第15話 女騎士の帰還

 結局ヴォルトの奴にはバラした。

 何を言っても信じそうになかったので仕方なく詳細を話した。


 そもそもアルファが証拠になってる。フランさんが騎士を辞めた原因となる貴族がいた場所にアルファがいて、そのアルファが村にいる。偶然という言葉で納得はしないだろう。それにもう面倒くさい。


 なので全部話したが、これはお前のせいだ、と言ってやった。


 俺だってあんなことをするつもりはなかった。

 そもそもヴォルトがキレて飛び出すのが悪いと責任を転嫁した。

 暴論とも言えるが、これで俺が有利になったのは間違いないだろう。


 ヴォルトもそれは痛いところなのか、俺を問い詰めるような感じは無くなった。

 罪悪感を感じるなら俺じゃなくてどう考えてもヴォルトの方だ。

 そしてテーブルにぶつけるほど頭を下げて謝罪した。


「いや、その、本当にすまん。男同士の約束を破っちまった」

「それは別にいいけどフランさんには謝っておけよ。心配してたぞ」

「そ、そうか。戻ってきたらちゃんと謝る」

「そうしろ。お前を止めるために俺に全財産をよこしたほどだ。金貨十枚だぞ?」


 それにはかなりの衝撃だったようで、筋骨隆々のヴォルトがしゅんとしている。

 五年は遊んで暮らせる金をヴォルトのために出したんだ。

 その金額に比例して罪悪感も増えるだろう。大いに反省しろ。


 正直なところ、ヴォルトが飛び出さなくてもやっていた可能性はある。

 相手の貴族にむかついたのは俺も同じだし。

 だが、俺が行動を起こした一番のきっかけはコイツだ。たぶん。


「な、なあ、その金は――」

「フランさんに全額返す。俺はお前を連れ戻してないからな」

「そ、そうか。でも、本当にいいのか?」

「別にいいよ。こんなに金を持ってても使い道なんてないしな」


 労働に見合わない賃金を貰ってしまうと真っ当な使い方をしない。

 お金をありがたみを忘れないためにも、あぶく銭は持たない方がいい。


 それに結果的にヴォルトは何もせずに帰ってきたが、もっと大変なことになっていた可能性もある。どういう結果になるか分からない賭けのような行動だし、ギルドの食料を好きにしていいという報酬で十分だ。


 それにフランさんやこの国がどうなるかもまだ分からないしな。


 ぶどうジュースを飲みながら話を聞いていたアルファが首をこてんと横に倒した。


「金庫からお金と宝石が入った袋をとってたけど、あれは?」

「なんだ、見てたのか。もちろん今も持ってるぞ」


 持っていた袋を三つテーブルに置く。

 別に隠すようなことじゃない。

 そもそもこれはフランさんに渡す物だし。

 契約書の魔法を解除したから金は減ったけど、それは必要経費ってことで俺の心の中で済ませてる。


 なんだ?

 ヴォルトもアウロラさんも半眼でこっちを見ているんだが。


「それって強盗じゃねぇか?」

「俺は魔族だぞ。それくらいするに決まってる」

「そういう魔族の品位を下げることは良くないと思いますが」

「いえ、人間から見ると魔族ってそんなもんですので。品位なんてないです」


 ヴォルトとアウロラさんから批判されているが、魔族なんてそんなもんだ。

 それに勘違いしている。俺がこれを貰うわけじゃない。

 ちゃんと説明しておかないとな。


「これはフランさんに渡す金だ。フランさんへの迷惑料として持ってきたんだよ」

「おお、マジか」

「マジだ。そこで相談がある。匿名で置いておくつもりだったんだが、それだと受け取らないよな。どうすれば受け取ってくれるか考えてくれ」

「難しいこというなよ。フランさんに全部話すってことはないんだよな?」

「フランさんは俺が魔族であることも知らないんだぞ。それは言いたくない」

「たしかにそれはまずいか……」


 魔族だとばれても態度が変わらないなら問題はないが、ちょっと微妙だ。

 本来ならヴォルトの態度の方がおかしい。

 こんなところに魔族がいたらもっと騒ぎになるが黙ってくれているし。


 ヴォルトは勇者としては異端者なんだろうな。

 俺も魔族の中じゃ異端だけど。


 それはともかく、金をどうやって渡すか。

 貴族からしたらはした金だろうけど、カウンターに置かれていたら気味が悪い。

 フランさんも自分宛とは思わないだろう。

 なにかうまい方法を考えないと。


 そもそもフランさんがここへ帰ってこないという状況もあり得る。

 その場合はフランさんの家に忍び込んで置いて来るかな。


 なぜかアウロラさんがわざとらしい咳をした。


「エンデロアの騎士を名乗る人が持ってきたことにするのはどうでしょう?」

「なるほど。真実を知った騎士が謝罪に来たってことにするんですね」

「はい。これは恋愛小説にも書かれているトリックです」

「密室殺人が起きる恋愛小説なんですか?」


 さすがに殺人事件が起きる話はないようだ。

 好きな女性のために花束を用意したが、身分の違いから受け取ってもらえないと思い、どこかの騎士が貴方へ渡して欲しいと頼まれたと嘘をついて花束を渡すシーンがあるらしい。アウロラさん曰く、人生で五本の指に入る最高のシーンだそうだ。


 それはそれとして、その作戦で行くのがベストだろう。

 フランさんの性格上、受け取らないと言っても騎士はどこにもいない。

 そうなれば受け取るしかない。


「さすが軍師ですね。その案で行きましょう」

「私の案を採用した、つまり私に借りができたということですね?」

「……スキルの内容は話しませんし、魔王を目指すつもりもありませんよ?」

「いえ、そんな大それた借りではありません。ちょっとした借りです」


 どんなレベルの借りなのかは不明だが、それならまあいいだろう。

 よし、あとはフランさんが帰ってくるのを待とう。

 一ヶ月以上帰ってこなかったらこっちから行くしかないな。




 ヴォルトが帰ってきてから一週間経った。


 思いのほかヴォルトの料理が美味くて驚いた。

 俺が作るカラアゲよりも美味かったのはかなり悔しい。

 どうやらスラム街に住んでいた頃に色々学んだ結果だそうだ


「残飯を下手に食ったらあぶねぇし、栄養が足りねぇと魔物にも勝てないからな」


 独学で学んだということだろう。

 ヴォルトは教会に勇者として発見されるまで妹さんと一緒に暮らしていた。

 病弱な妹さんを守るためにも食事にはかなり気を使ったという。

 魔物を倒せるようになってからは、その食材を使った料理を作っていたそうだ。


 その妹さんは教会に保護されている。

 ヴォルト曰く、保護じゃなくて人質とのことだ。

 勇者の力を教会へ譲渡するために囚われているということなのだろう。

 ただ、面会できないとか、そんなことはなく、行けばいつでも会えるらしい。


 普段から教会を気に入らないと言っているヴォルトだが、妹さんの面倒を見てくれていることだけは感謝しているとのことだ。

 教会には怪我や病気を治せる人が多く、妹さんの病状もかなり回復したらしい。

 なんでもその対応をしている聖女は誰にでも優しく、妹さんのことも良く面倒を見てくれるそうで、教会で唯一信頼できる人だとも言っている。


 そもそもヴォルトは勇者の力なんてどうでもよく、聖剣を探索するようにも言われているが、ここで見つけたことは教会に言うつもりはないらしい。

 教会は妹さんを使ってヴォルトを制御していると思っているだろうが、ヴォルトも妹さんの病気を治すとために教会を利用しているのだろう。

 持ちつ持たれつという関係なのかもしれないな。


 しかし、教会の聖女か。

 たぶん、UR生贄の聖女アマリリスのことだと思う。

 体内に悪魔を封印しているというちょっと危険な人だ。

 暴走しなければ問題ないし、信頼できるという評価も間違いじゃないのだろう。


 そんな事情はともかく、問題がでてきた。

 そろそろ食料がなくなる。

 フランさんがいないので冒険者ギルドの仕事ができないからお金も増えない。

 森で猪とか狩ってこないとダメかもしれない。


 昼飯を食べながら相談するかと思ったところで入り口の扉が開いた。

 扉の所にはフランさんがいて、照れ臭そうにしている。


「あー、その、ただいま」

「フラン、おかえりなさい」

「フランさん! 帰ってきてくれたのか!」


 アウロラさんとヴォルトは椅子から立ち上がってフランさんに近づく。

 アルファはぶどうジュースを飲みながらぽけーとフランさんを見ているだけだ。

 ここは俺も挨拶をしておくべきだろう。


「おかえり、フランさん」

「ああ、色々あったけどようやく帰ってこれたよ」


 しかし、ちょっと驚いた。フランさんの服装が普通だ。

 俺の予想では貴族風のドレスか騎士の恰好で来ると思ったんだけど。

 布製で地味な服だし、もしかしてここで受付嬢を続けるってことか?


 アウロラさんはかなり嬉しいのか、普段は見せない笑顔でフランさんを見ている。

 読書仲間みたいだし、友人だと言ってたから本当に嬉しいんだろうな。


「元気でしたか?」

「まあ、ぼちぼち元気だったよ」

「それで実家では何を?」

「それなんだけどね、私の葬式をしてきたんだ」


 全員絶句。アルファだけは分かっていないようだが。


 これは詳しく聞くしかない。

 関わったことの顛末はちゃんと確認しておかないとな。

 全員でテーブルを囲み、詳しい話を聞くことにした。

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