第14話 勇者と教会
魔国を突っ切ってエルセンまで戻ってきた。
五日ほどいなかっただけだが、なんとなく懐かしいと思う。
魔国にいたときは転々としていたし、同じところにいるのはここの方が長い。
実家に帰ってきたような安心感だ。
スキルに超過料金を払いたくないので聖剣はすぐに台座に戻した。
聖剣は最後までうるさかったが、アルファが毎日遊びに来ると言い出したので落ち着いてくれた。
今後のご機嫌取りはアルファに任せよう。
これを恩返しだと思って欲しいと言ったら、まかせて、と元気よく言っていた。
でも、食費は俺が面倒をみないとな。もっと働かないとダメか……働きたくない。
冒険者ギルドには誰もいなかった。
壊れたテーブルもそのままで、主がいない冒険者ギルドはなんとなく寂しそうだ。
ただ、食材と酒は好きに飲み食いしていいとフランさんの書置きがあった。
何をしに実家に戻ったのかは知らないが、かなり長い間いないということだろう。
エンデロア王国が大変なことになったという情報も伝わったはず。
帰ってくるには結構な時間がかかるかもしれないな。
さて、酒はしばらく保存できるが、食材は物によって足が早い。
とっとと食べてしまうに限る。
「今日は私が夕食を作りましょう」
「料理で魔王城の厨房を破壊した人は近づかないように」
「失敗は成功の母と言います」
「あれは失敗ではなく単なる破壊活動です。俺がやるので座っててください」
アウロラさんは家事全般が致命的だ。なので何もさせない。
やる気があるのは分かるんだが、空回りしている。
パワーが有り余っている人ってどうして何に対しても全力なんだろうか。
もしかしたら力の調整が難しいのかもしれないけど。
俺も料理はほとんどできない。
前世はコンビニ弁当か外食だけで料理なんかしなかった。
家には冷蔵庫もなくて、コンビニが冷蔵庫代わりだったからな。
現世も外食ばかりだな。今後のために調理技術を学んだ方がいいかもしれん。
よし、何はともあれカラアゲだ。
確かショウガとニンニクをすりおろして、しょうゆ、みりん、お酒と混ぜる。
これに鶏肉を投入して漬け込む。
しばらく漬け込んだら一口サイズに切って、片栗粉をまぶし、油で揚げる。
二度揚げがいいとか、なんとか。
ただ、量も時間も分からないから適当。
なんとか出来た。食べられればいいんだ。
「あまりおいしくありませんね」
「さっき料理するなって言ったことに怒ってます?」
「いえ、全然。これは単なる評価です。感情は入ってません」
微妙な味なのは認める。大体、自分でカラアゲを作ったのは初めてだし。
火が通ってないということはなさそうだし、味が微妙なだけで問題はないはず。
これはこれで酒が進むというものだ。
アルファにはカラアゲじゃなくてそのまま食べられる果物類を食べさせた。
このカラアゲは子供には厳しい気がする。味的に。
栄養が偏るけど村の食堂は観光地価格で高いから却下だ。
飲み物はぶどうジュース。さすがにお酒は早すぎる。
フランさんが帰ってくれば、まともな料理を食べられるんだけどな。
でも、ここへ帰ってくるかどうかは微妙なところだろう。
俺の予想通りに事が進めばフランさんは騎士団に復帰するはず。
本人よりも国や騎士団の人たちが復帰させようとするはずだ。
一度くらいはここへ顔を出してくれるかもしれないが、受付嬢は続けないだろう。
そうなるとヴォルトはどうするのだろうか。
フランさんがここにいないなら村に滞在する理由もなくなりそうだ。
フランさんを追って行くかもな。
カラアゲを作ってくれる人と酒飲み仲間がいなくなるのはちょっと寂しい。
でも、これが最善だと思う。
フランさんもヴォルトも収まるところに収まる感じだ。
国は同盟を続けるだろうし、魔国は今回の件でさらに混乱するだろう。
俺は二人の酒飲み仲間を失うが悪くない結果だ。
人生は理不尽なことばっかりだ。
楽しい時間は長続きしない。
楽しかった思い出をつまみに酒を飲むような人生は送りたくないんだけどな。
とはいえ、積極的に誰かと関わりたいとも思わない。
色々と面倒くさい性格だと自分でも思う。
「クロスさん、もう一杯どうですか?」
「え? ああ、いただきます」
寂しそうな顔でもしてたのだろうか。
基本的にいつも手酌だからちょっと新鮮だ。
でも、元上司の部下に酒を注がれるってちょっと微妙。
……なんかすごい上手いな。泡と液体の比率が完璧だぞ。
ビールの美味さは泡で決まるとか聞いたことがあるけど本当かね。
これができるってことは、もしかして料理もちゃんとすれば上手いのか?
「女子会でビールを注ぐ訓練をしたので美味しいはずです」
「なんでまたそんな訓練を?」
「モテる女の必殺技というのを教わりました。どうでしょうか?」
「ろくなことしてませんね。でも、美味しいですよ」
「そうではなく、私にキュンと来たかと聞いているのですが」
「いえ、まったく」
たまに恐怖で心臓がキュンとするけど。
しかし、アウロラさんも不思議な人だな。
俺のスキルに興味があるようだし、さらには魔王になって欲しいと言っている。
ヴォルトといい、なんで俺の周りには節穴が多いのだろうか。
カラアゲとビールがあれば幸せな奴に何を期待しているんだか。
「ところでヴォルトさんを迎えに行かなくていいのですか?」
「そのうち帰ってきますよ。殴る相手がすでにボコボコにされてますから。そうそう、俺がエンデロアに行って暴れたことは内緒にしてください。アルファもな。アルファは温泉に秘密がありそうとやってきた、という設定だ」
あまり納得いっていないのかアウロラさんは不満顔だ。
逆にアルファはやる気満々。
「私はメイガス様を助けようとしている健気な魔導生命体アルファ」
「そうだ。温泉にメイガスを助ける秘密があるかもとやってきただけだぞ」
「まかせて。こう見えてアルファはできる子。メイガス様も言ってた」
ちょっと不安だけどあまり嘘はないから大丈夫だろう。
魔導生命体だから村の人じゃなく俺が面倒を見ているという設定もある。
これなら問題ないはずだ。たぶん。
後はヴォルトが帰ってくるのを待てばいい。
クリストファがいた町の状況をみて何もできずに戻ってくるはずだ。
あれを見れば冷静になるはず。追い打ちをかけるような真似はしないだろう。
いまだに不満そうな顔のアウロラさんが口を開いた。
「内緒にするということは、フランに何もしなかったと思われてしまうのでは?」
「実際そうなので。ヴォルトを止めることも連れ戻すこともできなかったのでフランさんにお金を返さないといけないですね。しばらくは遊んで暮らせるお金だったんですが、残念残念」
フランさんのお金はスキルを使うために借りただけだ。
依頼に関しては何もやってない。ヴォルトが勝手に戻ってきだけだ。
それでお金を貰っちゃいけないよな。
あとは金庫にあった金をどうやってフランさんに渡すか考えないとな。
身の丈に合わない金を持っていると不幸なことが起きかねない。
宝くじに当たった人が身を滅ぼす的なあれだ。とっとと手放さないと。
それはそれとしてアウロラさんがめちゃくちゃ見てる。
金を返す言い訳にしてはちょっと苦しいか?
アウロラさんは口角を上げてニヤリと笑った。
ちょっとぎこちないが、なにか含みがありそうな表情だ。
「私の目に狂いはなかったようですね」
「なんの話か分かりませんが狂ってますよ。前みたいに眼鏡をかけてみては?」
「あれは伊達眼鏡ですので。もしかして眼鏡フェチでしたか?」
「そういう言葉をどこで覚えてくるんです?」
なんで伊達眼鏡なんてかけてんだという話だが、軍師っぽいとかいう理由かな。
ん? ギルドの外から走っているような足音が聞こえる。
ようやくお帰りか。結構早かったな。
扉が勢いよく開くと、息を切らせたヴォルトが入ってきた。
「よお、ヴォルト。ようやく帰ってきたか」
「クロス、お前、何をした……?」
「お前を探しに行ったけど会えなかったから帰ってきた。それよりもフランさんがここの酒と食材を好きにしていいってさ。まずは酒を飲んだらどうだ? 俺が作ったカラアゲもあるぞ、味はいまいちだが」
ヴォルトは複雑そうな顔をしながらテーブルにつく。
疑いの目でこっちを見ているが俺が何かをやった証拠なんて何もない。
とぼけていれば何もしていなかったと同じだ。
ヴォルトは視線をアウロラさんの方へ向けた。
「アウロラ、クロスは何をしたんだ?」
「厨房に入らせてくれませんでした。これは私に対する侮辱です」
「やっぱり怒ってるじゃないですか」
「怒ってません」
「そんな話じゃねぇよ!」
「でかい声を出すな。酒が不味くなるだろ。ほら、まずは飲んで落ち着け」
コップにビールを注ぐ。それをヴォルトの前に置いた。
ヴォルトはそのコップをひったくるように取ると一気に飲み干す。
コップは小さいけど、急性アルコール中毒になるから止めろ。
勇者なら効かないかもしれないけど。
ヴォルトはテーブルにコップを強めに置くと俺を見た。
「クロスがやったんだな?」
「何を?」
「俺が国境を超える寸前、魔族が貴族の屋敷で暴れたという話を聞いた」
「へぇ、そんなことがあったのか。でも、俺は関係ないぞ。お前を追ったけど会えなかったら面倒くさくなって戻ってきただけだ」
ものすごい疑いの目が向けられている。
だが、顔も変えてたし、俺がやった証拠なんて何も残してない。
聖剣にも口止めした。言ったら火山の火口に落とすと脅しもした。
もちろんゴブリン達にも口止めした。同じ失敗はしない。
「アウロラも同じ答えか?」
「……………………はい。クロスさんは何もしてませんね」
いや、即答してくれ。絶対にわざとだ。
ヴォルトの奴、今度はアルファの方へ視線を向けた。
「この嬢ちゃんは?」
「この子は私とクロスさんの子です」
「いつものセンスのない冗談だから気にするな」
なんでこれは即答してんの?
しかもまたセンスのない冗談を言ってる。
もしかしてそういうネタなのか? スベり芸みたいな?
ヴォルトに見られているアルファはニコッと微笑んだ。
「私は大賢者メイガス様に作られた魔導生命体アルファ。よろしく」
「……へぇ、魔導生命体のアルファか。俺はヴォルトだ、よろしくな」
「温泉に秘密があると睨んでやってきた健気な女の子」
「そりゃ大変だな」
あれ? ヴォルトの奴、あまり驚かないな?
魔導生命体って有名じゃないと思うんだが。
俺はゲームで知ってたけど。
「実は教会を通じて得られた情報がある」
「教会? 珍しいな、お前、嫌ってたろ?」
「ああ、向こうから接触があった。情報があったら欲しいって言ってたな」
「へぇ。でも、いきなり何の話だ?」
なぜかヴォルトはすぐには話さず、手酌でコップにビールを注いでから飲んだ。
今度はゆっくりとコップをテーブルに戻すとニヤリと笑う。
「教会が管理している大賢者メイガスの魔力譲渡契約が一部、一方的に破棄された」
「……へー」
「さらには魔導生命体アルファの精神支配も解けちまったらしい。今、教会も大混乱だそうだ」
「……タイヘンダネ」
教会がやってたことなのかよ。
ということは、あの国にアルファを貸し出していたってことか?
魔国とも教会ともつながっていたってなんの冗談だ。
「誰がやったんだろうなぁ?」
ヴォルトの奴、疑惑が確信に変わった顔をしている。
そんな繋がりがあったなんて知らねーよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます