第211話 飲み会

 その日、パトリシアは帝都オグステンの城へとやってきた。


 クロスに言われた通り、それなりのお酒を持ってウィーグラプセンに会いに来たのだ。ワインはそれなりの年代物で、以前クロスに貰った物よりは劣るが、一瓶でどの都市でも家を建てられる程度の値段になる。


 これなら大丈夫だろうと持ってきたのだが、城門の門番に捕まった。


 吸血鬼の女王であるパトリシアなら、城門を通らずとも玉座の間に行けるのだが、さすがにそれは無粋。なので、わざわざ正面の門にきたのだが、たとえそうであっても怪しい人物を城に入れるわけがない。


「確かにお会いする約束はしておりません」

「なら、ダメです。見たところどこかの貴族の使いだとは思いますが、まずは皇帝陛下に謁見する約束を取り付けてください。それでもかなり先の話になりますので、一ヶ月程度は待つことになると思いますが」

「それは困りました」

「ウィーグラプセン様はこの帝国の守護竜。皇帝陛下の許可がなくては会うことすらできません。それを考えれば、さらに半年以上かかる可能性もありますよ」


 二段階の約束を取る必要があるということだが、パトリシアとしてはクロスの話を聞いてから楽しみにしていたので、そう言った手間を省きたい。


 とはいえ、力で押し通るのはあまりにも無粋、その上、ウィーグラプセンを怒らせる可能性もある。そしてそれはクロスの顔に泥を塗る行為でもある。酒飲み仲間で友でもあるクロスにそれをするわけにはいかない。


 それを考えていたところ、パトリシアに妙案が浮かぶ。


「わたくし、クロス様の友達なのですが、そのことを踏まえた上で、皇帝陛下やウィーグラプセン様にお伺いを立ててもらってもよろしいでしょうか?」

「クロス様……?」

「はい、クロス魔王軍のクロス様なのですが」


 その言葉に門番が目をむく。ここには二人の門番がいるが、話しをしていない方の門番も目を見開くほどだ。


「お、お、お待ちください! 私では判断できませんので、上司に確認を取ってまいります!」

「はい、よろしくお願いいたします」


 効果てきめん。さすがに門番はその名前を知らないと思っていたのだが、どれほどの重要人物なのかを知っているのだと感心した。そして見ず知らずのメイドの姿をした自分にも、困った顔はしていたが、きちんと説明してくれた。たまたまかもしれないが、それだけで帝国という国がよく分かる。


 待つこと十分。先ほどの門番と、もう一人、少々地味な男性がやってきた。着ている物は貴族のように高価なものだが、慣れていないのか、服に着られているという感じがする。


 その男性はパトリシアの前で頭を下げた。


「恐れ入ります。クロス様のご友人とおっしゃったそうですが、貴方の主人ではなく、貴方がクロス様のご友人なのですか?」

「はい。私の主人もクロス様とは飲み仲間で友人と言っていいと思いますが、私も友人の一人です」

「失礼ですが、お名前を伺っても?」

「パトリシアと申します」


 男の何かを思い出したのか、男はハッとした顔になった後、改めて頭を下げた。


「失礼しました。パトリシア様はトレーディ公爵様が最も信頼されている使用人で、決して失礼がないようにとクロス様からご連絡を頂いております」

「まあ、クロス様はわたくしをそんな風に言ってくださったのですか?」

「はい、そう聞いております」


 パトリシアとしては何とも嬉しい紹介だ。吸血鬼の女王などと言われるよりも心が震える。だが、ここへ来た目的を忘れてはいけない。


「それで、本日はウィーグラプセン様にお会いできますでしょうか?」

「もちろんでございます。どうぞ、こちらです」


 男はそう言ってパトリシアを案内する。その前にパトリシアが門番に頭を下げると、門番はびしっと敬礼をした。


 パトリシアは質素に思える城内を歩く。


 ここはヴァーミリオンの眷属であるローズマリーが皇族を虜にして傀儡にしようとして失敗した場所。その策略が成功していれば、聖国は帝国と魔国からの侵攻に耐えきれなかった。


 それを食い止めたのがクロス。トレーディはそれ以前からクロスに興味を持っていたが、それをしたことでさらに興味を持ったのをパトリシアは覚えている。あれほどの笑顔を見せたのは久しぶりだったからだ。


 帝国はまだ復興中という状況であり、皇帝となったヴィクターも高齢。しばらくは後継者問題や内政に力を入れるだろうが、対外的には古代竜ウィーグラプセンがいるので、数年大人しくしていても帝国は健在だとパトリシアは思う。


 人間同士の争いに興味がないパトリシアではあるが、クロスが苦労して正常化させた国が荒らされるのは嫌な気持ちになる。クロスが関わった国になにかあれば、力を貸してもいいかとぼんやり考えていると、いつの間にか目的地の部屋に着いていたようだった。


 案内してくれた男が部屋に入り「こちらでお待ちください」と言い、メイドを呼ぶと部屋を出て行った。その後、自分に匹敵するような所作のメイドがやってきて、お茶を注ぎ、茶菓子を用意する。


 メイドの恰好で座っている自分に対しても完璧な対応をするメイド。門番といい、メイドといい、帝国にはそれなりの人材がいるのだなと感心しながら、喉を潤した。


 帰りに茶葉の種類を聞いておこうと考えていると、二人の男女が入ってきた。

 パトリシアは立ち上がり、スカートの裾を持って挨拶する。


「はじめてお目にかかります。ヴィクター皇帝陛下、古代竜ウィーグラプセン様」

「ヴィクターで構わん。堅苦しいのは抜きでお願いする」

「ウィーグラプセンです。もちろん、私にも堅苦しいことは抜きでお願いしますね。それに私のことはウィーグと」

「では、私のこともパトリシアと」


 本来の形式的な挨拶すら省略し、三人は座った。

 部屋にいるメイドがヴィクターとウィーグラプセンにもお茶を用意する。二人はそれを一口ずつ飲んでから、大きく息を吐いた。


「突然の訪問で申し訳ありません」

「クロス殿から連絡を受けていたので、そこまで急というわけでもない。ただ、具体的に何をしに来るのかまでは聞いていないのだが、どういうことなのだろうか? ああ、いきなり本題に入るのはお主が言うところの無粋なのだろうが、こちらとしては気が気ではないのじゃよ。気を悪くしてほしくないのじゃが、帝国は吸血鬼に色々とされていた過去があるからのう」

「クロス様は特に何もおっしゃらなかったのですか?」

「トレーディ公爵殿が最も信頼していた人だから丁重に扱って欲しいとか、話を聞いてあげて、くらいじゃな。あやつ、儂のことをなんじゃと思っておるのかのう?」


 不敬といえば不敬だが、ヴィクターは嬉しそうにそう言っている。パトリシアとしても気持ちは何となくわかる。クロスは肩書など関係なく自然体で振る舞ってくれるのだ。そして相手が大事にしていることだけは彼も大事にしてくれる。


 それから考えれば、ヴィクターは皇帝という立場を何とも思っていない。だからクロスもそこに敬意を払わない。ヴィクターという個人にしか敬意を払わないのだろうと分析した。


 その分析はともかく、まずは返事だとパトリシアは口を開く。


「ここにはクロス様の紹介できました。ですので、クロス様の顔に泥を塗るような真似は絶対にしないと、今は亡きトレーディ様に誓いましょう」

「……うむ、信じよう。お主にとって主の名前は軽いものではないだろうからな。それでどういった紹介だろうか。ここで働きたいというわけではないと思うが」

「はい、働きに来たわけではなく、ウィーグ様に会いに」

「私にですか? ああ、様もいりませんよ、ウィーグと呼び捨てで構いません」

「そうですか、ではウィーグ、一緒にお酒を飲みましょう。いわゆる飲み会ですね」


 ウィーグラプセンは思考が停止したように固まる。そして何度か瞬きをした後に首を傾げた。


「それは構いませんが、なぜ?」

「ウィーグは私と友達になってくれるはずだとクロス様がおっしゃいまして」

「と、友達?」

「はい。クロス様が言うには、同じテーブルでお酒を飲めば飲み仲間で友達だと」


 ウィーグラプセンはいまだに状況が呑み込めていない感じではあるが、ヴィクターの方は「クロス殿らしい」と大笑いをしている。


「実は手土産にワインを持ってきました。いかがでしょうか」


 パトリシアは亜空間からワインをいくつか取り出してテーブルの上に置く。目を白黒させていたウィーグラプセンは、それを見ると、ギラリと目が光った。


「なかなか素晴らしいワインを持っていますね……!」

「トレーディ様の城にあったものから最高の物を持ってきました」

「パトリシア、今日から貴方は私と友達です」

「感謝いたします。長い年月を生きていると、誰かに愚痴を言いたくなる時もあると思います。そんなときは一緒にお酒を飲んで良い時間を過ごしましょう」

「素晴らしい提案です。さすが私の友。では、さっそくいただきましょう」

「お主ら、昼間から飲む気か……」

「お酒は飲みたいときに飲むのが粋なのですよ、ヴィクター」

「なるほど、ウィーグは良いことを言いますね」

「儂らみたいな人間は、昼間から飲むのはダメ人間なんじゃが……まあ、良い、ウィーグも友からの誘いなら断れまい。じゃが、その前にクロス殿がどうなったのか聞いても?」


 その言葉にパトリシアは、グラスに注ごうとしていたワインをテーブルの上に戻した。

 

「クロス様でしたら、城にあった金銀財宝を手にすると、すぐにどこかへ転移されました。どこへ行ったのかまでは知りませんが、かなり感謝してくださいましたね」

「……まさか、金貨が貯まったのですか?」

「ウィーグは何か知っているのですか? 確かにクロス様は百億枚を超えたとか言っていましたが」

「そうですか、パトリシアは知らないのですね」

「はい。教えてもらっても?」

「クロス様はとある方の命を救おうとしています。そのために金貨が百億枚必要で、それを貯めていました。おそらく、城にあった宝で目標金額に到達したのでしょう」

「なるほど。となると軍師アウロラ様ですね。死んだという噂でしたが生きておりましたか。それにクロス様は最も神に近い力を持つ方だとは思っていましたが、その代償が金貨とは。次の神として選ばれていたとは驚きました」

「これまでの神の中でもっとも欲のない神ですね。だからこそ、面白いのですが」

「分かります。やはり、長く生きていると話も合いますね。どうやら今日のお酒は過去最高に美味しくなりそうな予感がします」

「実は私もです……!」


 少し呆れ顔のヴィクターを横目に、パトリシアはウィーグラプセンのグラスにワインを注ぐのだった。


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