第210話 友達

 パトリシアの招待でトレーディが住んでいた城までやってきた。


 時間がかかったが、どの戦場も危険はないので俺がしばらくいなくても問題はないとのことだ。送り出してくれたグレッグには感謝だな。


 それに不死者たちの行動も変わった。聖国の北の砦は攻めきれないと思ったのか、今度は魔国北の山岳地帯に狙いを定めたようだ。だが、その山岳地帯に関しても危険はない。


 いつの間にかコクウとホクトさんが参戦しており、そちらも無双状態だからだ。その無双状態よりも、ホクトさんはカガミさんがやった花火が効果的だったことが嬉しいようで、「あっぱれじゃ!」と大層ご満悦だとか。


 コクウはヒヒイロカネで作った自分用の刀が神刀に迫る勢いだとか。人の身――正確には鬼の身でありながら、神が作った刀に迫るってなんだよとは思うが、そういうこともあるのだろう。


 なので、戦いは続いているが、ヴァーミリオン軍を追い詰めた感じだ。少なくとも、戦場を無視して領地を飛び越えることはない。ヴァーミリオンならともかく、他の吸血鬼達はコウモリとなって空を飛べても、他の地域へ攻撃するのは難しいだろう。


 そんな理由から俺がしばらく戦場を離れてもいいということになった。俺はそもそも戦力としては大したことないしな。一対一の戦闘であればそこそこ戦えるが、集団戦になるとそうでもない。そういうのは皆に任せよう。


 そんなことを考えながら城を見上げる。


 廃城だと思っていたが、結構原型を残している。巨大な城壁に囲まれており、上空には結界も張られているようだ。


 というよりも、ここだけ周囲の湿地帯とは全く関係ない豊穣な土地のようだ。巨大な格子型の門から敷地内を見ると、花が咲き乱れ、鳥の鳴き声もする。


 この辺りはカラスとか、水や泥に隠れている魔物しかいないはずだが、ものすごい場違いのような場所だ。ここだけ異世界と言ってもいいほど、周囲と差がある。


「いらっしゃいませ、クロス様」

「パトリシアさん、ご招待、ありがとうございます」


 急にパトリシアが現れたと思ったら、丁寧なお辞儀で出迎えてくれた。そして「こちらへ」と笑顔で言った。誰も何もしていないのに、巨大な門が自動的に開く。パトリシアが城へ向かって移動したので、その後についていった。


 外から見ても場違いだと思ったが、中でみるとさらに場違いのような状況だ。小さな噴水からは綺麗な水が出ており、色々と計算されて置かれているような彫像は素人の俺から見ても感動する。


「素敵な場所ですね。花や彫像など、こういうのに造詣は深くありませんが、素晴らしいと思います」

「ありがとうございます。庭師が聞いたら喜んだでしょう。もちろんトレーディ様も喜んだと思います」


 パトリシアが止まってから笑顔を向けてそう言った。自分が褒められたことのように嬉しそうだ。


 でも、庭師か。おそらくトレーディの眷属であったはず。トレーディが死んだ以上、その眷属も生きられない。もうこの世にはいないということか。


 トレーディがパトリシアの眷属であったのだから、その庭師や使用人もパトリシアの眷属のようなものだ。でも、そこに差はないのだろう。トレーディに仕える者として同等の扱いをしていたような気がする。


 どうやら庭園でのお茶会になりそうだ。城の中には案内されず、外でお茶を飲むための用意がされている。こういうのには縁がないからよく分からないけど、マナー的なところは大丈夫だろうか。


「どうぞ、おかけください。今、お茶を用意しますので」

「ありがとうございます。そうそう、マナーが悪くても怒らないでくださいね」

「クロス様でしたら問題ありません。そもそも料理に毒をいれるというマナー違反をしたのは私の方が先ですから」

「ははは」


 ちょっと乾いた笑いが出た。


 トレーディが中央の砦に来たときに振る舞ってくれたあれだな。毒が入っていることを分かりやすくしてくれたのだろうけど、俺が気にせずに食べたから強者として認めてくれたのかもしれない。


 パトリシアは綺麗な所作で紅茶を淹れる。吸血鬼の女王という立場なのに、使用人としてお茶を入れるわけか。たぶんだが、これも暇つぶしの一環なのだろう。


 生まれたときから死ぬことがほとんどない純粋な吸血鬼。やれることは無限にあるだろうが、やりたいことが無限にあるわけじゃない。トレーディに仕えていたのも、ほんの暇つぶしだったと思う。でも、思いのほか気に入ったみたいだな。


「どうぞ、クロス様。お口に合うと良いのですが」

「いただきます」


 高級そうなカップに高級そうな紅茶。それだけで気後れする。紅茶の味の良し悪しなんか分からないし、ビールとカラアゲが好物の俺にはもったいないとは思うが、もてなしを拒否するわけにもいかないよな。


 ゆっくりと紅茶を飲む。


 なるほど。言われてみると美味しい。味もそうだが、香りが良いのかな。風邪をひいて鼻の通りが悪くなると、味がぼやける。香りは味に直結するくらい重要だから、良い香りの紅茶を選んでくれたんだろう。


「美味しいです。味もそうですが、香りが良いですね」

「よかった。トレーディ様も上品な香りが好きだとおっしゃっていました。それにこちらのお菓子が合うとも。どうぞ、ご遠慮なく」

「はい、いただきます」


 マカロンみたいなお菓子がある。いや、そのままマカロンか?


 それを一つ手に取った。こういうのは手づかみでいいんだよな? こういうのを半分だけ食べるなんて真似はしない。丸ごと一つ口に含み、噛む。


 ああ、なるほど。これを紅茶で追っかけるのだろう。組み合わせが合っているような気がする。ちょっと違うけど、甘いものを食べたらしょっぱい物を食べたくなる食の永久機関的なあれだ。


 確かに美味しいが、お茶会と言っても俺一人だとちょっと寂しい。それに食事をずっと見られているのも居心地が悪い。


「パトリシアさんもどうですか。一人で食べていても美味しいですが、二人ならさらに美味しいと思うのですが」

「いえ、私はトレーディ様に仕えるメイドですので、お客様と一緒に食事をするわけにはまいりません」


 徹底しているな。ロールプレイ的なことなのだろうか。


「トレーディの使用人としてではなく、吸血鬼の女王であるパトリシアさんと話したいのですが、それならどうでしょう?」

「……そう言うことでしたら、ぜひ。実はこのマカロン、ここ数百年で最高の出来だと使用人が自負していましたので、食べたかったのです」


 ここ数百年って、どんだけ研鑽を積んだマカロンなのだろうか。おそらくトレーディの眷属だったお抱え料理人のことだろう。たしかに砦でごちそうになった料理はおいしかった。毒が邪魔だったけど。


 パトリシアは一瞬で服装が変わる。紫の髪とそれに合わせた豪華なドレス。ゴテゴテな感じではなく、シンプルな感じのドレスだが、間違いなく気品がある。こっちが本当のパトリシアなのだろう。


 そのパトリシアはテーブルを挟んで俺の正面に座った。もともと椅子があったからそのつもりではいたのだろう。俺が紅茶を淹れてもよかったのだが、パトリシアは自分でというか、魔法を使って紅茶を淹れている。


 それを嬉しそうに一口飲み、そしてマカロンに手を伸ばした。俺とは違って半分だけ食べてから、さらに紅茶を飲む。なんだか幸せそうだ。


「さすがです。紅茶に合わせた完璧な味。今後は楽しめないと思うと寂しいですね」

「パトリシアさんも寂しいと思うことがあるんですか?」

「それはそうでしょう。自分の仲間と言えるのはアレですからね。正直、いない者として扱っていますから、ずっと孤独です」


 ヴァーミリオンをアレ扱いか。なんでこうも差があるのか不思議だ。ヴァーミリオンは神になるとかほざいてたが、パトリシアさんはロールプレイだとしても、人間というか他者に敬意を払ってくれている。何が違うのだろうね。


「これまでのことを考えると、クロス様は長生きしそうですね?」

「いやぁ、どうでしょう。百歳まで生きられたら大往生だと思いますが」


 これからも命の危険がありそうだから五十代も難しいんだけど。


「残念です。クロス様は面白い方ですので、長生きしてほしかったのですが」

「長生きとはどの程度です? 私はただの魔族ですから、パトリシアさんのようには長く生きられませんよ。そうだ、長命の方を紹介しましょうか?」

「たとえば?」

「私が知っている人ですと、古代竜のウィーグラプセンが長生きですね。お酒の趣味が合うなら友達になれると思いますよ」

「……友達?」

「ええ、お酒好きなので、あのワインも好きなんじゃないですかね。まあ、今は一瓶も持っていませんが」

「ああ、いえ、そうではなく、私が友達になれると?」

「はい。たぶん。酒を持ってきた相手なら歓迎してくれると思いますが」

「なるほど、私に友達ですか……」


 なぜびっくりしているのだろうか。ウィーグラプセンなら二回目の世界の始まりからいるわけだし、パトリシア以上の年齢だろうから、友達になれると思うのだが。


「もしかして私はクロス様の友達でもあるのでしょうか?」

「そうですねぇ、一緒にワインを飲んだ仲ですから、私基準だと酒飲み仲間で友達ですね。不敬かもしれませんが」

「フ、フフ……フフフ……」

「すみません、嫌でしたか?」

「そんなことありません。でも、そうですか。友達でしたか。私、生まれて初めて友達ができました」

「初めて?」

「ええ、トレーディ様はお仕えする方でしたし、使用人たちは仕事仲間でした。なので、友達は生まれて初めてできましたね」

「それは、おめでとう、ございます?」

「はい、ありがとうございます。嬉しいですね。世界にたった一人だと思っていましたが、いつの間にか友達がいましたか」


 なんだろう。ものすごくご機嫌だ。悪いことじゃないんだよな?


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