第87話 野暮
千輪はお祭りでにぎわっている。
鬼たちを誘い込むために整地した北の広場がそのまま会場になっているようだ。
広場の中心には櫓があり、それを円で囲むようにが沢山の屋台が並んでいる。
前世で見たような食べ物があって、どれもいい匂いだ。
りんご飴、イカ焼き、焼きそば、お好み焼き。さすがにチョコバナナはないな。
島国だし、基本的に外部との接触を断っているはずなんだけど意外と流通がいいのだろうか……いや、そんなはずないよな?
リンゴは採れないだろうし、小麦は東国で作ってないだろ?
良くは知らないけど、お米とかで代用してるとか?
「メイガスさんの亜空間に入れていた食材を売りさばいたようですね」
「うお、びっくりした。もしかしてアウロラさん、ずっと俺の後ろにいました?」
「軍師なので」
軍師と言えば何をしても許されると思っているのだろうか?
お祭りを見てきますと言ったのに、一緒に来てたのか。
そんな隠れてついてこなくてもいいのに。
……いや、俺が気付かなかっただけでずっと一緒にいたんだな。
「アウロラさん、俺の後ろじゃなくて横を歩いてくださいよ」
「一人でお祭りを見たいのかと思いまして」
「真後ろにいられるくらいなら一緒に見てください」
「分かりました。仕方ありませんね」
あれ? 俺が一緒に見ましょうってお願いした形なのか、これ?
まあ、いいけどさ。
アウロラさんが横に来た。
お祭りを異性と二人一緒に見る。青春時代にやってみたいことの一つだな。
告白すると花火の音で聞こえないところまでがセットだ。
それはいいとして亜空間に入れていた食材を売ったって言ったかな?
「さっきの話ですけど、食材を売ったんですか?」
「はい。それにいくつかのレシピも一緒に売ったようですね。売ったとは言っても米や魚介類と交換という形が大半ですが」
「もしかしてメリルが?」
「その通りです。東国へ来てからすぐに調査を開始したようでして、すでに商業都市では貿易の準備を始めています。エルセンへの流通が最優先ですが」
「そういえば、そんな報告を受けましたね。仕事が早いなぁ」
「はい。それに今日も巫女人形が百体、瞬殺でした」
「またパンドラが頑張ったのか……」
パンドラは人工生命体ということで別に寝なくてもいいらしい。
初めて会った時は枕付きで寝てたけど、そもそも兵器だしな。
魔力の供給があればどうとでもなるのだろう。
逆にアルファたちはパンドラを模倣した魔導生命体だが睡眠が必要だとか。
ただ、パンドラと違って自分たちで魔力を作り出せる。
そういう面ではアルファたちの方が優秀なんだろうな。
そのアルファたちとアラクネは数時間おきに櫓で踊っているそうだ。
それに合わせて皆も踊る。それだけのことなのにかなり盛り上がるらしい。
でも、昨日から気になっていることがある。
楽し気な声は聞こえてくるのだが音楽がない。
こういうときって笛を吹いたり、太鼓を叩くのではないだろうか。
「どうやら始まるようですね」
アウロラさんが櫓の上の方を見てそう言った。
そちらへ視線を向けると、アルファたちが櫓の上から皆に手を振っている。
それに応えるように獣人も鬼も楽し気に手を振っていた。
本当にアイドルだな。そのうち握手会とかするのか?
直後にアルファたちが両手を上げる。
そして「ハー、ヨイヨイ」と言い出すと踊り始めた。
それに合わせて皆が「ハー、ヨイヨイ」と言いながら踊る。
なるほど。声だけなのか。
まあ、楽しそうだからいいのかな。
「クロスさん、何か物足りないって顔をしてますね?」
「え? ああ、こういうのって音楽に合わせて踊るのかなって思っていたので」
そう言ったら周囲がざわっとなった。そして詰め寄られる。
もしかしてまずいこと言ったのか?
神聖な儀式だったのかもしれん。俺の迂闊さはいつ治るんだろう?
「話は聞かせてもらったわ!」
「メイガスさん、すみません、余計なことを――」
「さすがはクロスちゃんね。私達に足りないものをズバッと当てるなんて」
「……はい?」
「即興でもいいから踊りに合いそうな曲を流してもらえるかしらー?」
メイガスさんが獣人たちにそう言うと、ものすごい早さで準備を始めた。
そして楽し気な音楽が奏でられると、それに合わせてアルファたちが踊り始めた。
太鼓に笛に……三味線?
……なんだかさっきよりも盛り上がっている。
音楽に合わせて踊るって普通にあると思うんだけど、東国では違うのだろうか?
というよりも、踊りと音楽が別なのはメイガスさん達エルフの文化?
「エルフは音楽に合わせて踊ったりはしないんですか?」
「するわよー?」
「ならなんでアルファたちはしてなかったんです?」
「あまりの可愛さに忘れてたわ!」
「ああ、そういう」
というか獣人や鬼たちも忘れてたのか。
大丈夫だろうか。アルファたちを連れ帰ったら暴動とか起きないか?
ちょっと心配だ。
そんな心配をよそにメイガスさんは櫓の方へと向かった。
なにやら花火で盛り上げるそうだ。あの人、本当に大賢者なの?
それと入れ替わるようにホクトんさんがやってきた。
「クロスはもう起きても大丈夫なのか?」
「ええ、お陰様で。昨日は豪勢な夕食をありがとうございました」
「獣人だけでなく鬼も助けてもらった礼だ。まあ、あれでは足りんがな」
「贅沢な食事でしたけどね」
「喜んでもらえたのなら何よりだ。ここにいる間は好きなだけ食べてくれ」
嬉しいね。あんな贅沢がまたできるのか。
散財したけど結果的には良かったかな。
「ところでクロスに聞きたいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
「アランとカガミは、その、なんだ、アレなのか?」
「……アレって男女の関係とかそういう話ですか?」
「せっかくアレと言ったのに……だが、平たく言えばそうだ。姉として少々――いや、かなり気になる。野暮な話ではあるが儂はカガミの保護者でもあるのでな」
「難しいところですね。実際に聞いたわけではないのでよく分かりません。ただ、なんとなくアランがカガミさんを気にかけているな、という感じはします」
アウロラさんの報告ではいい感じだったらしい。
それにこれまでもアランはカガミさんを気にかけてた。
それが恋愛的なものなのかどうかは分からないけど。
アランからすれば妹みたいに思っている可能性もある。
逆にカガミさんはどう思っているのかね?
両想いの可能性もなくはないんだが。
ただ、アランは問題を抱えている。
元騎士だし、普段はいい奴だが帝国が絡んできたら烈火のごとく怒るだろう。
東国と帝国は接点がないはずだから、そんなことはないだろうけど。
帝国でのことは忘れてここに住むとか言い出したら大丈夫だとは思うんだけどな。
でも、あの眼帯を見るたびに思い出してしまうような気がする。
……アランの目を治してやれば復讐なんて考えないか?
「クロス? さっきからどうしたのだ?」
「ああ、いえ、すみません、ちょっと考え事を」
「もしかしてアランさんに何かあるんですか?」
今度はアウロラさんが食いついてきた。
俺の表情から察したか。
あるのはあるけど、俺が言うことじゃないな。
「すみません、俺の口から言うことじゃないので」
「クロス、待ってくれ。本当に何かあるのか?」
「ですから俺の口からは言えません」
誰にだって言いたくないことの一つや二つある。
それを俺が勝手に言うのはどうかと思う。
たまにぽろっと言ってしまうときもあるけど。
「……それはカガミが不幸になるようなことか?」
「それもなんとも言えませんね」
少なくともアランの性格ならカガミさんを巻き込むことはないだろう。
それがどういう結果になるのかといえば……ここでカガミさんと別れる、かな。
逆にカガミさんがアランについていくという可能性はあるが。
「以前なら即座に問い詰めるところだが、介入するのは……いや、しかし……」
「カガミさんももう大人ですから放っておいて大丈夫では?」
「……それが一番いいような気がする。だが、カガミを泣かせたら……アランをやってしまうかもしれん……!」
「落ち着いてください。深呼吸です、深呼吸」
ホクトさんは耳をピンと立てたまま深呼吸している。
この人、本気でやる気だ。カガミさんは姉離れができていない気がしたけど、ホクトさんは妹離れができていないんだな。
この後、アランはどうするんだろう?
クロス魔王軍に入って一緒に来るとは思えないし。
帝国と戦うことにでもなれば話は別だが、今のところそんな状況ではない。
俺たちの戦力を当てにしているという可能性はあるけど。
今日の夜にでも話を聞いてみるか。
「とりあえず、今日の夜にでもアランに話を聞いてみますよ」
「そうしてもらえると助かる。儂もカガミと少し話をしてみよう。では、よろしく頼む――おっと、大事なことを言うのを忘れておった」
「なんです?」
「テンジクが目を覚ました。礼を言いたいとのことだが、都合のいい時間を――」
「今行きます」
「む? そうか? なら連れて行こう。儂も早めに話を聞いておきたいと思っておったところだからな」
ようやく本来のテンジクとご対面だ。
これはテンションが上がる。
できればクロス魔王軍に入ってもらいたいところだが。
……いかん。アウロラさんの視線が厳しい。悟られないようにしないと。
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