第89話 復讐者

 祭りは夜も続いている。


 メイガスさんは派手に花火を打ち上げるし、獣人や鬼は疲れを知らずに踊り続け、音楽は止まることがない。夜だというのに昼間と変わらない喧騒だ。


 多くの里から千輪へ集まってきているようで、今では広場が大変なことになっている。しかもこれからは毎月お祭りをしようと提案されているとか。今までそういうのがなかったことが不思議に思えるが、同じ獣人だったとしても色々あったんだろう。


 それに獣人は鬼たちと一緒に何かをやるというのは結構新鮮なようだ。

 今までも交流はあったようだが、千輪で一緒にというのは始めてらしい。

 なんでこんなに仲良くなってるんだとは思うが、そのあたりはバサラさんやホクトさんが色々やっているようだ。お互いにリーダーとして慕われている結果だろうな。


 俺の夕食は昨日と同じように豪勢だった。その上、酒まで飲めた。

 ずっとお預け状態だったが報われた気分だ。

 酒はミナツキさんのカラアゲにも合うし、交互に飲み食いできるのは幸せだ。


 残念ながらアウロラさんに飲み過ぎだと止められたけど。


 あとは一風呂浴びて寝るかと思ったけど、アランのことがあったのを思い出した。

 ちょっと話がしたいと言ったらアランは二つ返事で了承してくれた。


 カゲツも一緒にとのことだったが、今回は二人だけということで遠慮してもらった。最後までブツブツ言ってたな。というか、カゲツの奴は俺のヤケドが治ったらすぐにでも戦おうとか言っている。もう少しコクウさんのような落ち着きを持って欲しい。


 そのコクウさんは凶刀を火口に入れる儀式の件でホクトさんと打ち合わせをしている。刀鬼という二つ名があるとおり、刀の扱いに関しては儀式的な知識もあるようで重宝しているとホクトさんは言っていた。色々と忙しいのだろう。


 そんなことを考えていたら、アランが部屋にやってきた。

 ふすまを開けて周囲を気にしていると思ったら、懐から酒瓶を取り出した。


「あんなんじゃ足りないと思ってな」

「助かる。飲み過ぎは良くないが、足りないのも良くないよな」

「アウロラにバレないようにな。俺が殺されちまう」


 アランはそう言っていたずらが成功したような顔になる。


 お互いに酒をお猪口に注ぎ、ちょっとだけ持ち上げてから同時に呑む。

 アルコール度数が高いからか、ビールと違って口やのどが染みるって感じだ。

 意図せずとも「あー」とか「くー」と声が出る。ビールなら「ぷはー」だが。


 アランと一緒にもう少しだけ飲んだ。

 楽しそうだ。俺と同じで酒が好きなんだろう。

 ヴォルトととも友人になれそうな感触だ。


 アランはいい奴だ。それに気が利く。

 気さくというかなんというか、女性だけでなく男性にもモテるだろう。


 ただ、それを気に入らないという奴が近くにいた。

 何をやっても勝てない奴がすぐ近くにいるってのは味方になるか敵対するかだ。

 無関心ではいられないのだと思う。


 アランは帝国が定期的に行っている魔物討伐の最中に裏切られて片目を失った。

 そして部隊大きな被害を出して魔物の討伐に失敗する。

 裏切ったのはアランの友人だった奴だ。


 その部隊の隊長だったアランは責任を取らされて騎士をはく奪。

 しかも帝都から追い出された。追放まであっという間だったのは、アランを良く思っていなかった奴らが全員で罠にはめたからだ。


 なんだか他人事には思えないね。

 俺も四天王達に追い出されたようなものだし。


 ただ、俺の場合はむしろ辺境に左遷されて嬉しかったけど。

 推薦してくれたジェラルドさんには悪いとは思ったが、俺には分不相応だっただけだ。アランはむしろ騎士団の部隊長なんて程度には収まらないはずなんだけど。


「おいおい、なんだよ。あまり見つめないでくれ。照れちまう」

「すまんすまん。酒をあまりにも美味そうに飲むもんだから」

「クロスに言われたくないぞ」


 そう言ってアランは笑い、お猪口の酒を飲み干した。

 そして少し真面目な顔になった。


「それで話ってなんだ?」

「いや、アランはこれからどうするのかと思ってな」

「カガミを東国に届けたし、ここでの騒動も終わったからな。また旅に出るさ」

「……そうか」

「なんだよ。まさかクロス魔王軍に誘ってくれるって話か?」

「それも悪くないが、カガミさんをどうするのかと思ってな」

「ああ、そういうことか」


 アランはそう言って手酌して飲み干した。


「クロスなら不思議系スキルで俺の事情を知っているんじゃないのか?」


 確信しているような顔だ。

 スキルのおかげじゃないけど、大体の事情は知っている。

 ごまかすことじゃないか。


「友人に裏切られて帝国を追放されたというくらいなら」

「ほとんど知ってんじゃねぇか」

「原因は知っててもアランの今の気持ちは知らないぞ」

「復讐を忘れて幸せに生きろなんて言わないでくれよ?」


 笑いながら言っているが、本当に言われたくないんだろうな。

 たぶん、決心が鈍るから。


 カガミさんとここで一緒に暮らすという想像もしたのだろう。

 アランとしてはそれを受け入れられない。

 でも、言っておくべきだろうな。


「俺がその目を治してやると言ってもか?」


 アランが俺を見つめるが、すぐに息を吐いた。


「今までで一番心が揺らいだよ。でも駄目だ。俺は復讐の気持ちが無くなったら生きていけない。それにいまさら幸せな人生を送ろうなんて思ってないな」

「そんな奴が酒を飲んで幸せそうに笑うわけがないだろ。そう思いたいだけだ」

「……かもしれないな。でもな、もう見えない目が痛いんだよ。復讐をやり遂げない限り、この痛みが治まることはないと思ってる。クロスに治してもらったとしても痛みが消えることはないと思うぞ」


 痛みというのは記憶される。その記憶が痛みを再現しているんだろう。

 精神的なものだとは思うが、復讐を果たせば痛みが無くなると信じてるわけだ。


「カガミさんのことはどうするんだ?」

「どうもこうもないさ。この千輪でカガミは修行していつか虚空院のトップになる。それだけの話だ」

「その話とやらにアランは出てこないのか?」

「初恋の相手が隻眼の奴だったとかいう内容で出てくれるかもしれないな」

「なら、アランの話にカガミさんはどう出てくる?」

「……さて、どう出るかな……復讐が終わった後になら出てくるかもしれんが、その前に俺が死ぬかもな」


 そう言ってアランはまた手酌で酒を飲む。

 ただ、今度は全く幸せそうじゃない。

 辛そうに酒を飲むのは酒に対する冒涜だ。


 仕方ないな。


「アランの話に俺を出しとけ。もちろん、お前が死ぬ前だぞ。仇なんて取るつもりはないからな? 死んだら馬鹿な奴だと笑うだけだ」

「……俺の話にクロスが出てくるって意味わかってんのか?」

「俺は魔国に喧嘩を売ってる立場だぞ。帝国を相手にしてもたいして変わりない」

「そりゃそうだが……」

「今すぐって話じゃない。アウロラさんが魔王になってからの話だ。だからそれまで復讐したい相手に手を出すなよ」


 アランが復讐したい相手は今や帝国の重鎮だ。

 そいつだけをやるなんてことはもう不可能だろう。

 帝国全体とまでは行かずとも、軍隊を相手にしないといけない可能性が高い。


 さすがに魔国と帝国を同時に相手するつもりはない。

 メイガスさんがいるから戦力的には行けそうな気はするが被害が大きそうだ。

 できるだけ命は奪わないという方針もあるからな。圧倒的な戦力でやるしかない。


「教会の地下から救い出してくれただけでなく、俺の復讐まで手伝ってくれるのか。家族だってそんなことしないぞ?」

「教会の方はビールを奢ってもらったし、それでもうチャラだ。復讐の手助けは……俺が酒飲み仲間を大事にするからだな」

「……そうか。なら、帝国を相手にする礼は先払いにさせてくれ」

「先払い?」

「俺をクロス魔王軍に入れてくれないか? アウロラを魔王にするまで付き合う。その後、帝国で復讐を果たす手伝いをしてほしい。それでどうだ?」


 この場にアウロラさんはいないが、俺が決めてもいいよな。


「分かった。なら四天王として頑張ってくれ」

「ああ、任せてくれ……ただ、四天王について聞きたいことがあるんだが」

「……聞かないでくれ」

「四天王って何人いるんだ?」

「だから聞くなって」


 多分、十五……いや、どうだろう? もっといてもおかしくない状況だ。

 いつの間にか四天王を名乗っている奴がいるかもしれん。


 そんなアホな話をしながら、またお互いに酒を注ぎ合って飲んだ。


「今日の酒は一段と美味いな!」


 アランは笑顔でそう言うと、また酒を注いで飲み干す。

 いかん、アランが全部飲む前に俺も飲まないと。

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