第21話 関わってはいけない奴
ヴォルトが教会の人間に飛び掛かりそうになっている。
さすがにそれはまずいと、思いきり入口の扉を開けた。
大きな音を出して気を引く。
ほんの一瞬でも思考の空白を作ればいい。
かなり大きな音だったので全員がこちらを向いた。
ヴォルトと同じテーブルにいるのは二人。
黒い服を着た白髪の男性、そしてシスターの恰好をした女性。
男性は五十代、女性は二十くらいか。
「おっと、強すぎたか。ヴォルト、酒飲もうぜ――あ、悪い、お客さんか」
「あ、ああ」
さっきの音が効果的だったのか、ヴォルトは少し落ち着いた様子で答えてくれた。
怒りはあるだろうが行動は控えてくれたようだ。
ここは空気を読まずに話に入るべきだろう。
「お二人とも恰好からして教会の関係者? ああ、妹さんの話?」
そう言って同じテーブルにつく。
何も知らないように敢えて地雷原に踏み込む。
わざわざ避けて話すことでもないし。
普通なら絶対にこんなことはしないけど、ヴォルトがキレるのはまずい。
ここで教会の奴らと面倒ごとを起こされるともっと面倒なことが起きる。
それだけは避けないと。
俺はいつか村から逃げるだろうが、少しでも時間は伸ばしたい。
それに冷静でないといいように扱われる。隙を見せちゃいけない。
いきなり話の輪に飛び込んできた俺の行動に女性の方が眉をひそめた。
好かれなくてもいいけど、嫌われたくもないんだけどな。
「失礼ですが貴方は?」
「俺はここに所属している冒険者のクロス。ヴォルトとは酒飲み仲間。お近づきのしるしに一杯奢ろうか?」
俺、ナンパしてるみたいだ。前世でもしたことないのに。
女性は軽そうな俺の言動にちょっと嫌悪感がありそうだ。
だが、複雑そうな表情を見せても俺に頭を下げた。
「私は教会に所属するアマリリスと言います」
なんとなくそう思ってたけど、やっぱりそうか。
UR生贄の聖女アマリリス。
体内に悪魔を封印している薄幸の女性。
治癒魔法が主体のキャラだが、HPが減ると「悪魔の暴走」とかいうシャレにならないダメージの全体攻撃をしたはず。その後、倒れるけど。
「初めまして。では、そちらの方は? 良ければ一杯奢りますよ?」
「ありがたいですが今は遠慮しておきます。私は教会に所属するグレッグです」
おいおい、エクソシストのグレッグか。
たしかSSRで悪魔やアンデッド系の相手なら無類の強さを発揮するキャラだ。
イケオジってことで女性プレイヤーには人気があった気がする。
笑いながらも俺を観察するような目つきだ。なんか嫌な視線だね。
「そうですか、それで今日はどんな御用で?」
「それを貴方に言う必要はありません」
「確かにアマリリスさんの言う通りですが、ヴォルトの妹さんのことなら俺も聞いておきたいなと。もしかして全然違う話なのかな?」
さっきのヴォルトが叫んだ内容なら俺の前で言うことはないだろう。
一旦は話を終えるか、俺に出ていくように言うはずだ。
出ていくように言われたら駄々をこねよう。
まずはここでの話を終わらせて、あとでヴォルトから話を聞けばいい。
嫌悪感を見せているのはアマリリスさんの方だが、グレッグはなぜかにこやかだ。
出て行こうとしない俺に何かを言おうしたのをグレッグが止めた。
「実をいうとヴォルト君の妹、サンディア君が魔国で行方不明になりましてね」
「グレッグ様!」
俺も驚いたけど、ヴォルトもアマリリスも驚いている。
変わらないのはグレッグだけだ。
「教会はそれを隠そうとしたのですが、その意向に逆らって伝えに来たのですよ」
「……ヴォルトの妹さんは病弱だと聞いていたんですけどね?」
「ヴォルト君は勇者です」
「グレッグ様!」
「その勇者の力を教会へ譲渡してもらいましたが、それをサンディア君に与えました。今の彼女は勇者と言っても過言ではないでしょう」
「てめぇ!」
勢いよく立ち上がったヴォルトの肩に手を乗せる。
そしてヴォルトの目を見て首を横に振ると、ヴォルトは口を紡いだまま座った。
グレッグの奴、全部言いやがったな。
でも、勇者としての力を妹さんに与えた?
大賢者メイガスの魔力を他人に譲渡するようなことと同じか?
あ、やばい、ここは俺も驚くところだった。何を冷静に聞いてんだ。
いつの間にかグレッグはにこやかな顔がなくなり、俺を見つめている。
「ええと、ヴォルトが勇者……?」
いまさらだが通じるか?
相手から情報を引き出すには下に見られていた方がいいんだが。
「演技をする必要はないよ、クロス君。お互い本音で話そうじゃないか」
「本音とは?」
「こう言った方がいいかな? 魔王軍の元四天王候補クロス君。まさかこんなところで君のような有名な魔族に会えるとは思っていなかったよ」
ヴォルトもアマリリスさんも驚いた表情をしている。
ヴォルトにも元四天王候補だった話はしてないからな。
それなのにグレッグは俺のことを知ってたのか。
でも、俺って有名なのか? 有名じゃないよな?
魔族ならまだ分かるけどグレッグはれっきとした人間のはずだ。
魔界の情報に詳しいとも思えないし、俺が有名なのは四天王関係くらいだ。
考えても仕方ないが、ここでとぼけても意味がないことだけは分かった。
違うと否定したところでグレッグは確信している。
元四天王候補とまで知っているなら精度の高い情報があるのだろう。
なら、どんな感じで有名なのかは知らないけど、強者感を出しておかないとな。
とりあえず下手に出るのはやめよう。
下に見てもらうのが無理なら、今度は対等かそれ以上じゃないと。
椅子の背もたれに体重を預けて足を組み、腕も組んで、ちょっとふんぞり返る。
「確かに俺は魔族だけど戦うかい? 教会は魔族が嫌いだよな?」
「いやいや、そんなことはない。教会は魔族が嫌いではないよ」
「俺が知っている話とは違けど?」
「言ってないからね。実をいうと四天王のヴァーミリオン君と教会は仲良しだ」
驚いた。
魔族と教会は繋がりがあると思ってたけどヴァーミリオンと仲良しとは。
一応話半分に聞いておこう。もっと仲良しの四天王がいるかもしれないし。
「それならよかったよ。俺も別にアンタ達を倒そうなんて思ってないんだ」
「だろうね。ヴォルト君と仲良くしてくれているようだし、こちらとしても討伐する気はないよ。そこで君にお願いがあるのだが」
「お願い?」
「ヴォルト君の妹、サンディア君を探しに魔国へ行ってくれないかね?」
グレッグの言葉にヴォルトがまた勢い良く立ち上がった。
椅子が派手に転がり、大きな音を立てる。
「何を言ってんだテメェは!」
「ヴォルト、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか! テメェらがやったことの尻拭いをクロスにさせるつもりか! ふざけたこと抜かすな!」
「耳が痛いがその通りだ。私達もなんとか助けたいが我々が魔国に行っても数日しか持たない。だが、魔族のクロス君なら話は違う」
確かに人間が魔国に行けば持っても数日だろう。
魔族に見つかるならまだしも魔物に見つかったらすぐに餌だ。
それは俺にも言えることなんだけど。
魔国の色々なところへ行ったことはあるが、一人で行ったわけじゃない。
この間もエンデロアに行くために突っ切ったが、あれは魔国でも端っこだ。
魔国のどこにいるのかも分からない妹さんを探せるほどじゃない。
「妹さんを助けたいとは思うけど人選ミスだ。俺は魔国の魔物に勝てないんでね」
「それも聞いているよ。ヴァーミリオン君が言っていたからね」
「ならなんで俺に? やらなきゃ討伐するとか脅すつもり?」
「まさか。だが、ヴァーミリオン君はこうも言っていた」
「へぇ、なんて言ってた?」
「関わるなと言っていたね」
「関わるな?」
グレッグは笑顔を作る。
知ってる。こういう顔をしている奴は相手を試している奴だ。
前世でもお前みたいな奴がいたよ。
「どんな意味で言ったのかは分からない。魔国で注意しなくてはならない魔族の話を聞いていたときに君の名前が出た。当然、何を注意すればいいのか聞いたわけだ。そうしたらその答えが返ってきたよ。他の魔族に関しては注意すべき点を詳細に教えてくれたのに、君のことだけは強くはないが関わるな、としか言わなかった」
なんだそりゃ。
褒められてるのか貶されているのか分からん。
「それにもう一つ別の話も聞いている」
「どうせろくでもないことだろ?」
「そうでもない。君を魔国から追い出すために四天王全員が協力したそうだ。あんなことは初めてだったと笑っていたよ」
「そりゃ光栄だ。今は楽しく暮らしていると皆に伝えておいてよ」
嫌味くらい返しておきたい。
アイツらの策略に気付かなかった俺が悪いわけで恨んではいないけど。
二度目の人生、変わろうと思ったけどそう簡単には変われないとつくづく思った。
物語の強制力とかあった可能性もあるけど、懸命に頑張るのはもうなしだ。
そこそこに頑張って楽しく暮らす。
楽しく暮らしているのは間違いないが最近面倒ごとが多いね。やだやだ。
……なんだ?
三人の視線が俺に集まりすぎじゃないか?
「何?」
「魔族の四天王相手によくそんな軽口を叩けるなと感心していたのだよ」
「この場にいない奴に気を遣う理由があんの?」
「私経由でこれが伝わったら危険ではないかね?」
「逃げ足は魔王様にも負けないと自負してるので」
そもそもアウロラさんのせいで四天王に狙われる立場だしな。
危なくなったらどこまでも逃げよう。
それにこう言ったことで、俺の強さに関して疑問に思うはずだ。
本当に弱いのか、それとも強いのか。
得体のしれない奴と思ってくれればいいが、さて、どうなるかね?
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