第209話 お茶会の誘い
勢いというのは怖い。というよりも、これが勇者の力か。
あれから一週間、ヴォルトがいる北の砦は、数で圧倒的に負けていても戦いでは負けない。ヴォルトの奴が何も考えずに敵陣に飛び込んでいくのは愚策のように思えるんだけど、それが皆を鼓舞している。
ヴォルトと共にゾンビに囲まれたときもそうだ。あんなのただの自殺行為だが、圧倒的な強さの前には単なるショーでしかない。無双系ゲームでしか見たことがないようなことをしてた。
どう考えても俺はいらなかったように思える。それくらい圧倒的な強さでヴォルトはゾンビたちを薙ぎ払った。むしろヴォルトの邪魔をしないように注意したくらいだ。それもあって、砦の皆は息を吹き返して、防衛に成功した。
それにサンディアと聖剣、精霊のチームも多くの人達から希望のように見えただろう。ヴォルトのような圧倒的な強さはないが、華があるというか、戦場を駆ける女神のように思われているようだ。
それがこの一週間ほど続いたわけだが、むしろヴァーミリオン軍が可哀想に見える。どれほど多くの不死者たちを送り込んでもすぐさま倒されるからだ。
基本的にサンディアが昼、ヴォルトが夜に対応するという形になっていて隙が無い。当然、砦にも聖騎士団やアマリリスさんが率いている聖職者の一団もかなりの強さを発揮している。
聖騎士団の方は行方不明だった聖騎士団の遺品を持ってきたことが影響しているのだろう。えらく感動して、ずっと感謝の言葉を言っていた。何やらゾンビの騎士団長が持っていた剣は、はるか昔に失われた聖遺物とのことで、現在の騎士団長がそれを使い始めた。
聖遺物である剣は魔族に奪われたという話があるそうで、教皇と聖騎士団はそれを取り戻しに魔国へ行ったのではないかという話だ。それが事実だとすると、ヴァーミリオン軍って馬鹿なのかとしか言えないが、戻ってきて何よりだ。
それらのおかげで砦の士気は高く、さらには聖都から援軍が到着した。はっきり言ってもう負ける要素がない。砦の前の戦場は今やアマリリスさん達が聖域のような状態にしており、ゾンビは近づいただけで即消滅するほどになっている。
ここまで来ると俺の出番はもうないな。これでほぼすべての戦場においてヴァーミリオン軍に負けるところはない。あとはもう作業という状況だ。
「クロス君」
「グレッグさん、どうされました?」
砦の屋上から戦場を見ていたら、いつの間にかグレッグが背後にいた。笑顔をというか少し呆れた顔をしているようだが、どうしたのだろう?
「エンデロア城を奪還したそうだよ。ついさっき連絡があった」
「早! 城ってそんなに早く落とせましたっけ?」
「それは知らないが、間違いないようだ。どうやらフラン君率いる闇百合の騎士団が城主をしていた吸血鬼を倒したらしい」
吸血鬼は死の花嫁ヴェールのことか。吸血鬼としては強いが、人工吸血鬼ということで眷属もいなければ、援軍も来ない状況だ。そんな状態で昼間にフランさんたちから攻め込まれたら勝てないだろう。
相手が悪いというか、完璧な形のぶっろこパーティがいる女騎士団に勝てるわけないんだよな。ゲーム上でも無双するパーティとして恐れられてたし。
「エンデロアの領地にはまだ不死者たちがいるだろうが、その対応も始めているそうだよ。それに魔国との国境付近にある砦も占領したと聞いている。そちらはアラン君が頑張ったようだね」
「アランはようやく暴れることができて喜んでいると思いますよ」
「不死者との戦いで喜ぶというのは豪胆だね。とにかくそういうことだ。数日もすれば不死者たちをエンデロアから一掃できるだろう」
「皆、優秀過ぎて困りますね」
「一番優秀なのはそんな皆が力を貸そうとしている人物だと思うがね」
「アウロラさんですか。確かにそうですね。俺もそんなカリスマが欲しいもんです」
グレッグにものすごい変な顔をされた。しかもため息までついた。
「君がそう言うならそれでいいが、クロス君はどうするのだね?」
「どうするとは?」
「現時点で危険な戦場はなくなった。ただ、相手の総力が分からないし、ヴァーミリオンの領地には拠点にできる場所がないと聞いているから、こちらから攻め込むことはない。引き続き防衛を続けるしかないが、クロス君はどう動くのかと思ってね」
確かにそれは考えなくてはいけないことだ。
やることは決まっている。アウロラさんを助けることと、ヴァーミリオンを倒すことの二つだ。ただ、アウロラさんの方はお金が必要になるので、俺ができることは少ない。
商業都市のメリルやベルスキアが頑張って稼いでくれているが、各戦場への物資提供もしているので、金貨が稼げるのはまだ先だろう。
メイガスさん達は遺跡を探索中だが、大量の金貨があったという話はない。全くないわけではないだろうが、そこまで多くはないはずだ。
現在俺が持っている金貨は約七十二億枚。ヴァーミリオンとの戦闘も考えると、アウロラさんを治すための百億枚では足らない。それ以上の金貨が必要になるだろう。ヴァーミリオンとの戦いに期限はないから百億枚以上は急ぎではないんだけど、アイツがいつ引きこもりを止めるか分からないからな。
それらを考えると、いまからお金稼ぎをするしかないな。何かいい金策――とはいっても、遺跡で金貨を発見するしかない。ヴォルトクラスの冒険者でも三年で十億いかなかったからな。
そうだ、お金を貸してくれそうな人はいないだろうか。
「聖国でお金を持っていそうな人っていませんか?」
「襲う気かね。持っているとすればコルネリア様だろうが、帝国と魔国の両方を相手にしていたからかなり厳しいのだよ。見逃してあげて欲しいところだ」
「俺を何だと思っているんですか。ちょっと借りたいだけです」
「コルネリア様に借りを作ったら一生返せんよ?」
「あー、それは何となくわかります」
オリファスやウィーグラプセンとの会合でも、マウントを取ろうとしているほどだったからな。色々と条件をつけて延々と使われそうな気がする。
となるとやっぱり遺跡巡りしかないか。これからメイガスさんたちに合流して――いや、向こうは向こうで動いてもらっているんだから、俺一人で何とかできる遺跡に行ってお金を集めるべきか。
ならさっそく……しまった。次の満月でアギと戦う必要があった。しばらくはこの場所を離れられない。
アギがこの砦に来ても今なら落とすことはできないだろうが、面倒事をここへ持ち込みたくはない。しっかり戦わないといけないってことだ。それにアギに勝つにはお金が必要だ。また億単位で金が消えそう。やっぱり金が足りない。
戦況的にはこっちが有利なのに、時間的なところで追い込まれている感じがするからちょっと焦る。あと一年半以上あるとか言ってると、あっという間に時間が過ぎるからな。慎重に進めないと。
「お金が必要なのですか?」
「え?」
どこからか声が聞こえたと思ったら、周囲に紫色の蝶が舞っていた。
「パトリシアさん?」
「覚えていてくださいましたか」
蝶が集まると人の形になり、パトリシアが現れた。忘れられるわけがない。
グレッグを含め周囲の人たちが警戒したが、俺が「大丈夫」というと、警戒を緩めてくれた。
「久しぶりですね、パトリシアさん」
「ええ、そこまで長い時間ではありませんが、お久しぶりですね」
メイドの恰好はそのまま、優雅に微笑むパトリシアさん。吸血鬼だというのに肌が燃えるようなこともない。トレーディが亡くなったから祝福もなくなって本来の力を取り戻したってところか。
そんな分析はどうでもいい。なぜここに来たのだろうか。
「俺になにか?」
「トレーディ様の城周辺に吸血鬼が来なくなったので、改めてお礼の席を設けたいと思いまして、そのお誘いに」
「それはわざわざ遠くまですみません」
「いえいえ。それに人間の国で言うところのエンデロアでしたか。あの辺りを奪還されたようですので、クロス様を通して警告をさしあげたいと思いまして」
「警告……? ああ、もともと魔国方面へ侵攻することはありませんが、トレーディの城には近づかないように伝えておきます」
「話が早くて助かります。しばらくは静かに過ごしたいので、よろしくお願いしますね。それはそれとして――」
「なんでしょう?」
「クロス様でしたら問題ありませんので、ぜひ、城へ遊びに来ていただけませんか? 美味しいお茶をご用意いたします。主はもうおりませんが、喜んでくれるかと」
「そうしたいのですが、色々と忙しい状況ですので、もう少し待ってもらえますか? ヴァーミリオンを倒したら必ず伺いますので」
「ああ、アレを倒すのですか。ですが、時間がかかりそうですね……」
パトリシアはそう言うと、少しだけ困った顔をしながらさらに続ける。
「実はお茶は口実でして、トレーディ様から渡すように言われている物がございます。直接受け取りに来て欲しいのですが」
「渡すものですか?」
「ええ。ワインのお礼ということもあるのですが、自分に勝てたら城にある金銀財宝は全てクロス様に差し上げたいと申しておりました。宝物庫の掃除が大変ですので、受け取ってもらいたいのですが、いかがでしょうか?」
これは棚ぼた、いや、わらしべ長者か。ワインが金銀財宝に代わったぞ。
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