第197話 メテオストライク
穴が開いた天井から屋上へ跳び上がる。
トレーディはそこへ攻撃を仕掛けることなく、俺を待っていてくれたようだ。追撃してこなかったのは満月の光を受けるためだろう。下へ降りたら光が届かないからな。性格的にはそんなことをしないような気もするが、それだけ俺を警戒しているってことだろう。
「跡形もなく消し飛ばすつもりだったのだが、全く怪我がないようだね?」
「でも、痛かったですよ」
「痛いと思う程度ということか。満月の光を浴びた吸血鬼の攻撃なのだがね」
俺は戦闘技術は低いが、魔族だから肉体的には相当強いんだけど、それすら関係なく骨を折られた。それにこの木刀じゃないと絶対に武器の方が折れてた。パワーあり過ぎだろ。
しかしどうしたものか。どう考えても外では勝てないような気がする。持っているお金はまだほとんど使っていないからこのまま朝まで耐えるというのも作戦としてはありだけど、それは最終手段だ。
さっき考えたとおり、月の光が届かない砦の中に誘い込むのがいいだろうけど、誘い込むなんて真似は無理だろう。力づくで砦の中にいれないとな。
……やるだけやってみるか。それにやられっぱなしだと手加減しているとか思われそうだ。
トレーディの目の前に高速で近づく。結構な速度のはずだが、トレーディには見えているようだ。持っている剣で応戦してきた。でも、それだけじゃない。魔法で作り出した血の母娘も俺を攻撃する。
仕方ない。母娘の攻撃は無視だ。邪魔ではあるが、それを気にしてトレーディの攻撃を受けたら本末転倒。怪我は治るようにしているし、集中するのは目の前にいるトレーディだけだ。
それが功を奏したのだろう。母娘の攻撃で怯むと思ったのか、俺の全力フルスイングをトレーディは剣を両手ではなく、片手で持ったまま受けた。
予想以上の衝撃だったのだと思う。トレーディは大きく体勢を崩して、右膝をついた。チャンスかどうかは分からないがやるだけやってみよう。
『トレーディをその場から動かさないようにできるか? 数秒でいい』
『満月の光を浴びているので相当お高いですよ?』
『いくら?』
『足を床から離さないだけでも一秒、金貨一千万枚です』
『なら十秒頼む』
『しました。今の体勢から足が床が離れないようにします』
金貨一億枚も使うのはアレだが、強制的に砦の中へご案内だ。
足場がへこむほどの脚力で跳び上がった。どれほど跳び上がったかは分からないが、足止めは十秒しかない。急がないと
『上空に足場を作ってくれ。今度は地上に向かって高速で突っ込む』
『それは金貨一枚です』
安く思ってしまう金銭感覚よ。でも、考えるのは後だ。
上空に作られた足場を上に蹴るようにして、今度は急降下。
そして木刀じゃなくてアルバトロスを亜空間から取り出す。
速度に比例して攻撃力が上がる魔剣だ。
『超絶強化の上はないか?』
『これ以上強化すると体の方が持ちません』
『治るだろ?』
『治す分のお金がかかります。強化を含めて、五千万枚ほど見た方がいいかと』
『それでやってくれ。砦ごと破壊するくらいの力が欲しい』
『しました。体を治すまでの時間が少しかかりますので注意してください』
出し惜しみして勝てる相手じゃない。それに満月の夜に吸血鬼と戦うなんて舐めているのと同意だ。
屋上にいるトレーディが俺の方を見て笑みを浮かべている。対策があるわけじゃない。足が床から離れない状況に驚くわけでもなく笑うなんて、まだ余裕がありそうだ。それとも余裕がないと笑うタイプか?
さっきの俺のようにトレーディは剣を横にして俺の攻撃を受ける気だろう。俺はその剣を折るし、トレーディを砦の一階まで叩き落とす。
上空からトレーディの持つ赤い剣をアルバトロスで斬る。甲高い音が聞こえ、赤い剣が折れた。そしてトレーディの右肩まで振り下ろす。
トレーディの口から耐えるような声が聞こえたが、俺の腕が折れる音も聞こえた。魔族の体が耐えられないほどの強化ってやばいな。
直後にトレーディの足場が俺の攻撃に耐えられず崩れた。でも、それだけじゃない。攻撃の勢いで、さらにその下の部屋の床も突き破る。見たことはないが、隕石が落ちたくらいの衝撃はあるだろう。技名はメテオストライクにしよう。
床を四つほど突き破り、トレーディと共に地下の部屋まで落ちた。
トレーディはまだ動けないようだが、魔法で作った母娘を俺の方にけしかける。
俺の方は腕の骨が折れているが、まだ治りかけだ。迎撃はできない。
『この魔法を解除できるか?』
『一体金貨一億枚。その後、一時間は使えなくできます』
『高いけどやってくれ』
その瞬間に母娘は形を保てずにただの血になって床に飛び散った。
『それと天井を直してトレーディを逃がさないようにしてくれ』
『それは金貨一枚です。しました』
派手に壊れていたけど、逆再生のように天井が直る。
トレーディはそれを見ながら立ち上がる。服も体もボロボロではあるが、少しずつ治っているのか、体からうっすらと煙が立ち上っていた。
「先ほどから妙な現象が起こる。これが君のスキルか?」
「ええ。本気を出せば、空に浮かぶ月すら破壊できますよ」
いくらかかるか分からないけど。
「それは吸血鬼にとって困ったことだな。だが、今の私には関係ないようだ。せっかくの満月が見えなくなってしまったからね」
「本気で戦うと約束しましたので」
「言っておくが、卑怯などとは微塵も思っていない。こちらだって自分の都合の良い時に来たのだからね――それにしても戦いとはいいものだ」
「俺は好きじゃないですけど」
「そこだけは理解してもらえなかったか。敵を倒すだけの単純な――純粋な思考になるのが好きなのだよ。怒り、悲しみ、恐怖、あらゆる負の感情がなくなり、高揚だけが残る。強くなりすぎてからはそんなことも稀だったが、今日は最高に気分がいい」
「ビールとカラアゲだけでもいいもんですよ」
「それは試したことがなかった――さあ、お互い回復しただろう。続けようか」
トレーディが構えると、爪が赤くなって伸びた。
ここからは肉弾戦か。こっちも何とか体の修復は終わった。
だが、アルバトロスは駄目だな、ヒビが入った。改めて木刀を取り出す。
周囲に軽い衝撃波が起きるほどの速度でトレーディが突っ込んできた。
その爪の攻撃を木刀で弾く。満月の光がないのに相当なパワーだ。
だが、満月の光を浴びていたときほどじゃない。
俺が狙うのはトレーディの心臓のみ。他の部分に攻撃を加えても修復されるだけ。俺も同じだけど、俺の方は金が減るんだ。長く続けたくない。そしてトレーディにも狙いはばれているだろう。
『心臓を貫けないときはいくら使ってもいいから補助してくれ』
『分かりました。できるだけ心臓に近い位置に当ててください。安く済みます』
シェラとの戦いのときも槍投げで補助してもらった。あれも相当な値段だったけど、やるなら一撃必殺だ。
タイミングを見計らう。トレーディの攻撃は剣の時と違って大振りがない。でも、どの攻撃も致命傷になりそうだし、チャンスが来ない。なら作るまで。
『次の攻撃を相手が躱したら一秒だけ右足を床に固定してくれ。金は払う』
『分かりました』
トレーディに向かってフルスイング。俺の攻撃を下がって躱そうとしたところで、トレーディの右足が床から離れなくなり、のけぞるような体勢になった。
無防備な胸に木刀で突く――当たった。でも、貫けるほどじゃない。分厚い金属に突きを入れたような感触だ。
『金貨一億枚で貫通攻撃を発動します』
先ほどの感触とは異なり、木刀の先端がトレーディの胸に吸い込まれるように突き刺さる。そして背中まで貫いた感触が木刀を通して伝わった。
吸血鬼は心臓が弱点。どんなに治癒能力があったとしても、心臓だけは修復ができない。多少は魔力で維持できるかもしれないが、それも僅かな時間だろう
「み、見事……!」
トレーディはそれだけ言うと、少しだけ口角を上げ、直後に口から血を吐き、そして床に大の字に倒れた。確実に心臓を貫いた。もう立てないだろう。
「クロス様、トレーディ様と二人きりにさせてもらってもよろしいでしょうか?」
いきなり声が聞こえたと思ったらパトリシアが背後にいた。いつの間に。
最後を看取りたいとかそういうことだろう。ここで駄目だと言えるわけがない。特に何も言わず、頷いてから部屋の外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます