第16話 闇百合


 冒険者ギルドの食堂で一つのテーブルを囲み五人が椅子に座っている。

 俺、フランさん、アウロラさん、ヴォルト、そしてアルファだ。


 素面では話しづらいのか、フランさんはビールをテーブルの上に置いた。

 そしてアルファを除く全員のコップに注ぐ。アルファだけはぶどうジュース。

 アルファとは初対面のはずなのに不思議そうな顔をしないのはさすがだ。

 まさか俺とアウロラさんの子だと思ってないよな?


「それじゃ乾杯しようか」

「えっと、何に?」

「黒百合の女騎士フランチェスカの死にだね、ほら、乾杯」


 それを乾杯していいのかと思ったが、フランさんは笑顔でコップを掲げる。

 空気が読めないわけじゃない。

 本人がいいというなら問題ないということで、皆で乾杯した。


 そして一口。

 昼間から飲む酒は美味い。

 毎日だとただのダメ人間だが、たまになら良し。


 フランさんも美味そうに飲んでいる。

 そして「ぷはー」と大きく息を吐いた。


「やっぱり私には安い酒の方が合ってるね。高いワインとかは飲んだ気がしないよ」

「俺はワインを飲まないけど、そういうもん?」

「そういうもんだね。というよりも、一緒に飲む奴らの違いさ」


 それは俺たちと飲む方が美味いと言っているのだろうか。

 確かに飲食は誰と飲み食いするかが結構影響する。

 一人飯も好きだが、くだらない話をしながら飲み食いした方が美味いだろう。


「それでフラン、なにがあったんですか?」

「さっきも言った通り、フランチェスカは死んだことにして葬式をしてきたよ」

「でも、フランは生きてますが?」


 アウロラさんの疑問はもっともだ。

 生きているのに葬式とはこれいかに。


 フランさんはもう一度コップに口をつけると、詳細を語り出した。


 簡単に言えば死を偽装したということ。

 貴族も騎士もやめたのに、いまだに面倒なことを言ってくる。

 なので対外的に死んだことにして、すべての決着をつけたとのことだ。


 貴族の女性なので、修道院送りとか色々あるが、生きている以上は利用される。

 なら、死んだことにして別人として生きることにしたということだろう。


 貴族にも騎士にも戻れないが未練はないという。

 もう一度なりたければ、ただのフランとして目指すとのことだ。


 ただ、ほとぼりが冷めたら戻そうとしていた家族や黒百合騎士団はそれに大反対。

 だが、フランさんの意思は固く、「私を守れるくらい強いなら戻ってもいい」といい、不満がある人全員と戦ったという。そして挑戦者を全員ぶちのめし、晴れて死んだことになったらしい。


 ワイルドすぎない?

 らしいと言えばらしいけど、全員ぶちのめすって思考が魔族なんだけど。


「お嬢様にも会って話してきたよ」

「公爵家のお嬢さんのこと?」

「そう。自分のためにごめんなさいと泣いてくれたよ」

「そっか……」

「でも、私は騎士としての役目を全うしただけだって言ったよ。憧れた騎士みたいに振る舞い、お嬢様を守れたのは私の誇り。だから謝らずに感謝してほしいと言ったら、泣きながらだけど笑顔で感謝してくれた。そして永遠に親友だとも言ってくれたよ。何か困ったことがあったら必ず頼ってくれともね。私にはそれで充分さ」


 そこまで言ってフランさんはアウロラさんを見る。


「アウロラのおかげさ」

「私ですか?」

「ああ、騎士として立派だったと言ってくれたろ。だからこそ、未練なく止められた。今まではちょっと未練があったけど、もうないよ。これからはただのフランだ」


 本当に未練がないなんてことがあるだろうか。

 でも、フランさんは色々と吹っ切れた感じのいい笑顔をしている。

 虚勢だろうと本心だろうと、本人がそう言ってるならそうなんだろう。


 これはあれだ。クラスチェンジ。

 黒百合の騎士団長フランチェスカは受付嬢フランにクラスチェンジしたわけだ。

 それとも別衣装的な扱いかな。イベント報酬の無料キャラ的な。


「でもねぇ……」


 なぜかフランさんが呆れた顔で俺を見ている。


「私が自分を死んだことにまでしたのに、似たようなタイミングでどっかの誰かが隣の国へ攻め込んだみたいだね? しかも元凶の貴族を襲ってくれたらしいんだ。襲撃の話が伝わるのがあと少し早かったら私の計画が危うく台無しになりそうだったよ。間違いなく騎士団に戻されてたね。連絡があったのが葬式の後でよかったよ」

「……余計なことをするやつもいたもんだね」

「それがあったから色々と面倒なことになって、帰ってくるのが遅れちまったよ」


 おいおい、まさかばれてないよな?

 でも、なんでこっちを見てるんだ?


「その誰かは魔族の男だったみたいでね、貴族の奴をボコボコにしたらしいよ」

「魔族って気まぐれだから、たまたま襲ったんだろうね」


 よし、魔族の情報があるならフランさんの中では俺じゃないってことになる。

 これなら大丈夫だ。


 なんだ? アウロラさんが顔をそむけた?

 そしてフランさんの目が細くなる。


「クロス、アンタが魔族なのは知ってる」

「……なんのこと?」

「アウロラがそう言ってた」

「ちょっとアウロラさん?」

「一言だけ言い訳させてください」

「……どうぞ」

「お酒って怖いですね」

「それで許されると思ってるんですか?」

「クロスさんは私にちょっとした借りがあるはずです」

「……だからあのとき念を押したんですね……?」


 金貨の袋を渡す作戦を考えてもらったときのあれはこのときのためか。

 なんて策士。軍師だけども。


 アウロラさんは一度ゴホンと咳をしてからキリッとした顔になった。


「友人に嘘はつけません。女子会の時にちょっと酔っぱらって自分とクロスさんが魔族だとばらしました。いける、と思って」

「キリッとした顔がちょっとイラッとしますね。もう魔王軍の軍師を辞めてください。というか辞めて」


 なにかこう、酷い裏切りを受けた気分だ。

 酒を飲んで機密を漏らす軍師ってなんだよ。

 ここに来てからずっと隠してたのに。


 別にばれても態度が変わらないならそれでもいいけどさ。

 ただ、これじゃ俺がエンデロアまで行って貴族を襲ったのがバレバレじゃないか。

 こんなピンポイントで襲う確率は低いんだし。

 嘘がばれたときの恥ずかしさがどれほどだと思ってんだ。


 俺とアウロラさんのやり取りが面白いのか、フランさんは笑っている。

 そして一通り笑い笑い終わると、俺に向かって頭を下げた。


「ありがとう、クロス。おかげで、公爵家や私の実家、それにこの国も助かった」

「色々とばれているからもう否定はしないけど、ちょっと範囲がおかしくない?」

「いや、クロスの襲撃で色々なことが上手くいった。私が死んだことも向こうのせいにするつもりだったから、エンデロアへ多額の賠償を請求したんだ。あの貴族のせいでフランチェスカは死んだとね。今、あの国は魔族との関係を噂されているから、それを払拭したいとかで全額払うと同意してきたよ」


 同盟維持、多額の賠償、さらに今後の婚姻に関してはエンデロアからこの国へ嫁ぐという話にまでなっているという。ずいぶんと破格の対応にこの国の王族も不思議に思っていたとのことだが、原因はなんとなくわかる。


 今、同盟が破棄されて困るのはエンデロアの方だからだ。


 破棄されたとき、魔族がどこに攻め込むのかといえば、約束を反故にしたエンデロアだろう。エンデロアから見れば先に約束を反故にしたのは魔族だが、魔国にいる魔族は誰も襲撃なんかしていない。魔国はエンデロアの自演を疑っているはず。


 そしてエンデロアは魔族を信用できなくなった。

 人間同士の同盟が重要だと改めて認識したはずだ。


 うん。思ったよりうまくいったな。

 運による部分が大きいが、終わりよければすべてよし。何の問題もない。

 これで平凡な人生に戻れるというものだ。


 フランさんはまたコップに口をつけると、今度はヴォルトの方を見た。


「ヴォルトもありがとう。私のためにあんなに怒ってくれて嬉しかったよ。何も言わずに飛び出した時は困った奴だとも思ったけど」

「本当にすまねぇ。結局俺は何もできなかったし、お礼なんかしないでくれよ」

「他人である私のためにあんなに怒ってくれたことが嬉しいんじゃないか」

「フランさんは他人ってわけじゃねぇ」


 おいおい、ここで口説くのか?

 そういうのは二人だけの時にしてほしんだが。

 もしくは俺が聞こえないところで。


「昼から酒を飲む困った冒険者から、気の置けない友人くらいにはなったよ」

「そこは恋人になったって言うところじゃねぇの?」

「そんなわけあるかい。友人から恋人になりたかったらもっと頑張りな」


 え? これは脈があるって話か? すげぇな。

 ヴォルトは気付いていないみたいだけど。

 そしてアウロラさんの目力が強い。今後の展開を見逃さまいとしている。


 まあ、これで色々と終わったな。

 飲み仲間も今まで通りだし、これ以上面倒なことは発生しないだろう。


 おっと金を渡しておかないと。


「フランさん、依頼料を返すよ。あと、こっちは迷惑料として奪ってきた金と宝石」


 俺が襲撃したことがばれてるなら誰かが迷惑料を持ってきた作戦は使えない。

 なので、正直に渡す。

 フランさんはこれから大変だろうから、金はいくらあってもいいだろう。


 よく考えたらアウロラさんが出した策に対する借りなんてないな……。


 それはいいとして、なぜかフランさんは呆れた顔をしている。


「ヴォルトを連れ戻す以上のことをしておいて依頼料を返すって言うのかい?」

「エンデロアの貴族を襲ったのは俺個人の理由だから。それにヴォルトなんか探しにも行ってないよ」

「なら、この金と宝石は?」

「だから隣国からフランさんへの迷惑料。合法的にあの馬鹿貴族から貰ってきた」

「強盗は合法じゃないよ?」

「それは人間の法。俺、魔族だし」


 お互いに受け取れないという攻防が始まった。

 そこでアウロラさんが「フラン」と呼びかける。


「受け取ってください。これは契約料です」

「契約……? ああ、あれって本気なのかい?」

「フランは冗談でしたか?」


 なぜか迷惑料が契約料になっているんだけど、なんの話をしているんだ?

 フランさんは考え込んでいたようだが、笑顔で受け取った。


「分かったよ。ならクロス、これは契約料として受け取る」

「契約料って何?」

「アンタ、魔王になるんだろ?」

「ちょっとアウロラさん?」

「お酒って怖いですよね。でも、いける、と思って言いました」

「もうお酒は飲まないでください。永遠に」


 この人、外堀から埋める気か?

 でも、それはそれとして、契約料って何の話だ?


「女子会で私を魔王の近衛騎士隊の隊長、黒百合――じゃなくて闇百合のフランとして雇いたいと言われてね」

「女子会での話を真に受けないでください。しかも何、その中二的なネーミング」

「貴族には戻らないし、仕事が受付嬢だけだと将来不安だろ?」

「安定も安定ですよ。近衛騎士の方がよっぽど不安定じゃないですか」

「でもね、ここまでのことをしてくれたのに何も返せないのは私の騎士道に反するんだ。今日から私も部下なったからよろしく頼むよ。恩と契約料の分だけはしっかり働くから。百年くらいかね?」


 フランさんはそう言って笑い、アウロラさんも笑顔になっている。

 アルファは分かっていない感じだが、つられて笑顔だ。


 そしてヴォルトが「俺もクロスの部下になるか!」とか言い出して、アルファは「私も」と言い出した。


 色々なことが上手くいったと思ったのに台無しにされた気分だ。

 受付嬢フランが闇百合の近衛騎士隊長フランになったじゃねぇか。

 どこの限定ガチャだよ。


 あーあ、波風の立たない平凡な人生を送りたいなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る