上で子犬になった精霊のお腹をさすっている。

 儚げな笑いではなく年相応の笑顔。むしろ元気いっぱいだ。


「いやー、わりぃね、クロスさん。騙す気はなかったんだけど」

「別に悪くないよ。それで体の調子の方はどう?」

「もうよゆーっすよ! こんなに元気なのは初めてじゃねーかな!」


 とても元気なお嬢さんだ。

 さっきまで深窓の令嬢と思ってたけど、そんなことなかった。

 よく考えたらヴォルトと同じスラム街出身だもんな。

 それにヴォルトがそばにいたらこういう話し方になるのも分かる。


 俺は別にいいんだけど、問題は聖剣か。


「妹ちゃん! そういう言葉使いはダメだってば! おしとやかに行こうよ!」

「えー、面倒じゃん。それに聖剣さんだって口が悪いって聞いたぞ?」

「私はいいの! もう身も心も汚れた聖剣だから! でも妹ちゃんは違うでしょ!」

「いや、変わんねぇって。俺、最近、風呂に入ってねぇし」

「そういう意味じゃないよ! ああもう、女の子が胡坐かいちゃダメだってば!」


 聖剣は妹さんの言葉遣いとかがお気に召さないらしい。

 見た目は理想的なお嬢様なので、それにふさわしい話し方をしてほしいようだ。

 さっきのも俺で訓練するみたいなことだったらしい。


 でも、聖剣の言うこともちょっと分かる。

 ギャップがありすぎて違和感が半端ない。


 ヴォルトと妹さんって結構な血筋の人なんじゃないのか?

 スラム街で育って両親も知らないとか聞いたけど、貴族とかなのかもしれない。

 ゲームのメインストーリーを知っていれば分かったかもしれないけど、スキップしてたから分からないな。


「二人とも見た目だけかー! イケメンと美少女なのに中身が伴ってない!」

「んーなこと言われてもさー。それよりも俺の精霊を見てくれよ。可愛いだろ?」

「確かに可愛い……妹ちゃんも可愛いんだからちゃんとして!」


 なんだか大変そうだが、妹さんは楽し気にしている。

 ヴォルトはそれを見ながら少し涙目だ。

 こうやって元気になったのが嬉しいのだろう。


 ここは兄妹水入らずにするべきだな。

 聖剣は仕方ないから置いてくけど。


 馬車から降りてそっと離れると、アウロラさんもそれについてきた。


「クロスさんはすごいですね」

「なにがです?」

「サンディアさんを治して、さらには精霊を支配させるなんて普通できません」

「それは俺じゃなくてスキルがすごいおかげですよ」

「……それはつまりクロスさんの力では?」


 そうだろうか?

 そもそもスキルなんて宝くじに当たったようなものだ。

 転生だってそうだし。

 努力して手に入れた力じゃないから自分の力とは思えないな。


 宝くじに当たって身を滅ぼす人がいるのは、労働で手に入れた対価じゃないからだと思う。だからお金の使い方が雑になって大変なことになる。

 俺もそういうところは気を付けないとな。


「スキルを得られたのは運が良かっただけなので、俺はすごくないですね」

「スキルがあっても上手く使えない人はいます。その点で言えば、クロスさんは上手く使っていると思いますが」

「だとしても、俺がすごいってことにはなりませんよ。まあ、その話はこのへんで」

「……分かりました。では、これからの対応ですが――」


 色々と情報を聞いて思ったことがある。

 脳筋軍師だと思っててすみません。

 アウロラさんは色々と調べてくれていたようで、帰りの計画も立てていた。


 来るときはアマリリスさんのおかげで関所や町を通れたが、帰りはそうはいかない。遠回りになるが、迂回ルートがすでに決まっていて、そこを通って帰るらしい。残りの食料なども計算されていて、余裕をもってエルセンへ戻れるとのことだ。

 はらぺこ魔女スカーレットの食べっぷりは予想外だったそうだが。


 そういうことは全く考えてなかったからありがたいな。


「特に何も問題はないと思っていいですかね?」

「基本的には。ただ、聖国と教会に関しては不確定要素が多いのでなんとも」

「不確定要素とは?」

「先ほどもお伝えしましたが、女王派と教皇派がやり合う感じになっています。こちらの想定以上にお互いを敵視しているようで。クロスさんは何をしたんですか?」

「何をと言われましても。お互いのスパイというか支持者をばらした感じですかね。あとヴァーミリオンが怒っているという嘘の情報も流してますけど」

「なるほど。それですね」

「え?」

「お互いの支持者をばらしたので、聖国も教会もかなり混乱しています」

「結構効果的だったんですね。でも、そのおかげで無事に帰ることができるなら別に構わないかと」

「……ほかに何か言い忘れていることはありませんか?」


 なんだ?

 アウロラさんの目が鋭くなっているんだけど?

 でも、何もしていないよな?


 たしかに教会本部の寄付金はほとんど持ってきた。これに関しては言っていない。

 でも、それが聖国と教会の問題になるのだろうか。

 もしかしたら、聖国が教会への寄付金を奪ったとかそういう話になってる?


 先に言っておいた方がいいかもしれない。


「実は教会本部にお金がたくさんあったので貰いました」

「お金がたくさんあった?」

「契約書が置かれている部屋にあったんですよ。なので迷惑料として貰いました」

「なるほど。ですが、それはどこに?」

「それは秘密です」


 よく考えたらスキルが持ってるって言えないよな。

 良く考えたらあれだけでもチート能力だし。


『基本的に金属しか持てませんよ。食料とかはダメです』

『頼るつもりはないから安心してくれ。金貨や金属だけでも十分だから』


 アウロラさんは俺を半眼で見つめている。

 そろそろアウロラさんには隠せなくなってきてるけど最後まで隠す。


 俺の気持ちに気付いたようで、アウロラさんは息を吐いてから改めて俺を見た。


「おそらくお金は関係ないと思います。それ以外にはなにかありませんか?」

「いえ、ないと思いますけど……?」

「そうですか。疑ってすみません」

「あの、他にも何かありました?」

「教皇が『神がいた』と言っているようなんです。それが原因で聖国と教会の全面戦争に発展しそうだとメイガスさんは言ってました」

「oh……」

「……心当たりがありますか?」

「いえ、まったく」

「目を見て言ってください」

「陰キャなので勘弁してください」


 何をミスった?

 神がいたなんて、おそらくスキルのことだろう。

 ディエスはスキルの気配が分かったようだけど、オリファスにはそういうのはないはずなんだが。

 ここはスキルに聞いてみよう。


『どういう理由かわかる?』

『おそらく、メタトロンを解除したからですね』

『それが理由なのか?』

『あの魔法も神の残滓と呼ばれる力の一つです。ディエスはそれを教皇に教えていたと思いますよ』

『つまり……?』

『神の力を消せるのは神だけと思っているのでしょう。私の方が強いだけですが』

『先に言ってくれよ……』

『どっちにしても解除しなければ逃げられませんから仕方ありません』

『なら、教皇は俺の中に神がいると思っているわけ?』

『もっと酷いと思います』

『もっと酷い?』

『クロス様自身を神だと思っている可能性のほうが高いですね』

『嘘だろ……』

『まず間違いなく。天使を食ったとも言いましたし』


 俺のせいだった。

 でも、あのときはああでもしないと隙を作れなかったし。


『ですが、クロス様がどこのだれかなのかはバレていません。ヴァーミリオン配下の魔族としか言わなかったので』

『その嘘が上手く効いてくれればいいんだけどな』


 顔を変えておけばよかった。

 襲撃時点では金がなかったから忘れてたよ。

 うん、あの教皇には二度と会わない方向で行こう。

 女王に負けて幽閉とかされないかな。


「やっぱり心当たりがあるんですね?」


 また、アウロラさんが顔を覗き込んできた。

 本当に心臓に悪いからやめて欲しい。


「ぶっちゃけますけど、教皇は俺を神だと思っているみたいですね」

「それはなぜでしょう?」

「彼女の魔法を無効化したことが影響していると思います。そんなことができるのは神様だけって理論ですね」

「クロスさんは違うんですよね?」

「神なわけないでしょう。そうだったらもっと優雅に過ごしてます」


 神がお金を盗んだり、レアな薬草を見つけて喜んだりするわけがない。

 カラアゲ好きは分からんが。


 それにしても面倒なことを対処するたびに面倒ごとが増えていく。

 夏休みの宿題をすぐに終わらせるタイプなのに、どれだけやっても終わらない悲しさよ。わんこそばかよ。

 四天王達を倒してアウロラさんを魔王にするという面倒ごともあるのに。


 色々疲れた。

 村に帰ったら少し休もう。

 温泉に入って、カラアゲ食べて、酒を飲む。

 酒はヴォルトのおごりだ。

 それくらいしても罰はあたらないよな。

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