第91話 準備万端
凶刀を火口へ入れる儀式から三日後、エルセンへ帰る日になった。
食事が最高なので俺としてはもっと居てもよかったが、そんなわけにもいかない。
こんな贅沢はたまにするからいいのであって、毎日じゃありがたみが薄れる。
メリルのおかげで東国との流通も拡大するようだし、海の幸はどこでも食べられるはずだ。それに土産としてもらった酒をヴォルトに飲ませてやらないとな。できるだけ早く帰ってやろう。
「アウロラさん、皆の準備は大丈夫ですかね?」
「大丈夫です。アルファさん達が獣人たちと最後の踊りをしているくらいで」
「まだ踊ってるのは大丈夫じゃないと思います」
アルファたちの踊りは東国で正式な踊りになったらしい。
メイガスさんが教えた踊りなのだが、何かの文献で読んだものだとか。
多分、俺じゃない転生者が残したんだろう。
転生者はこの世界の色々な時代に散らばっていると思う。
聖剣も俺のいた時代とあまり変わらない感じなのに、千年前からいるとか言っていた。あんなところでずっと一人だったなら精神的にきついと思うが、意識だけならそうでもないのだろうか。
それを考えるとあのテンションも分からんでもない。
ただ、今はヴォルトの妹さんに振り回されて大人しくなったとか聞いたけど。
でも、なぜか面倒なことに巻き込まれる気がする。
それ以外にも別の問題がある。
向こうには元教会の御一行様がいる。
アマリリスさんとグレッグはともかく、元教皇はなんでいるんだ?
他にも元教会のメンバーが何人かいるらしいし、ちょっと怖い。
今のところ問題は起きていないそうだが、これまた面倒なことが起きそうだ。
とりあえず、アマリリスさんの悪魔はスキルに食わせておこう。
ゲームだとアマリリスさんのHPが減ると悪魔の封印が解ける感じだし。
『そうですね。封印されている方が値段的にお得なのでとっとと食べましょう』
『ところで今のお金ってどれくらいある?』
『獣人や鬼たちを変に助けるから今は一億枚ちょうどくらいですね』
『変にっていうな。仕方ないだろ、これから鬼や獣人は仲良くやってくんだから』
この三日間で重傷の鬼や獣人たちを治した。
結構金を使ってしまったが、高級食材の海産物や美味い酒がタダなんだ。
これくらいしておかないと罪悪感がある。
俺がやったわけじゃなく、アルファたちがやったということにした。
そのせいなのかアルファたちはさらに人気になった。本当にやばいくらいに。
虚空院ではなく、別の建物が作られそうな勢いだ。
一応、もう治せないという形にもした。
怪我の治すためにエルセンまで来られても困る。
なので一生に一回だけの特別な治癒スキルだとアルファたちから説明させた。
ちょっと苦しいが大丈夫だろう。
そのおかげか、お土産を大量にもらえた。
あまりにも貰い過ぎて、アルファたちが困った視線を俺に向けてたけど。
メイガスさんの亜空間も圧迫されているようで、こっちも困った顔を向けられた。
俺のせいじゃないと思いたい。アルファたちが人気すぎるだけなんだ。
一応、ホクトさん達には口止めをしておいた。
ホクトさんやコクウさんは俺だと確信しているから念のためだ。
できるだけスキルのことは隠したいと言ったらものすごく呆れた顔をされた。
ホクトさんには隠すならちゃんと隠せとなぜか怒られた感じになってしまった。
そして当然の結果というか、カガミさんが付いてくることになった。
俺の願いが届いたようでカガミさんは四天王じゃない。
マスコット部隊の一員としてアルファたちを結界で守るのがカガミさんの役目だ。
ついてくると言った時はアランも驚いていたが、すぐに喜んだな。
ここで帰りを待っていてくれとかくさいセリフを言わなくて済んだとか。
そんなことをいう男は四天王の職をはく奪してやるつもりだったんだけど。
そんなこんなで来たときよりも増えた形で帰ることになった。
東国のメンバーだとカゲツ、そしてテンジクが一緒にエルセンまで行く。
バサラさんとミナツキさんはここに残って戦力増強を図ることになった。
そして一部の獣人たちも魔国と戦うなら協力すると言ってくれている。
俺のためというよりはアルファたちのためらしいけど、それはそれでありがたい。
アウロラさんの話では魔国の東、砂漠地帯を治めているアギとの戦いでお願いしたいとのことだが、作戦があるのだろう。そういうのは全部お任せだ。
さて、アルファたちも最後の踊りが終わったようだしそろそろ出発か。
バサラさんとミナツキさんには昨日のうちに挨拶を終わらせている。
あとはホクトさんとコクウさんだな。
見送りにきてくれたようで、二人そろって立っている。
まずはホクトさんへ挨拶だ。
「それじゃ、ホクトさん、お世話になりました」
「世話になったのはこっちなのだがな」
「美味い物をたくさんいただきましたので。あと酒も」
「その程度では全く足らんのだが、クロスがそう言うならそうしておこう」
「そうしてください。コクウさんにもお世話になりました」
「俺の方こそ何もしていないのだがな……そうだ、クロスにではないのだが、テンジク、ちょっと良いか?」
呼ばれたテンジクが不思議そうな顔で近づいてきた。
「某に? 何用でござろうか?」
「凶刀の代わりとなる刀が必要だろう。この『三途渡し』をやる」
「……それはコクウ殿の父、コウゲツ殿が作った名刀中の名刀ではござらぬか」
「もう俺には不要なものだ。これを使ってくれれば俺も、そして父コウゲツもクロス魔王軍に貢献できたと思える。貰ってくれないか?」
コクウはそう言って刀をテンジクの方へ突き出す。
テンジクは逡巡していたが、意を決してその刀を受け取った。
「某のような罪人にかたじけないでござる。刀に恥じぬよう精進するでござる」
「テンジクは決して罪人などではない。あの凶刀に憑りついていたモノこそが元凶。それはこの俺が一番よく知っている。いつか役目を果たしたとき、また東国へ帰って土産話を聞かせてくれ」
コクウの言葉にホクトも頷く。
「その通り。色々あったが、結果的に獣人と鬼に新たな絆が生まれたとも言える。形としてテンジクには罰を与えておるが、決して罪人などではない。それは東国の総意だと思ってくれ」
テンジクは少し目を潤ませてから、頭を下げた。
「某、クロス魔王軍で活躍したと必ず報告に戻るでござるよ」
……スクリーンショットを撮ろうとしてしまった俺はゲームのやり過ぎだな。
こういう継承的なイベントって好きなんだよね。
前世から通算だと結構な年齢だから涙もろくなってるのかね?
「おう、コクウ、俺にはなにかねぇのか?」
「お前にはない。だいたい、お前は金棒を振り回すしかできんだろうが」
「なんだよケチくせぇな」
そして色々台無しなカゲツ。
東国に残ってバサラさんのところで訓練に励んでくれていても良かったのだが、付いていくと言ってきかない。カゲツの場合は他と連携とか無理だし、一緒に訓練しても意味はないのだろう。まあ、男性が増えるのは嬉しい。クロス魔王軍は女性が多くて肩身が狭いからな。
「クロスちゃーん、そろそろ行くわよー」
「あ、はい。それではホクトさん、コクウさん、ありがとうございました」
「うむ、カガミのことをよろしく頼む」
「無理はするなよ」
二人の言葉に頷いてから、空飛ぶ絨毯に乗る。
それがゆっくりと上昇すると、獣人や鬼たちから歓声が上がった。
アルファたちが顔を出して手を振ると歓声がさらに増す。
ようやく東国での対応が終わった。
商業都市、東国と色々あったが目的だったベータとガンマを助けられた。
それに戦力も予想以上に整ったと言えるだろう。
さらには金もある。
もう準備万端ということだ。
本格的に魔国の四天王達と戦いを始めよう。
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