第23話 出発準備

 冒険者ギルドの食堂はこれまでにないほど慌ただしい。

 俺、ヴォルト、アウロラさんの三人で妹さんを探しに行く準備をしているからだ。


 フランさんと三人娘は携帯食の準備をしてくれている。

 探すこと自体は課金スキルに任せるからそれほど時間はかからない。

 問題は目的の場所へ行くまでどれくらいの日数がかかるかだ。

 魔国で食料を調達するのは厳しいので可能な限り持っていく。


 いる場所を今のうちに調べてもいいが、ここで金が減るのはまずい。

 それに妹さんが移動する可能性もあるから、調べるのは魔国に入ってからだ。

 できるだけ少ない課金で効率的に探したいし。


 交渉が効いたのか、グレッグは今の時点で出せる金を渡してきた。

 ヴォルトの分と合わせて金貨200枚。

 これくらいは常に携帯しているということか。金持ちだね。


「クロス君、誠意は足りたかね?」

「金額に文句はないよ」

「なら、聞かせて欲しい。本当に悪魔を消せるのかね?」


 金を払っておいて疑っているのか。

 疑うのは当然だが、それが俺の心証を悪くしてるんだが。

 でも、今の俺がやっているのは向こうからすれば詐欺のように見えるだろう。

 できると思わせて金を奪っているだけだからな。


「俺は教会を信じてないんだよね」

「魔族の君からすればそうだろう。だが、それが?」

「グレッグさん、そしてアマリリスさんの二人なら信用してもいいと思ってる」


 グレッグとアマリリスさんはちょっと驚いている。

 ここまでやっておいて信用しているなんて何をいってるんだって話だからな。


「なので、これから二人には俺の秘密を少しだけ教える。ただし、ここで見たこと、知ったことは絶対に話すな。二人以外からここでのことが俺の耳に入ったらすべてをなかったことにする。約束は守れそうかい?」

「教皇にも言ってはならないということかね?」

「教皇? 傀儡に話なんかしないだろ? 話すなら聖国の女王コルネリアか?」

「……君は……どこまで……」


 教皇オリファス。

 アマリリスさん並みの強力な治癒魔法を使える女性だが教会内ではただの傀儡。

 実権は聖国の女王コルネリアが持っている。

 まあ、オリファスも傀儡の振りをして仲間を集めているらしいけど。

 教会内部でも大きな権力争いがあるんだろうな。


 グレッグがどっちを支持しているかは分からないが、言う必要はないだろう。

 教会の揉め事なんて俺にはどうでもいいし。

 国も離れているし飛び火はしないだろう。


「で、どうする? 約束するかしないか。しないなら教えないが」

「私は誰にも言わないと約束いたします」


 アマリリスさんは真面目な顔でそう言った。

 これまでのように俺を胡散臭い奴のように見る視線は無くなった。

 何も証明していないのに、どうやら信じる気になっているようだ。

 この人、騙されやすそうで心配になるな。


 悪魔のことは教会内でもトップシークレット。

 実際に消せなくても何かを知っているかもと期待しているのかもしれない。


「グレッグさんはどうする?」

「分かった。誰にも言わないと約束しよう」

「了解。なら言うけど、大賢者メイガスの契約の一部を解いたのは俺だ。それにアルファの精神支配も解除して俺が保護してる」


 この言葉にアマリリスさんはあまりピンと来ていないようだが、グレッグは違う。

 グレッグはちょっと心配になりそうなくらい目を見開いていた。


「俺には魔法や契約を一方的にどうにかできる力があるってグレッグさんなら分かったよな? 悪魔に騙されてどんな契約をしたのかは知らないが、俺なら一方的に破棄できるってことだ。そうなれば悪魔も魔界へ帰るしかない」


 正確には契約内容が書かれていた魔法紙の保護魔法を強制的に解除したんだけど、そんなことは分からないはず。ここはすごいことができるという風に見せよう。


「エンデロアで暴れた魔族というのは君ということか」

「その通り。これは二人を信用して話してやったんだ。誰にも言うなよ。むしろ、俺が暴れたことが俺の耳に入らないように火消しをするべきだな。教会関係者以外でも、俺がやったなんて話を聞いたら、やる気がなくなっちまうぞ?」


 これがばれたら面倒なことになる。

 だが、グレッグやアマリリスさんは悪魔を消すためにこれを誰にも言えない。

 そしてグレッグは教会内でこんな話が出ないように頑張るしかないってことだ。


 でも、これじゃ脅しただけか?

 もう少しやっておくか。


「アマリリスさん、失礼ですけど体内の悪魔を調べたいので手を握っても? 握手だと思ってもらえたら良いのですが。それとも教義的にまずいですか?」

「い、いえ、そんなことは。治癒魔法で相手に触れることも多いので。で、では、お願いします」


 アマリリスさんがちょっと震えながら右手を差し出してきた。

 その手と握手するように軽く握る。

 特に嫌がっている感じはしないが、緊張はしているようだ。

 すぐに終わらせよう。


『おーい、聞こえる?』

『もちろんです、クロス様。お仕事でしょうか?』

『ちょっと確認したいんだけど、この子に封印されてる悪魔を消すならいくら?』

『これはまた強力な悪魔を封印してますね。消滅させるというなら金貨百億枚』

『世界中の金貨を集めてもそこまでならないだろ?』

『いえ、可能ですよ』

『あっそう。でも、現実的じゃないね。もっと安くできる案はない?』

『魔界への強制送還なら金貨一億枚、契約の破棄なら金貨五千万枚ですね』


 教会なら出せそうな気もするが、たとえ出せても一括では難しいだろう。

 それにスキルのことを知らないんだから、そんな金は出せないとか、そもそも悪魔を消せないのでは、とか言い出しそうだ。


『それでも高いな。他は?』

『相対する天使をこの女性の中に召喚するなら金貨一万枚。悪魔を体の外に出すだけなら五千枚で引き受けましょう』


 これくらいなら教会も文句なく払えるか?

 でも、外に出すのは論外だ。

 体内からは消えるだろうけど、悪魔が出た瞬間にやばいことになりそう。

 天使の召喚というのはどうなんだろう?


『天使を召喚するとどうなる?』

『女性の体内で戦いが始まるでしょう。身を引き裂くような苦痛がありますが、いずれは天使も悪魔も消滅します』

『いずれって?』

『二、三年ですね』

『却下』

『ですよね』

『悪魔を外に出して、天使も外に召喚は?』

『体を持たない天使の召喚は金貨一億枚かかります』

『だめか。他にはないの? もっと安くて安全なやつ』

『私が食べていいなら金貨千枚でお受けしましょう』

『食べる?』

『悪魔、天使、精霊は、体を持たない意思を持った魔力なのです。その意思の方向性が混沌、秩序、調和に分かれているだけなのですが、いずれにせよ私にとってはただの魔力ですね。なので、それを私が吸収するということです』

『なにかやばいことをしようとしてない?』

『もちろんです。私がパワーアップするのと同意ですので。私を信用できないならやめた方がいいですね』

『信用はしてるよ。もしかして課金スキルは天使とか精霊? それとも悪魔?』

『どれも違います。私はもっと高位の存在です』


 そうだろうな。死すら回避できるスキルだ。

 天使や悪魔、精霊程度にそんなことができるとは思えない。

 神に近い存在ってことなのかね。


『気になりますか? 金貨一枚で正体を明かしますが?』

『いや、別にいいよ』

『それは残念です。気が向いたらいつでもどうぞ』


 金貨一枚も払ってスキルが何者なのか聞くなんてもったいない。

 いつかは聞くかもしれないけど、今じゃないな。


 とりあえず候補はスキルに食べてもらうだな。

 金貨千枚なら問題なく用意してくれるだろう。


「あ、あの、クロス様……?」

「え? ああ、これは失礼――うお!」


 握手をした状態でずいぶんと止まっていたようだ。

 そんなことよりも、かなり間近でアウロラさんが俺を見てる。


「クロスさん、さっきから何をされているんですか?」

「いえ、アマリリスさんの体内にいる悪魔に関してちょっと調査を」


 嘘じゃない。いくらかかるか調べていたんだから嘘じゃない。

 なのになんで後ろめたいのだろうか。


「そ、それでどうなのでしょうか!? 消滅させることができるのですか!?」


 うお、今度はアマリリスさんの顔が近い。これも心臓に悪い。


「二人ともちょっと離れて――とりあえず、なんとかできそうなのは分かりました」

「本当ですか!」

「本当です。ただし、前金で金貨千枚――成功報酬でさらに千枚いただきます」


 千枚上乗せした。あまり金を持っていたくはないが、ゴブリン達にも百枚くらい渡して、残りはアウロラさんの軍資金にしてもらおう。そして俺は身を隠す。完璧な作戦だ。


 教会ならそれくらい払えると思って吹っかけたけど、どうだ?

 ……なぜかグレッグもアマリリスさんも不思議そうな顔をしている。


「えっと、高い?」

「いや、逆だ。その程度で済むのかね?」

「調べた感じだとそうだけど?」

「アマリリス君の体内にいる悪魔はディエチ。悪魔の中では最高峰とも言うべき八魔の一体なのだが……」


 知らないけど、そんな奴を神だと思って召喚するなよ。

 というか、安すぎて逆に怪しまれているのか?


「ならそっちが納得できるだけの金額を成功報酬にしていいよ。前金だけは金貨千枚貰うけどな。信用できないなら前金も払わなくていい。自分たちでなんとかしろ」

「気を悪くさせたのなら謝る。悪魔の消滅は教会の悲願。それがその報酬で可能なのかと疑ってしまっただけだ。成功報酬は実際に成功した後でまた決めさせてほしい。必ず千枚以上は払う」

「信用できないのは分からないでもないが約束は守れよ。それに、俺がやったということは絶対に秘密だ。ばれたら――分かってるよな?」

「もちろんだ。その約束も必ず守ろう」


 グレッグがそう言うと、アマリリスもコクコクと頷いている。

 よし、こっちはこれでいい。


 あとはヴォルトの準備が終われば――どうやら準備が終わったようだな。

 温泉に入ってきたからか肌がつやつやしてやがる。


「言われた通り、髭を剃って髪も切ったけど変じゃねぇか、俺?」

「その顔で変だとか言われたら、俺はそれ以上に変なんだよ」


 髭を剃っただけでイケメンになるなんて、眼鏡を取ったら美少女くらいにありえんのになぁ。

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