第24話 勇者と聖剣

 温泉で体を洗い、無精ひげを剃り、髪も切り揃えて櫛で梳く。

 その間に服を洗濯して装備の手入れもしておいた。

 そして温泉からあがったヴォルトが服と装備を着る。


 たったそれだけのことなのに、できたのはイケメン勇者だよ。

 ふざけんな、この野郎。


 まあ、なんとなくは分かってたけど。

 無精ひげとかぼさぼさの髪をちゃんとすればイケメンになると思ってた。

 癪だから言わなかったけど。


 なのにこの野郎、俺の想像以上のイケメンだった。滅べ。


 しかも、俺の主観ではなく、それを裏付ける状況になっている。

 三人娘が感動しているというか、ちょっとポーッとしている。


 ただ、フランさんとアウロラさんは特に変わりない。

 見た目に惑わされないのはポイント高い。

 それにフランさんは前のヴォルトでも恋人になれる可能性を示してる。


 男としては嬉しいね。

 外見より中身を重視してくれる女性がいるのは俺の希望だよ。

 残念ながら俺は中身も大したことがないんだけど。

 くそう、目の前にいるイケメンのヴォルトが憎い。


「なあ、クロス」

「なんだよ」

「なんで怒ってんだよ……こんなことする必要あんのか? すぐにでも魔国へ行かないといけねぇのに、温泉でちゃんと身を清めて来いなんて」

「必要に決まってるだろ。こんな時なのに聖剣を使わないつもりか?」

「聖剣……? あ!」


 どうやら気付いたようだ。

 あの聖剣、イケメン勇者なら使える。

 ヴォルトはちゃんと磨けばかなりのイケメンだ。

 これなら文句あるまい。俺は文句があるけど。


「でも、アイツ、俺に使われたくないんだろ? うるせぇし、俺も使いたくねぇよ」

「今のお前なら大丈夫なはずだ。それに妹さんのためぞ。わがまま言ってる場合か。それとも妹さんよりもなんかのプライドの方が上なのか?」

「……俺が間違ってた。頭を下げてでも聖剣を使わせてもらうべきだな」


 俺の安全のためにもヴォルトには可能な限り強くなってもらわないといけない。

 アウロラさんもいるし平気だとは思うけど、どういう状況か分からないからな。

 下手をしたら四天王の誰かに捕まっているという可能性もある。


 状況によっては一戦覚悟しなくてはならないかもしれない。

 俺じゃなくてヴォルトがだけど。

 アウロラさんもいるが、四天王と事を構えるのは不味い気がする。

 ダンジョンに攻め込まれたのならともかく、こちらから攻め込むのはちょっと違うような……それともいいのだろうか?


「クロス君……」


 グレッグがなにか言いたげな表情で俺を見ている。


「なに? 今、忙しいんだけど?」

「聖剣があるのかね……?」

「俺が管理しているダンジョンにある。ここで見たこと知ったことは誰にも言わない約束だぞ」

「それはずるくないかね!?」

「アマリリスさんから悪魔を消したいなら約束は守れ。消した後で約束を破ってもいいが、悪魔と新たな契約を結べないとは言ってないからな?」


 勝った。これくらいの意趣返しはしておこう。

 大体、こんな面倒ごとを持ち込まれてこっちは大変なのに。

 行方不明なのがヴォルトの妹さんじゃなければ絶対に放っておく案件だ。


 あー、カラアゲを食べてビールで流し込みたい。

 帰ってきたら、豪遊してやる。

 そのためにもとっとと妹さんを救出だ。


「よし、ヴォルト、準備はいいな? まずは土下座してでも聖剣を持ってくぞ」

「おう、もちろんだ!」

「アウロラさんは引き続き準備をお願いします。聖剣を持ってきたらすぐに出発しますので」

「分かりました。フランたちが用意してくれた保存食や野営用の道具を鞄に詰め込んでおきます」

「よろしくお願いします」


 今度はアルファの方を見た。

 フランさん達と一緒にいたが視線が合うと、トコトコと近寄ってくる。


「アルファは思うところがあるだろうが、大人しく留守番を頼むな」

「うん。クロスお兄ちゃんが教会の手助けをするのは嫌だけど、ヴォルトお兄ちゃんの妹ちゃんなら助けないと。できれば、その勢いで教会からメイガス様も助けて」

「考えておくよ」


 そう言ってアルファの頭をなでる。


 アルファの言葉を聞いたグレッグは少しばつの悪そうな顔をしている。

 大賢者メイガスも教会にその力を奪われているからな。

 そんなに力を集めて何をしてんだか。

 報酬の上乗せに金貨千枚じゃなくてメイガスの解放を入れてもいいかも。


 それはまた今度にしよう。

 今は時間がない。

 すぐに聖剣と話をつけないとな。




「イエス、マイ、マスター!」


 直訳すると「はい、私のご主人様」ってところか?

 聖剣が興奮してダンジョンをちょっと壊しやがった。

 本当に迷惑な奴だな。


「ちょっとちょっと、クロスったらなによ、もう! こんなの連れて……連れてくるなんて……生きてて……よかった……」

「泣いてるのか、お前」

「生まれてから千年、こんな完璧な人はいないわよ! やっば、めちゃ、やっば!」


 この間まで魔王様の顔を褒めてたのにな。

 語彙力がいつもより大変なことになっているが事実を教えておこう。

 後で詐欺とか言われても困るし。


「これはヴォルトだ」

「あー? あの無精ひげの名前なんて出さないでよ。イケメンが穢れるでしょ」

「お前の目の前にいるのがヴォルトなんだよ。ひげ剃って風呂に入れた。あとちゃんと髪もカットして整えるとヴォルトはこうなる。それが真実だ」

「へー、あのヴォルトがね……嘘でしょ! え? なに? 夢?」

「お前、寝ないから夢なんて見ないだろ」

「信じらんない、何ヶ月後にこんなに痩せましたって広告よりも信じらんない……」


 ……広告?

 前世はともかく、現世にそんなものはないはずだけど?

 まさかコイツ、俺と一緒で転生者か?


 ……知らないことにしよう。

 俺が転生者だってばれたら面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 今後はコイツの前で前世のネタは言わないようにしないとな。


 ショックを受けている聖剣の前で、ヴォルトが地面に両膝をついた。そして両手も地面につけて頭を下げる。


「聖剣。お願いだ、俺に力を貸してくれ。俺の妹が魔国で行方不明なんだ。俺が嫌いなのは分かっているが、今はどうしてもお前の力が必要なんだ」


 嘘偽りのない言葉だと思う。

 こんなことを嘘で言えるほど、ヴォルトは器用じゃない。

 聖剣の方はどんな反応をするかね。まあ、嫌がっても連れて行くが。

 でも、その前に俺もちゃんとお願いしないとな。


「俺からも頼む。ヴォルトの血のつながった大事な妹さん――」

「アンタ達、何やってんのよ! 早く魔国へ行くわよ! 妹さんが行方不明なんでしょ! こんなところで油を売ってる場合じゃないでしょーが! イケメンとか関係なく、早く引き抜け!」


 驚いた。こんなに簡単に同意するとは。

 ヴォルトも驚いているようで、顔を上げて聖剣を見ている。


「いいのか?」

「当たり前でしょーが! ちんたらやってるなら私がアンタをたたっ斬るわよ!」

「すまねぇ、助かる」


 ヴォルトはそう言って立ち上がると聖剣の柄を握る。そして引き引き抜いた。


 おいおい、俺のときと違って聖剣が光ってるぞ。

 いや、ヴォルトの魔力に反応しているのか?

 その光がグネグネと動き、刀身を覆うと、いつの間にか聖剣が鞘に収まっていた。


 すごいな、これが本当の聖剣か。

 引き抜くだけじゃなくて、勇者の魔力が必要なんだな。

 俺はスキルで強制的に使ったけど、制限がかかっていたのかもしんない。


 ヴォルトも驚いたのか、鞘に入った状態の聖剣を手に持ったまま見つめている。


「すげぇな。力を譲渡する前よりも強くなった気がするぜ」

「私が本気出したらこんなもんよ! さあ、行くわよ!」

「お、おう。やる気になってくれて嬉しいぜ。よし、クロス、行くか」

「ああ、とっとと終わらせて皆でカラアゲパーティをするぞ……ヴォルトの奢りな」

「まかせろ、いくらでも奢ってやるぜ!」


 よし、これで準備は大丈夫なはずだ。

 魔国へ向かって妹さんを探し出そう。

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