第86話 鬼炎衆と兵站部隊
お祭り二日目。
筋肉痛は引いたし、ヤケドはまだ直っていないが痛みはない。
やっぱり食事だ。
食いたいものを食えるというのは肉体的にも精神的にもいいね。
痛みなんて吹っ飛んだ。
マグロ、ハマチ、カツオ、ウニやイクラ、そしてウナギ。
前世でも食べたことがないほどの贅沢な夕飯だった。
これで酒があったら完璧だったが、それは駄目だとアウロラさんに止められた。
まあ、怪我人だし、仕方あるまい。
それにメリルのおかげで米や魚介類、酒が手に入るようになった。
エルセンに戻ってもあの澄んだ酒が楽しめるというわけだ。
ヴォルトにもいい土産になるだろう。
体も痛くないしお祭りへと思ったけど、先にやらなくちゃいけないことがある。
バサラさんの娘さんだ。ヤケドを治してあげないと。
朝一番で集落からこっちに向かっているとか。
そろそろ来るとか言ってたが、まだだろうか。
そう思っていたら、アウロラさんがやってきた。
「バサラさんの娘さんが到着したようです。通してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
数分後、アウロラさん、バサラさん、そして虚無僧みたいな顔を隠す傘をかぶっている人が入ってきた。
虚無僧は女性物の着物を着ているし、おそらくバサラさんの娘さんだろう。そういえば、ゲーム上でもこんな姿だったな。好感度が上がると素顔をさらしてくれるけど、キャラを持ってなかったから見たことはないが。
普通に朝の挨拶をした後、バサラさんが正座の状態から頭を下げた。
そして娘さんも同じように頭を下げる。
「クロス殿。謝罪や礼をする前からこのようなことを頼んでしまって申し訳ない」
「いえいえ、別に構いませんよ。そもそも刀による精神支配だったわけですし、バサラさんは悪くないですから」
「そう言ってもらえるのはありがたい。それで戦いの中で聞いた話だが、本当に娘――ミナツキのヤケドを治せるのだろうか?」
かなり必死だな。
事故とはいえ、娘さんにやけどを負わせたのはバサラさんだ。
なんとかしてやりたいのは親として当然だろう。
「診てみないと分かりませんが、ええと、握手させてもらってもいいでしょうか?」
「アウロラ殿から話は聞いております。魔法による触診というか診察が必要だとか」
アマリリスさんやヴォルトの妹さんを診たときもそうやったから、アウロラさんはそれを覚えていたのだろう。事前に説明しておいてもらえて助かる。
「では、ミナツキさんもよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いいたします」
鈴を転がすような声とはこういう声を言うのだろうか。
顔が完全に隠れている状態なのに綺麗な声だ。
アウロラさんが怖いので特に何も言わずに差し出された手を握る。
『俺にはヤケドが見えないけど、いくらかかる?』
『これなら金貨三枚と言ったところですね』
『意外と安い……いや高いな。金貨三枚だし』
いかん。やっぱり金銭感覚が狂ってきた。
エルセンに戻って薬草採取の仕事をしないと。
一日銅貨三十枚の稼ぎで喜ぶ日々に戻りたい。
『治していいですか?』
『ああ、頼むよ』
『治しました』
『相変わらず仕事が早いね』
ミナツキさんから手を離す。
すると、バサラさんが座ったまま近寄ってきた。
「やはり厳しいでしょうか?」
「え? あ、いや、もう治しました」
「……なんですと?」
「確認してみてください」
「ミ、ミナツキ……!」
「は、はい……!」
虚無僧さん、というかミナツキさんが顔を隠している傘に手をかける。
それを上に上げるようにして脱いだ。
正確な年齢は分からないけど、俺より若い。十代後半だろう。
切れ長のちょっと吊り上がった目に、バサラさんと同じような赤い髪をアップにしている。そしてちょっと赤い角が二本。俺より若いのに姐さんと言いたくなるような感じだ。懐から小刀とか出てきそう。
たぶん、顔を隠していたからヤケドは顔にあったはず。
見た限り綺麗な肌に戻っていると思う。
バサラさんも驚いているし、これでいいんだよな?
アウロラさんはこのために用意していたのか、手鏡をミナツキさんに渡した。
ミナツキさんはそれを恐る恐る手に取って自分の顔を見る。
すると体を震わせて涙を流した。
どうやら大丈夫なようだ。
これにて一件落着、と思ったらいきなりバサラさんが畳に頭を打ち付けた。
びっくりしたけど、これは頭を下げたのか。
「クロス殿! いえ、クロス様! 感謝いたしまする!」
「大丈夫そうですね。治ってよかったです」
「なんとお礼を言えば良いか……! ミナツキ、お前からも礼を……!」
ミナツキさんは正座の状態から両手を重ねるようにして深く頭を下げた。
「クロス様、誠にありがとうございます。諦めておりましたが、このような傷一つない状態に治るとは、なんとお礼を申し上げればいいのか分かりませぬ」
「いえいえ、たまたま治せただけですから」
「ここまでしていただいて見合った礼ができないのは鬼の名折れ。わたくし、ミナツキは今この時より、命尽き果てるまでクロス様にお仕えいたします。それですら足りませんが、なんでもお申しつけくださいませ」
「よくぞ言った。それでこそ我が娘。そして私もクロス様に忠誠を誓いまする」
「親子そろって大変困ります」
忠誠とかお仕えするとか、そういうのはいらないんだけど。武士なの?
これはやばい流れだ。
救援を求めるようにアウロラさんへ視線を送った。
アウロラさんは頷く。
「お二方ともクロス魔王軍の四天王として頑張ってください」
「ハッ! このバサラ、必ずやクロス様に勝利を!」
「全身全霊で当たらせていただきます」
俺のアイコンタクトは全く通じてなかった。
「俺の考えていた流れと違うのですが?」
「ちょっと遠回りになった程度で結果は同じですので」
遠回りどころか近道……というか、目的地が違うような……?
でも、ここまで言わせている以上、やっぱりなしというのは駄目だよな。
まあ、戦力はある方がいいか。
でも、せめて四天王は辞めさせたい。
すでに十三人くらいか?
もう分かんなくなってきたぞ?
そう言おうと思ったら、アウロラさんが先に動いた。
「バサラさんは炎のように荒々しく敵を打ち破る鬼炎衆の長を任せます。鬼たちを率いてクロス魔王軍の敵を討ち滅ぼしてください」
「ハッ! 謹んで拝命いたします!」
初めて聞く部隊が出たんだけど?
鬼炎衆ってなに?
「ミナツキさんは料理が得意とか。なのでクロス魔王軍兵站部隊の隊長を任せます」
「獅子奮迅の勢いで頑張らせていただきます」
兵站なのに獅子奮迅なの?
というか、流れからしてすでに決まってた話だよね、これ。
クロス魔王軍ってアウロラさんの軍だから別にいいんだけどさ。
でも、そろそろ勘弁してほしいことがある。
「四天王でなくともよくないですか?」
そう言ったら、なぜかバサラさんとミナツキさんがびくっと体を揺らした。
「なにか至らぬ点がございましたでしょうか。ならば腹を切って詫びるしか……!」
「恩人に不要と思われては生きていけません。介錯をお願いいたします」
「……四天王として頑張ってください」
親子そろってちょっと困る。いや、かなり困る。
いつでも切腹する覚悟があるとか重いだけなんだけど。
その後も色々話したけど、まずは千輪の復興に貢献しなくてなならないので、すぐについてくるという話はなかった。山岳地帯にいるジェラルドさんのようにバサラさんに鬼たちのまとめ役をしてもらう感じだ。
そもそも多くの鬼をエルセンに連れていけない。アウロラさんの話では魔国の東、四天王アギが治める砂漠地帯を攻略するときに期待しているとのことだ。それまではこの東国で力を蓄えて欲しいと言っている。
砂漠地帯の攻略か。どちらかと言えば先に南の森林地帯、ダークエルフのシェラがいるところへの攻撃すると思ってたんだけど、アウロラさんの考えは違うのだろうか。後でアウロラさんや皆と相談してみようか。
「ところでクロス様」
「なんでしょう?」
「少々見てもらいたいものが。少し席を外してもよろしいでしょうか?」
「ええ。もちろん構いませんけど」
ミナツキさんはそういうと部屋から出て行った。
でも、すぐに戻ってくる。
なにかお皿を持っていて、その上には布が掛けてあった。
「カラアゲがお好きだということで作ってまいりました。お口に合うと良いのですが、お試しいただけませんでしょうか」
「俺はカラアゲにうるさいですよ?」
「はい。お口に合わないようであれば、このミナツキ、自らに包丁を突き立て――」
「本当にやめてください」
理由は分からないが湯気が出ている。
どう考えても出来立てなんだけど、そんなことはどうでもいい。
箸もあるのでそれでカラアゲを一つ口へ運んだ。
……美味すぎてびっくりした。
フランさんのカラアゲよりも美味いような気がする。
しょうゆか? しょうゆの問題なのか? それとも鳥肉が違う?
「驚きました。完璧です」
「ありがたき幸せ」
俺は学んだ。
ここで良いお嫁さんになりますね、なんて言わない。
大変なことになりそうだからだ。
それはともかく、本当に美味いな。
これは酒が欲しくなる。
いや、むしろ飲まないと冒涜だ。
お祭りで酒を飲もうと考えていたら、アウロラさんがミナツキさんの前に座った。
「ミナツキさん」
「はい、アウロラ様。いかがいたしましたか?」
「そのカラアゲの作り方を教えてください」
「私でよければ喜んで」
アウロラさんはミナツキさんの手を両手で持った。
よく分からないけど、女性の友情っていいね。
そんなことよりも、お祭りもやってるし、すぐに向かわねば。
酒が俺を呼んでいる……!
四天王の件は後でいいや。
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