第90話 神刀と凶刀

 鬼たちが霊峰と崇める山の火口付近に巫女服を着た獣人たちがいる。

 十人の巫女たちは何かを呟きながらお祓い棒を左右に振った。

 そこへ一人の鬼が鞘に何枚もの札が貼られた刀を持って近づく。


 鬼は左手で刀を持ち、それを横にして火口へ突き出すように手を伸ばした。

 右手の人差し指と中指で刀に文字を書くような仕草をする。

 それが終わると鬼は火口に向かって刀を投げ入れた。


 今回の騒動を引き起こした凶刀。

 それはマグマの熱により一瞬で溶ける。

 多くの獣人と鬼が見守る中、儀式は完了した。




 ホクトとコクウは儀式を終えると千輪の虚空院へ戻ってきた。

 そして神刀がある本堂で酒を飲み始める。

 二人が飲み干すと、もう一度お互いに酌をした。


「終わったな」

「うむ、つつがなく終わった。コクウよ、感謝しておる」

「気にするな、昔の文献からそれっぽい儀式をしたにすぎん」


 ホクトは首を横に振った。


「そうではない。あの刀はお主にとって意味のある刀だっただろう?」

「あんなものを父の形見だとは思いたくない」


 凶刀を作ったのはコクウの父、コウゲツ。

 刀鍛冶だったコウゲツは最後の作品に凶刀を作った。

 その後、刀を持ってコウゲツは行方不明になる。


 一ヶ月後、コウゲツは霊峰で死体となって発見された。

 状況は分かっていないが、自ら命を絶った状態だったという。

 ただ、刀の傷跡はあったが刀はなかった。


 三十年ほど前の話だが、コクウはようやくケリがついたと酒を飲んだ。


「テンジクが古い刀を持っていたと聞いたとき気付くべきだった。あの刀こそ、父が最後に作った凶刀だとな」

「神刀を超える刀を作る、それがコウゲツの夢だったとか」

「夢か。俺には狂気にしか思えんが。俺の名前もこの虚空院から取ったほどだ。どれほど神刀に陶酔していたのやら」


 子供だったコクウは覚えている。

 コウゲツが凶刀を作る際に見せていた鬼気迫る迫力、それはまさに狂気。

 刀に神を降ろす、そんなことを言っていたコウゲツだったが、そんな状態で降ろせるモノは本当に神なのかとコクウは子供ながらに思ったものだった。


「神ではない何かをあの凶刀に降ろしたと?」

「分からん。ただ、父は刀を打っていた時から憑かれていたのではないかと思う」

「テンジクを操ったようにか?」

「そうだ。本当のところは分からないが、そう思いたい。そしてなんとか自我を取り戻して刀と共に消えた……というのは俺の願望だが」


 父コウゲツは怪しげな刀を作ってしまったことを悔いて、その刀を捨てようとしたのではないかとコクウは思っている。

 なんとか洞窟の奥へ行ったものの、操っていたモノからの反撃を受けた。

 自分自身で体に傷をつけるなど、それくらいしか思いつかないのだ。


 コクウはお猪口にあった酒を飲み干した。


「しかし、いいのか? あれは間違いなく父であるコウゲツが作った刀。それを公表すればコウゲツの罪になる」


 ホクトはすぐには答えず、お猪口の酒を一気に飲み干した。


「テンジクには悪いが獣人にも罪があるとした方が収まりが良い。それに知っている者は儂らくらいだろう。コウゲツの刀ということになれば全面的に鬼が悪いという話になってしまう。それは今後のことを考えるとまずかろう」

「……すまん。恩に着る」

「謝るなら儂に会いに来なかったことを謝れ」

「……すまん」

「一部の鬼たちを戦いに参加させないために色々してくれたのは感謝する。だがな、戦いが始まってから恋人に会いに来ないのは何事だと言いたい」

「……驚いたな。俺のことを恋人だと言ったのか?」

「色々あってな。少しは素直になろうと思っただけだ。他意はない」


 そう言ったホクトの頬は赤い。そして耳はぴんと立っていた。

 コクウは驚いたが、咳をして何でもないように振る舞う。


「そ、そうか。ならしっかり謝っておこう。申し訳なかった」

「謝罪を受けよう。色々あったが、今回のことで鬼と獣人はこれまで以上に手を取り合っていけるだろう。この騒動も悪いところばかりではなかったと言うことだ」

「クロス殿達に感謝だな」


 コクウはそう言うが、ホクトは同意することなくまた酒を飲んだ。

 訝し気にホクトを見ると、ホクトは神刀の方へ視線を向ける。


「どうした?」

「クロスは何者なのだろうな?」

「何者? 魔族とかそういう話ではないのだな?」

「うむ。そこの神刀、クロスは難なく抜いた。正直なところ意味が分からんかった」


 ホクトとしてはどうせ無理だと思ってやらせたまで。

 持つことができるかどうかという話だったのだが、クロスは簡単に神刀を持つと刀を抜いたのだ。


 自らの魔力で神刀の力を抑え込む。

 そして神刀を従わせることで初めて抜ける。

 これは言い伝えで実際に抜いた者などいない。


 この神刀はいつ頃から存在しているのかも分かっておらず、なぜそんな言い伝えがあるのかも分かっていない。まさに神が残した刀だと神格化されている。長い歴史の中で誰も抜けなかった刀をクロスはあっさり抜いたのだ。


「クロスはそれをズルだと言っておった。スキルのおかげだとな」

「不思議系スキルというあれか」

「うむ。話によれば、色々な情報を得られるようだが、治癒などもできるそうだ」

「そういえばミナツキのヤケドも治したのだったな。久々に顔を見たが、あの酷いヤケドが全くなかった……いや、待て。それ以前にカゲツが瀕死だったのを治していた。それにバサラとテンジクから逃げるときに転移もしていたはずだ」

「どれも個別なら分からんでもない。だが、そんな無秩序なスキルなどあるか?」


 ホクトの問いにコクウは首を横に振った。

 この世界の常識として、そんなスキルなど存在しない。

 少なくとも見たことも聞いたこともない。


「複数の性能を持つスキルなど聞いたこともない。それに一人が複数のスキルを持つことはないと言われている。なんでもできる上に神刀を抜くことができるスキルなわけか……俺と戦ったとき、信じられない速度で俺を倒したがそれもスキルか?」

「聞いてはいたが、本当に手も足も出なかったのか?」

「最初は弱かったのだが、木刀を手から離した後は一瞬で倒されたな。いつの間にか地面に倒され空を見ていた」

「お主が相手にそこまでか……」

「……そういえばバサラは操られていたはずだ。それを解除したのもクロス殿だ」

「巫女様の精神支配を解いたのもクロスだな」


 そこまで言うと二人は背筋が寒くなる。

 自分たちは一体何のスキルを見ているのかと思えたからだ。


 スキルとは系統で分けられるが、そこまで多くはない。

 アウロラの「神魔滅殺」やテンジクの「諸行無常」などの攻撃スキル。

 アルファたちの「オメガブースト」など、特定の能力を底上げをする補助スキル。

 メリルの「ドミネーター」など、効果のほどはいまいち不明だが、使用者に良い影響を与える恩恵スキル。


 大半はこの三つに分けられる。そして例外はあるが、一つの能力に特化している。

 クロスのようになんでもありなスキルなどは存在しない。

 そこから導き出される答えは、あるにはある。


「……スキルではないのか?」

「コクウもそう思ったか。はるか昔に『神の力』を手に入れた獣人がいたという」

「鬼の中にもいるな。天使や悪魔の力とも言われているが、クロス殿もそれか?」

「それならば神刀を抜くことができるのも納得できる。だが――」

「納得はできても信じられんか」


 ホクトは頷く。


 神の力は長い歴史の中でも片手で数えられる程度。

 そのどれもが信じられないような伝承として残っている。

 ただし、クロスの「神の力」は今まで聞いた中でも最上級に意味不明だ。


「だが、信じるしかないかもしれん。クロスは教会という組織を一度潰しかけた」

「それは初耳だが本当か?」

「カガミやアランが教会に捕まっていてな、それを助けたのがクロスなのだが、あそこにいる強者たちを子ども扱いしたらしい」

「聞けば聞くほど信じられんが、それも神の力によるものか?」

「そうとしか考えられん。そもそもあのメイガスがクロスに従っている。カガミたちと同様に助けられたらしいが、そんな事情だけで大賢者が下に付くとは思えん」


 大賢者メイガスの名前は東国でも有名だ。

 鬼への攻撃で軍隊すら退けられるほどの力を持っていることも分かっている。

 にもかかわらず、クロスを組織のボスとして立てている。


 組織は必ずしも強いものが上に立つ必要はないが、従うかどうかはまた別の話。

 恩はあるだろうが、別の形で返してもいい。


 メイガス自身がクロスを上と見ているか、もしくは興味があるから一緒にいるということ。大賢者と言われ何百年も生きているエルフに興味を持たれるとは、どれほどだということになる。


「大賢者すら解けない巫女様の精神支配を解いたことといい、隠そうとしているのだろうが、隠しきれておらんな」

「クロス殿の性格だと困っている人を放っておけないのだろう。あれほどのスキル――神の力を持っているならどこかの支配者になってもおかしくないだろうに」

「その気がないのだろう。もしくは何かしらの制限があるか。詮索する気はないが」

「我々には理解できぬ力だ。クロス殿だからこそ扱うことができるのかもしれん」


 ホクトは頷くと酒を飲んだ。

 そしてまた神刀の方へ視線を向ける。


「強大な力を持っても使うことなかれ、か」

「神刀を扱う際の戒めか」

「扱える者などいないがな。この神刀はどれほど修行して力をつけても慢心するなという警告のようなものだと思っておる。いつかはカガミならとも思っておるが」

「そう考えると凶刀に憑りついていた何かは神刀をどうにかできたのかもしれんな」

「うむ。最初、鬼どもは何を言っておるのだと思ったが、凶刀がからんでいるとなれば納得できる話だ」


 持ち上げることも困難な神刀を寄こせとの要望に、ホクトはバサラの頭を疑ったものだった。だが、神刀を超える刀を作ると言っていたコウゲツが作った凶刀があるなら話は別だ。


 コウゲツの執念が神刀を超える何かを呼び寄せたのか、それともコウゲツに最初から憑りついていたのか。因果関係は不明だが、結局クロスという別の力の介入で凶刀は神刀を超えることはなかった。


「まあ良い。被害はあったが良い形で終われたことは間違いない」

「そうだな。クロス殿には感謝だけしておこう。テンジクにも何かしてやらんとな」

「本人はクロス魔王軍に入れることを喜んでおったぞ」


 コクウはそれを知っているが、改めて聞いたところで別のことを思い出す。

 そして大きく息を吐いた。


「カゲツとバサラ、それにミナツキも所属したぞ。バサラとミナツキはついていくことはないそうだが、魔国との戦いになったら大半の鬼たちと一緒になってやる気だ。駄目だとは言わんが、何を考えていると言いたい」

「獣人の中にもおる。巫女様たちのために頑張りたいとのことだが」

「……あの神棚に飾ってある巫女様の人形を見るとホクトも行きそうだが?」


 デフォルメされたメイド服バージョンの巫女人形が三体、なぜか神刀よりも目立つように置かれていた。お供え物も立派で、むしろ神刀が巫女人形を守っているようにも見える。


「子供のころのカガミを思い出して情が移りすぎた……寂しくなるな」

「お前の口から寂しいなんて言葉が出るとは……」

「うるさいわ。それに昨日の夜、カガミと話したのだが……」

「何かあったのか?」

「アランについていくと言い出しおった」

「そ、そうか……」

「そのアランは今日の朝、クロスについていくとの話だったので、結果的にカガミもクロス魔王軍に所属することになっておる」

「噂の四天王か?」

「どうじゃろうな。あれは四天王とは言っても名前だけだ。敵を混乱させるための戦術みたいなものだろう。アウロラの話によれば、巫女様たちを守るような形でカガミを雇いたいとのことだが……」


 そう言うとホクトは今日何杯目かの酒を飲む。

 コクウも同じように飲んだが、ホクトを見る目が細くなった。


「お前も行きたいとか言わないだろうな?」

「東国が儂だけでなんとかなっておるなどとは思っておらんが、いなくなっては不味かろう。頼まれても行くことはできぬ。お主も鬼の長を辞めたバサラの代わりに鬼たちを治めるのだろう?」

「アイツの代わりなのは御免だが、そうも言ってられんからな。これが父の罪に対する俺の罰みたいなものだ」

「決してお前の罪ではないが、それを聞いて安心した」


 ホクトは酒瓶に残っている酒を自分とコクウのお猪口に注ぐ。

 それで酒瓶が空いた。

 もう一本の酒瓶を開けようとしたところでコクウが口を開く。


「しかし、よくカガミがついていくことに賛成したな?」

「賛成などしておらぬが止められるとは思えん。世界を見る機会だと思っておる」

「ホクトも成長したな。お前はカガミに対して過保護すぎるところがあったからな。だが、アランとどこかに落ち着くという可能性は?」

「それは釘を刺した。アランと一緒になりたいなら説得して東国へ連れて来いとな。それ以外は認めん。あと……」

「まだあるのか?」

「儂より先に結婚することも認めたくはないのだが?」

「そ、それは俺が努力しよう……」


 その言葉にホクトは笑顔になると、新たな酒瓶の栓を開けて酌をするのだった。

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