第208話 憧れのシチュエーション

 製材所の村で一夜を明かした。

 砦の方が心配ではあるが、音が出る魔道具や霧状の聖水などの小細工が大量にあるので何とかなっているはずだ。とはいえ、放っておくわけにはいかない。すぐにでも帰らないと。


 ヴォルトたちも聖国に入り込んだ吸血鬼は倒したと言っているので、このまま一緒に砦に向かった方がいいだろう。聖都からの援軍はまだ来ないだろうが、勇者であるヴォルトがいれば士気は上がるはずだ。


 遺跡の調査を依頼してきたストロムさんには連絡をいれて放っておく。入り口を開くネックレスは俺が持っているが、ストロムさんがここまで来るのはまだ先だ。今は閉じたままの方がいいだろう。


 村には教会からの復興支援ということで金貨を十枚ほど渡した。これだけあれば建物を直したり、食料を買ったりすることもできるはず。避難所として使っていた教会にも金貨二枚ほど寄付したから村に便宜を図ってくれると思う。


 そんなことをしたらサンディアが不思議そうな顔で俺を見ている。


「クロスさんはすぐに手柄を人に譲るよね? 教会からってことでいいの?」

「サンディアはまだ若いから分からないかもしれないけどね、たとえ善行でも目立つと面倒なことになるんだよ」

「そーいうもんなんだ?」

「そーいうもんなんだよ」


 何年か経った後にまた支援してくれとか言われても困るからな。ここは教会からのお金って言っておけば、次に何かあっても教会へ行くだろう。個人の善行は危険だ。


 ヴォルトみたいに困っている奴を見ると見境なく助ける奴もいるだろうが、俺はそうじゃない。基本的に自分を犠牲にしてまで人助けなんかしないタイプだ。


『はぁ』


 いきなりスキルがため息をついた。お前ってため息をつく必要があるわけ?


『言いたいことがあるなら言ってもいいけど』

『ヴォルトみたいに見境なく助けることはないですけど、仲間や気に入った人に対しては信じられないほどの犠牲を出してまで助けていると思いますけど』

『それは買い被りすぎ』

『フランもサンディアもアウロラも見捨てていればもっと楽な人生が送れたと思うんですけど』

『後悔しながら生きるのが楽だとは思えないけどな』

『あの頃のクロス様なら後悔せずに仕方ないで済ませられたと思いますけど、どこで間違えたんですかねぇ』

『間違えたとか言うなよ』


 色々と面倒なことになっていることは間違いじゃない。だけど、自分の選択が間違っていたとは思っていない。それだけは自信をもって言える……はず。


『カッコつけるなら最後までカッコつけてください。それに急いで戻った方がいいですよ。砦がずっと襲われているようです』

『それを先に言えよ!』

『しばらくは大丈夫です。あと、アドバイスですが、遺跡を抜けて魔国側の土地から不死者たちに攻撃したほうが注意を引けるので効果的だと思います』

『その情報は助かる』


 転移を使って砦に戻るのもありだが、そこまでの距離じゃない。ここはヴォルトたちと一緒に戻った方がいいだろう。それにいざという時のために転移は温存しておきたいからな。


 まずはスキルの情報をヴォルトたちに展開する。すでに準備は整っていたようで、すぐに向かおうとヴォルトが言い出した。村長に軽く挨拶をしてから村を出て、遺跡へ向かう。


 ネックレスを使って入り口を開けてから遺跡の中を通る。


 来るときはほとんど真っ暗だし、聖騎士団との戦闘でほとんど中を見ていなかったが、通路には模様が描かれていて結構凝った造りだ。戦いのためだけに作られた通路ではなさそうだが、この辺りはストロムさんに任せよう。


 それなりの時間をかけて遺跡を抜けた。最後に遺跡の入り口をしっかりと閉める。周囲に不死者はいないし、ネックレスがなければ開かないから問題はないはずだ。


「サンディア、聖剣を持って精霊と先に砦に向かってくれ」

「ヴォルト兄は?」

「後から行くが、まずは少しでも戦力を先に送っておきたい。目立つように戦って不死者たちの目を引いてくれ。でも、無茶はするなよ」


 なぜかサンディアが俺の方を見た。もしかして目立つ、目立たないの話か?


「こういう時は派手に目立った方がいいぞ。聖剣も目立ちたいだろ?」

「モチのロンよ! 女は目立ってなんぼ! 頑張って光っちゃうわよ!」

「そーいうもんなんだ? りょーかい! 派手に暴れちゃうよ!」


 それくらい目立ってもいいだろうな。砦からゾンビたちを引き離したいし、昼間なら吸血鬼も襲ってこないから安心だ。それに聖剣を持ったサンディアならその辺のゾンビに負けることはないだろう。


「オリガ、一緒に精霊に乗せてもらって道案内を」

「一緒に? ……任せて!」


 目が怖い。精霊に乗れるということで興奮しているのだろう。昨日も俺が寝る直前まで精霊の背中をなでていたからな。もしかしたら徹夜かもしれん。


 それはともかく、サンディアは聖剣を持ち犬型の精霊に跨った。そしてオリガもその後ろに乗る。オリガはサンディアに背後から抱きつくようにして体を固定した。


「よーし、いっくよー!」

「風よ! 風になるの!」

「なんて素敵……!」

「あおーん!」


 精霊が遠吠えをすると、ものすごい勢いで走っていった。

 正直なところあの組み合わせって大丈夫なのかと言いたいが、個人の戦力としては間違いなく最強クラスだ。戦況を大きく変えられるだろう。


「そんじゃ、俺たちも急ぐか」

「おうよ、妹ばかりにいいカッコさせねぇぜ!」


 ヴォルトと共に走る。こういう時にパンドラの乗り物があると楽なんだけどな。




 砦前の戦場には思いのほか早く着いた。さすがは勇者。あれだけの距離を走っても息が上がるようなことはない。むしろ俺の方が辛い。途中、身体強化の魔法を使ったくらいだ。


 それにしても戦場がヤバい。大量のゾンビで埋め尽くされている。音が出る魔道具なども使われているし、炎をで燃やされているが、その処理が追い付かないほどのゾンビたちが襲ってきている。むしろ倒れたゾンビたちを踏み台にして砦を乗り越えそうな勢いだ。


 サンディアも頑張ってゾンビたちの注意を引いているが、それすらものともしないほどのゾンビだ。


「ゾンビの数がすげぇな」

「ここまでの数は俺も初めて見た。本気でこの砦を落とそうとしてるんだろうな」

「まずは砦から引き離すか」


 ヴォルトはそう言うと、大きく息を吸いこんだ。そして次の瞬間に雄たけびを上げる。慌てて耳を塞いだが、それでも耳が痛いほどの咆哮だ。


 その声に戦場が一瞬止まった。ゾンビたちすら何だとこちらを見たほどだ。そしてゾンビたちは俺たちを確認するとこちらに向かって走ってくる。


「俺に勇者らしい戦い方を期待するなよ?」


 ヴォルトはそう言うと、向かってきた最初のゾンビを殴り倒した。


「よし、クロス、派手に暴れようぜ!」

「俺を巻き込むなよ」


 ここはヴォルトに任せて俺は砦の方へ行こうと思ってたんだけど、ゾンビたちに囲まれてしまった。これじゃ砦まで行けないな。


「こうやって背中合わせで戦うのをやってみたかったんだよな!」

「俺じゃない奴とやってくれよ」

「背中は任せたぜ、クロス!」

「だから聞けって」


 ゾンビ相手にこれをやっても意味はないだろとは思うが、たしかに憧れるシチュエーションではある。仕方ない、ここでゾンビたちをできるだけ始末するか。


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