第88話 推しキャラ

 祭りの最中だけど本物のテンジクに会いたいという欲の方が上回った。

 前世の推しキャラだ。会って話をしてみたいと思うのは当然だろう。

 他にも良いキャラはいたが、なんとなく見た目がドストライクだったからな。


 ホクトさんに連れられて、アウロラさんと一緒に蔵へとやってきた。

 テンジクは凶刀――正確には神の残滓に操られていた。

 なので大したお咎めはなくとも念のために牢へ入れておくということらしい。


 俺としてもそこは少し気になる。


 すでに残滓はないが、テンジクが何を考えて鬼がいる場所へ行き、凶刀を手に入れたのかはよく分かっていない。偶然手に入れたのか、それとも知ってて取りに行ったのか。そのあたりははっきりさせておきたいな。


 蔵に入りテンジクがいる牢へ移動する。

 牢とは言っても種類があるようで、テンジクがいる場所はそれなりに緩い牢だ。

 カゲツがいたような地下ではなく、畳があり、太陽の光が入る窓もある。


 鉄格子越しだが、ようやく本物とご対面だ。

 衰弱していたと聞いたので布団の上で横になっていると思ったら、普通に正座をして待っていたようだ。


 見張りや医者のような獣人がいたが、俺たちを見て頭を下げた。

 目覚めてすぐに食事もできたようで、順調に回復しているとのこと。

 暴れるようなこともなく、大人しく言うことを聞いていると説明してくれた。


 ホクトさんは医者や見張りを下げさせてからテンジクの正面に立った。


「テンジクよ。お主を救ったクロスとアウロラだ。希望通り連れてきたぞ」


 ホクトさんがそう言うと、テンジクは正座した状態で思いきり頭を下げた。

 さっきのバサラ並みに畳へ頭を打ち付けている。


「かたじけのうござる!」


 ……ゲームでは無口だったけど、ござるって語尾なの?

 クールビューティなのに?


「このテンジク、修行として鬼の洞窟にいったところ怪しげな刀を偶然見つけ、無警戒にも手に取ってしまったのでござる!」


 こっちが知りたいことを全部言ったぞ。


「その後、朦朧とした意識の中で大変なことをしでかしてしまったでござる……某、どんな罰も受ける所存! 打ち首獄門市中引き回しでも足らぬほど! 焼くなり煮るなり好きにしていただきたく思いまする!」

「分かりました。なら凶刀と共に火山の火口へ落ちてください」

「アウロラさんは落ち着いてください」

「私は落ち着いています」

「冷静にそれを言えるのは逆に怖いです」


 テンジクを亡き者にしようとしてないか?

 まさか殴った時も本気だった……?

 俺の推しというだけでテンジクが危険な目に。なんとか保護せねば。


「アウロラ殿でござるな。朦朧とした意識の中でもあの殺気だけははっきりと感じることができ申した。攻撃を受けたのは某の中にいた何かであったが、某は『あ、死んだ』と思ったでござる」

「かなりやる気でしたので」


 今度は俺の方へ視線を向けた。


「クロス殿でござるな?」

「ええ、初めまして」


 ……なんだ? 俺をジッと見つめているけど?


「某に憑りついた何か、それをなんとかしてくださったのがクロス殿と聞いておりまする。誠にかたじけのうござる」

「いえ、たまたまです」


 テンジクはやや困った顔をしてからまた頭を下げた。


 見た限り問題ないように思える。

 残滓の影響を受けているようには思えないし、演技をしているようにも思えない。

 ござるはちょっと想定外だったけど。


 さて、俺としては仲間に迎えたいけど、アウロラさんがな。

 それにホクトさんはどうするつもりなんだろう?


「ホクトさん、テンジクはどういう形になるのでしょう?」

「やってしまったことを思えば相当な罪ではある。だが、元凶は刀だ。鬼たちと同じようにしばらくは奉仕活動という形になるだろうな」

「なるほど……」


 正直なところそこまで大したお咎めはないということだ。

 聞いていた話と一緒だな。


「アウロラさん――」

「言っておきますが、四天王枠はもう一杯です」

「十人以上いる四天王に枠なんてないですよね?」


 アウロラさんはテンジクをクロス魔王軍に入れたくないんだろうな。

 まさか、ジェラシーなのか?

 むしろ、ヤンデレ的な気質を感じるが。


 テンジクの小さな耳がピクリと動いた。


「聞いた話だとクロス殿はクロス魔王軍を率いておられるとか」

「不本意ながらそうですね」

「その四天王といえば誰もが一騎当千の強者と聞いているでござる」

「私は初耳ですけど」


 マスコット部隊のアルファとか、聖剣とかは絶対に一騎当千じゃない。

 というかすでに十三人……クロスって馬鹿なのとか言われそう……いや、すでに言われている可能性が高い。


「どうでござろうか。某もクロス魔王軍へ所属させてもらえぬだろうか?」

「却下します」

「ちょっとアウロラさん?」

「四天王の枠はもう一杯で――」

「まだ言うか」

「いやいや、四天王でなくとも良いでござる。どこかの部隊に配属してくださればこの命尽き果てるまで敵を屠るでござる。どんな罰でも受けるとは申したが、できれば戦いの中で散りとうござる」


 なんかミナツキさんも命尽き果てるまでとか言ってたな。流行ってんの?


 たしかにテンジクなら強さは申し分ない。

 それに弱点はあるが「諸行無常」は使い道がある。

 俺としてはなんとか迎え入れたいところだが。


「ホクトさんとしてはそれでも大丈夫ですか?」

「クロス魔王軍については獣人も鬼も良く知っておる。そこに所属するというのであれば、罰として皆も納得するだろう。魔族と戦うなど命がいくつあっても足りぬからな。本人にとって罰となるかは微妙だが」


 ホクトさんの方は問題なしか。

 となるとやっぱりアウロラさんだよな。


「アウロラさんはどう思いますか?」

「間違いなく戦力にはなるでしょう。ですが、気分的に嫌です」

「軍師なんですから、もう少し納得できる理由を出してくださいよ」


 気分的に嫌って子供か。

 アウロラさんってたまに子供になるよな。


「アウロラ殿、某、世界最強の剣士になるため、つねに修行の場に身を置きたいでござる。ぜひともクロス魔王軍に所属させていただきたい」

「世界最強の剣士ですか」

「魔国には赤鬼のジェラルドと呼ばれる魔国一の剣豪がおるとか。某、ぜひとも戦ってみたいでござる!」


 その人、うちの四天王なんだけど。

 確かにあの人って剣を使わせたら魔国一と言われている。

 最近連絡してないけど元気かな。


 アウロラさんが顎に手を当てて考え込んでいる。

 もしかして脈があるのか?


「テンジクさんはジェラルドさんに勝つまで修行を続けると?」

「勝つまで? いや、某は生涯を刀と温泉に捧げておる。たとえジェラルド殿に勝とうと死ぬまで修行するつもりでござる」

「死ぬまで修行をする……つまり生涯、結婚はしないと?」

「結婚? 脈絡は分からぬが、某、伴侶を得ようとは思っておらぬ。我が道は修羅の道のみ。温泉には入るが色恋沙汰は不要と考えているでござる」

「採用します。クロス魔王軍の四天王として頑張ってください」

「おお! かたじけない! このテンジク、どんな敵でも屠って見せましょうぞ!」


 いや、うん。いいんだけどね。ちょっと疲れるよね。

 そもそも推しって付き合いたいとかそういうんじゃないんだけどな。

 結婚とかもまったく考えていないんだが。


 とはいえ、テンジクが仲間になったわけだ。

 推しキャラがガチャで出た時のような高揚感がある。

 四天王がまた増えたのは……どんまいだ。


 それに「諸行無常」のスキルは攻城戦に使える。

 敵がいない離れた場所からの攻撃としては最強だろう。

 シェラかアギとの戦いで試しておきたい。


 最終的にはヴァーミリオンと戦うわけだから、あの強固な城を落とすにも必要だ。

 それで認めさせようと思ってたけど、その前にアウロラさんが認めたから良し。


 それにしてもクロス魔王軍もずいぶんと大きくなった。

 オメガブーストも使えるようになったし、味方も増えた。

 エルセンに帰ったら皆と相談して本格的に魔国へ攻め込もう。


 そんなことを考えていたら、ホクトさんが腕を組んだまま頷いた。


「どうやらクロス魔王軍はこれからが大変そうだな?」

「ええ、まあ。いままでも大変でしたけどね」

「む、そうか……今日の夕食も色々用意しておくので遠慮なく食べてくれ」

「分かりました。遠慮しません。ちなみにお酒って出ます?」

「少量なら問題ないとアウロラに聞いたので用意はさせてある。いくらでもとは言わんが、ぜひとも味わってくれ」


 よし。なら夜はミナツキさんのカラアゲと大量の寿司を食べながら酒を飲もう。

 それにアランの話も聞かないとな。

 そうと決まれば夜まで祭りを楽しむか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る