第92話 帰還とお出迎え

 東国へ向かったルートを戻るようにして、ようやくエルセンに着いた。

 十日ほどかかったが、予定通りだったと言えるだろう。


 東国を初めて出るカゲツやテンジクが思いのほか興奮して寄り道が多かったが、カゲツにはビールという美味い酒があると言い、テンジクには温泉があると言うと大人しく従ってくれた。


 商業都市ではベルスキアに歓待してもらったが、アルファたちの巫女様人形が売られていてちょっと驚いた。しかも売れすぎて予約待ちという状況だ。


 メイガスさんが満足そうに笑っているの印象的だったが、アルファたちはちょっと微妙な感じらしい。ただ、アラクネ人形も売られていてそれに関しては喜んでいた。アラクネは足が二本なのが不服っぽいけど。


 そんなこともありつつ帰ってきた。

 なんだか久しぶりだ。


 東国の酒や魚介類もいいけど、ビールとカラアゲの組み合わせもいい。

 まだ昼前だけど、これは飲まねばなるまい。


 まずは皆を冒険者ギルドへ連れていくか。

 あそこってクロス魔王軍公認の建物みたいなものだし。


「それじゃまずは冒険者ギルドへ行こう。皆に紹介するから」


 村から少し離れた場所に降りて、あとは徒歩だ。

 村の人達はお年寄りが多いし、療養に来てる貴族がいるかもしれない。

 空飛ぶ絨毯で村まで行ったら面倒なことが起きそうだ。


 歩き出すと、前方からデカい犬にまたがった女の子がこちらに向かってきた。


「あー、クロスさん! それにアウロラさん達も! おかえりなさーい!」

「ああ、妹さんか。ただいま。ヴォルトたちはギルドにいるかな?」

「いますよ! 今日帰ってくるのはアウロラさんから連絡があったので、皆、宴会の準備をして待ってます!」


 それは初耳だったが、アウロラさんが得意げな顔をしている。

 おそらく俺に内緒で準備していたのだろう。

 これは乗らなくてはなるまい。


「さすが軍師ですね。俺がしてほしいことを分かってます」

「大魔王となるクロスさんのことならなんでも分かってますから」

「俺が大魔王になりたくないってことも分かってください」


 たぶん、分かっててやっているんだと思うけど。


「きゅぴーん」

「……パンドラ? どうした?」

「ヤンデレの波動を感じます。上から来ます」

「は? ヤンデレ? 上?」


 上を見ると何かが落ちてきた。

 そして衝撃と共に土埃が舞い上がる。

 皆が構えるが、殺気のようなものはない。


 土埃が落ち着くと目の前にクレーターができていて、そこに人がいた。

 長い黒髪で顔はよく見えないが目が光っている感じだ。

 ノーガード戦法というか、両手をふらふらさせて体もゆすっている。


 アレって教皇オリファスだ。いや、元教皇か。

 でも、どうする?

 どう見ても前世のホラー映画でテレビから出てくる奴なんだが。

 俺って呪われてんのか?


「ふひ、ふひひ……! ク、クロス様、お帰りをお待ちしておりました……!」

「……人違いです」

「いいえ、間違うはずがありません! その平凡な顔! 貧弱な体つき! そして大したことがない魔力! 教会本部で会ったクロス様に間違いありません! う……しゃべりすぎて吐きそう……太陽の下とかマジ無理……」


 怒っていいところなのだろうか。

 話は聞いてたけど、なんでこの人がここにいるんだろう?

 というか勝手に弱体化してるぞ?

 太陽に弱いとか弱点にあったっけ?

 ヴァーミリオンみたいに吸血鬼なの?


「オリファス様!」


 今度はアマリリスさんだ。

 その後ろからグレッグも付いてきているようだけど。


「きゅぴーん」

「今度はなんだ?」

「悪魔の波動を感じます。ちょっぴりラブの波動も。迎撃していいですか?」

「駄目だ。というか、オリファスの方を迎撃してほしかったよ」


 悪魔の波動は分かるけど、ちょっぴりラブの波動ってなんだよ。

 また適当なことを言ってんな?


 そんなことを考えていると、アマリリスさんが顔を赤らめながら近づいてきた。

 息が苦しくなるほど走ることないのに。


「ク、クロス様、おかえりなさい」

「ただいま戻りました。アマリリスさん、教会を辞めるとは思い切りましたね?」

「え、ええ。グレッグ様に誘われまして……」


 追い付いたグレッグが笑顔を向けた。

 なんだろう? 以前よりも笑い方が自然に見える。

 前は含みがあるような笑いだったけど。


「クロス君、久しぶりだね。同じ村に住む者同士、これからよろしく頼むよ」

「はぁ……なら、この人をどうにかしてもらってもいいですか?」


 なぜか息も絶え絶えで地面に倒れ、瀕死の状態に見えるオリファス。

 色々な意味で何しに来たんだと言いたい。

 元気印の妹さんも驚いて黙ってるし。


「あまり邪険にしないでくれたまえ。オリファス様はクロス君に興味があるのだよ」

「俺に興味?」

「オリファス様は君の中に神を見たようだ――いや、神だと思っているらしい」

「……頭に治癒の魔法をかけた方がいいのでは?」

「それで治るかどうかは分からないが、オリファス様の強さは本物だ。そちらのメイガス殿にも引けを取らないはず。クロス魔王軍としては貴重な戦力になるのでは?」

「でも、瀕死の状態ですよ?」

「使い場所を間違えなければ大丈夫だよ。夜とか暗い場所なら」


 グレッグもずいぶんと辛辣だな。

 今はもう上司と部下という関係じゃないとは思うけど。

 というか、オリファスってクロス魔王軍なの?


 まあ、それは後にしよう。

 道の真ん中で話をしていても邪魔なだけだ。

 まずはギルドで宴会だな。




 ギルドに入る前から宴会が始まっていた。

 主賓は俺たちじゃないのかと言いたい。


 ヴォルトやフランさんには挨拶もそこそこにいきなり酒を注がれた。

 これは飲むしかあるまい。

 昼間から酒を飲むほど美味い物はないし。


 それに連れてきたメンバーもいつの間にか飲んでた。

 紹介とかしなくても別にいいみたいだ。


 ヴォルトが嬉しそうにビールとコップを持ってきた。

 いつものテーブルについて乾杯する。


「ずいぶんかかったな。アウロラから連絡があったから心配はしてなかったけどよ」

「色々と巻き込まれてな。だが、とりあえず目的は果たした」

「ベータとガンマだったか。というか、ずいぶんと連れてきたな?」

「成り行きでな。クロス魔王軍に所属したって面白くはないと思うんだけど」

「この世で一番面白い組織だと思うぞ」


 そうかねぇ?

 というか、魔国の四天王と戦う組織だぞ。

 普通の奴なら絶対に関わりたくない組織のはずなんだが。


 ん? ヴォルトが聖剣を持っているのか?

 妹さんはフランさん達やメリルとジュースを飲んでいるけど。


「今はヴォルトが聖剣を使ってるのか?」

「聖剣の奴、落ち込んでいるみたいでな。サンディアをお嬢様にできないって」

「ダメだったか」

「……ああ、クロス、帰ってきてたんだ……?」

「今気づいたのかよ」

「私って無力ね……」

「大丈夫だ、聖剣だぞ。魔王様を倒せる唯一の剣だ」

「そんなことはどうでもいいの……サンディアちゃん、ワイルドにしかならない……アマリリスには頭が上がらないみたいだから頼ったけど、ワンパクでもいいとか言い出すし……だれかお嬢様みたいな人を連れてきてない……?」


 思いのほか重症だな。

 魔王様を倒せるのにそんなことどうでもいいとか言い出した。

 でも、お嬢様か。


「一応、メリルって商会のお嬢様を連れてはきたが」

「……マジで!? 深窓のご令嬢って感じの子だったりする!? 剣とか槍とか振り回してないよね!? そこ大事だよ!」

「剣や槍は振り回してないな。足が悪くて車椅子だし」

「びょ・う・じゃ・く! 完璧じゃない! 完璧なお嬢様!」


 精神的なもので病弱ではないと思う。

 それに復讐のために何年も周囲をだまし続けるほどの猛者だ。

 それ以前に病弱ってお嬢様には必須の何かなの?


 呼んで欲しいと言われたのでメリルを呼ぶ。

 パンドラが車椅子を押してメリルを連れてきてくれた。


「クロスさん? どうされました?」

「聖剣が話をしたいって」

「聖剣……?」

「おお……! おお……! 見た目も完璧なお嬢様……! それにメイドさんがいる! いける! これならいける!」

「剣がしゃべった……? えっと腹話術じゃないんですよね?」


 ヴォルトが苦笑いになったが、メリルに対して笑顔を向けた。


「ああ、腹話術じゃない。俺はヴォルト、よろしくな」

「サンディアさんのお兄様ですね。初めましてメリルです。さっきまでサンディアさんやスカーレットさんと話してたのですが、同年代の子がいてくれてちょっと嬉しくなりました」

「そうか、なら仲良くしてやってくれよ。アイツも同年代の友達って今のところスカーレットだけだし」


 妹さん、寝たりだったし、スラム街出身だから友達らしい友達はいないんだろう。

 元気になったらあんな感じだけど。

 そういえばスカーレットも十代後半か。いつの間にか仲良くなってたんだな。


「メリルちゃん! お願い! 妹ちゃんをお嬢様にしてあげて! ワイルドでもワンパクでもいいの! でも、お嬢様の技術もちゃんと持っててほしいの!」

「お嬢様の技術……?」

「こう、おしとやかっていうの? せめて蟹股で歩くのやめて欲しい……あとちゃんとした場所でマナー違反にならないくらいの知識も……」

「貴族のご令嬢みたいな感じでしょうか?」

「それ! そこにいるフランたちも貴族なんだけど、そういう才能が皆無だし!」


 騎士団に所属するようなご令嬢だからな。

 ドレスよりも鎧の話題で盛り上がるタイプだし。


 メリルが困った顔をしていると、パンドラが前に出た。


「それならば私にお任せです。初めまして、私の名はパンドラ。完璧メイドです」

「おお、完璧メイド……!」

「それ嘘だぞ」

「マスターにお願いがあります。おもて出ろ」

「クロスは放っておいていいから! なら妹ちゃんを立派な令嬢にしてあげて!」

「マスターではありませんが命令を確認。任せるといい」

「え? やるんですか?」


 パンドラは「メイドとして当然です」と言ってメリルを連れて行ってしまった。


 大丈夫だろうか。果てしなく心配だ。

 だが、ヴォルトはたいして気にしていないようだ。


「令嬢はともかく、友達になってくれたらありがたいんだけどな」

「兄視点だな」

「まあな。でも、あのメイドさんってなんだ?」

「説明が難しいんだが、古代迷宮で見つけた兵器だ。八千年くらい寝てたらしい」

「……何言ってるか分からねぇんだけど?」

「結構強いメイドって覚えていてくれ」

「あれでも強いんだな……さて、それじゃ俺はあっちの男たちとも話してくるか」

「いいわね! どっちもワイルド系イケメンじゃない! やば! もしかしてちやほやされちゃう!?」


 ヴォルトはビールとコップ、そしてうるさい聖剣を持ってアランとカゲツの方へ近づいていった。とくに紹介なんかしなくても大丈夫そうだな。

 それに聖剣もなんか復活したみたいだ。

 俺としてはもう少し大人しくしてくれてても良かったけど。


「クロス君、一緒にいいかね?」

「……俺も色々聞きたいのでいいですよ、グレッグさん。アマリリスさんもどうぞ」

「は、はい、お邪魔します……」


 さて、元教会の人達は何しに来たのかね?

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