第212話 おかえりとただいま
今、俺はアウロラさんの前にいる。
アウロラさんは古代魔法王国で使われていた冷凍保存装置のようなポッドの中で眠っている。スキルの力でも状態を維持していて、死んでしまう一歩手前だ。
五年以内に金貨百万枚を貯めて傷を治す。五年以内という条件を付けたからこその値段ではあるが、それでもこの値段ということは本当にギリギリだったのだろう。ありがたいことにトレーディの城にあった宝で金が貯まった。
宝物庫にあった金銀財宝。金貨に換算すると約三十億枚の価値があり、俺が持っていた金貨と合わせると百億枚になった。これでアウロラさんを助けられる。
こういう時こそ落ち着かないといけないと、まずはやるべきことをやった。帝国のヴィクターにパトリシアさんのことを頼んだし、アギのことを魔都にいるテデム達にも伝えた。皆にも金貨百億枚が貯まったと連絡した。
一部はここに来たいとも言っていたが、待つほどの余裕はない。連絡を入れた後はすぐに転移した。そしてもう何度目かの深呼吸をしている。
『大丈夫なんだよな?』
『大丈夫です。ただ、何度も確認していますが、アウロラを治せば多くの金貨を失います。アギやヴァーミリオン、それに魔王との戦いがあるかもしれません。勝てないとは言いませんがしばらくは余裕がなくなります。本当によろしいですか?』
『ああ、構わない』
『あと注意事項ですが、次にアウロラを助けることはできません。世界のすべてを捧げてくれるならやれると思いますが』
『次にアウロラさんが死ぬことになったら……今度は俺が世界のすべてを捧げて時間を巻き戻すように願う』
『すべてを滅ぼす魔王になる気ですか。わかりました、その覚悟があるなら治しましょう……しました』
早い。金貨さえあれば願いを叶えるのは一瞬なのはいつも通りか。
ポッドの中で眠っているアウロラさんを見る。パンドラから教わった操作でそのポッドを開けた。三年前と全く変わらないアウロラさんがそこにいる。
アウロラさんのことを色々知った。一度目の世界で起きたことや、古代兵器であったこと、それに俺と同じ転生者でありながら、記憶を失って放浪していたこと、その後、魔王に拾われて娘として扱われていたこと……俺よりも波瀾万丈な人生だ。
俺に執着していたのは転生者だったからなのかね。記憶にはなくとも魂的なところでなにかあったのかもしれない。そういうスピチュアル的なことは全く信じてはいないが、そうも思いたくなる。
アウロラさんから少しだけうめき声が聞こえた。こういう場合呼びかけていいのかちょっと分からないが、とりあえず呼んでみよう。
「アウロラさん」
アウロラさんの体がピクリと動くと、ゆっくりと目が開いた。まだ意識がはっきりしていないのか、ぼんやりと俺を眺めているだけだ。
「俺が分かりますか?」
「……クロスさん? 私は……確か、ヴァーミリオンの爪で……」
「あの時は助かりました。時間がかかりましたけど、治したので大丈夫ですよ」
「治した……? ですが、私は心臓を、貫かれて……」
「はい、なので時間がかかりましたけど、ちゃんと治しましたよ。どこか痛いところはありませんか?」
「いえ、ありません。でも……」
「どこか苦しいのですか!?」
「そうではなく、その、お腹と背中がくっつきそうです。あと喉がカラカラで……」
「ああ、そうですね。すぐに準備しますから、まだゆっくりしていてください。すぐに体を動かすと辛いかもしれませんので」
そうだよな、お腹がすくよな。詳しい話はまた後にしよう。まずは腹ごしらえをしてもらってからだ。
まだ完全ではないようだが、普通に動く分には問題がないようだ。そして適当にたべられる料理を用意する。とはいっても、この三年で学んだサバイバル料理的なもので、味が大雑把なものだけど。
硬めのパンとベーコンエッグ、それにドレッシング付きのサラダにオレンジジュースだ。何やらかなりお腹がすいていたようで、アウロラさんはテーブルに置いた直後に食べている。
女の子はおしとやかに食べるよりも、美味しそうにパクパク食べる姿の方がいいね。しっぽを振りながらご飯を食べている犬っぽい感じと言ったら怒るだろうか……怒るだろうから言わないでおこう。
二、三日分の食料を食い尽くしてからアウロラさんはようやく落ち着いたようだ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「クロスさん、状況が全く分からないのですが、教えてもらってもいいですか?」
「ええ、まず、アウロラさんはヴァーミリオンとの戦闘で、死ぬ一歩手前でした」
覚えがあるのか、アウロラさんは深くうなずく。
「それを私がスキルを使って治しました」
「クロスさんの不思議系スキルですか」
「これはもう皆に言ってあるのですが、俺のスキルはお金を代償にあらゆる願いを叶えるという物です」
「お金ですか」
「金貨がメインですけど、金属なども使えます」
「時間がかかったと聞きましたが、相当な金貨を使ったということでしょうか?」
「そうですね。ですが、皆が協力してくれたので、俺はそんなに稼いでいませんが」
「おいくらですか?」
ここで俺が言わなくても、誰かに聞くよな。それに皆が協力してくれたことをうやむやの状態にするのはよろしくない。
「金貨百億枚相当です」
衝撃的だったのか、アウロラさんは目を大きく開けた後に何度も瞬きをした。
「主にメリルとメイガスさん達が稼いでくれましたね。それに今日は戦った相手から金銀財宝を貰いまして、ようやく金貨百億枚が貯まりました」
「……そうですか。ありがとうございます、クロスさん」
「いえいえ、頑張ったのは俺ではなく、皆ですよ。俺も多少は手伝いましたが、貢献度で言えば、微々たるものでして」
「そんなはずありません。おそらくですが、クロスさんがお願いしなければ誰も私を助けようとは思わなかったでしょう……いえ、助けようとはしてくれるでしょうが、諦めたと思います。お金を貯めた手腕は他の方たちでしょうが、皆を動かしてくれたのはクロスさんです」
「そんなことはありませんが、皆に感謝してほしいですね」
「もちろんです。ですが、最大の感謝はクロスさんに。私の命を救ってくださってありがとうございます」
「最初に俺の命を救ってくれたのがアウロラさんですからね。俺の代わりにヴァーミリオンに刺されたんですから、助けるのは当然です」
油断しまいと思ってはいたが、アイツの心臓を刺したと思って油断した。反撃をくらうときにかばってくれたのがアウロラさんだ。それがなければ、俺が心臓を刺されて死んでいた。
でも、アウロラさん的にはそうでもないらしい。
「そもそも私がクロスさんに魔王代理を持ち掛けていたことが原因――」
「そんなことしなくてもアイツは俺を殺そうとしてましたから――」
「いえいえ――」
「ですから――」
お互いに引かない。というか、ここで引いたら危険な気がする。お礼に何かするとかいう展開に持っていくのは分かっている。絶対魔王にしてみせるとかそんな感じだ。
「いえ、ここは譲れません。お礼としてクロスさんに――」
「ほら来た」
「私をあげます」
「何言ってんですか? 女性がそう言うことを言っちゃいけません」
「いえいえ、私はクロスさんに従う忠実な軍師ということです。クロスさんが望むことを私が必ず叶えます」
課金スキルみたいなことを言いだした。いや、魂を取り込んだから似るのは当然なのか?
『私はこんなんじゃありません』
『同じ魂なんだから仲良くしろよ』
『同族嫌悪って言葉を知ってます?』
とりこんだ魂が同じなのに嫌いっていうところがよく分からん。しかし似ているような似ていないような、微妙に違う感じなのは前の世界の記憶が影響しているのか?
おっと、アウロラさんが真剣な目で俺を見ている。よし、こういう面倒なことは後回しにしよう。
「お礼に関してはまた今度話しましょう。今やるべきことはヴァーミリオンの討伐です。ああ、それとアギとも戦わなくてはいけないんですよね」
「……アギは死んだのでは?」
「死んだんですけど、遺体を盗まれて吸血鬼として復活してましてね、数日後に再戦しないといけないんですよ」
「そうでしたか……状況から考えて、あれから数年がたっているのですね。続けて教えてもらっていいですか?」
「もちろんです。軍師としての力を期待してますので、よろしくお願いします」
「分かりました。私はクロス様の軍師、必ずクロス様に勝利をもたらすと誓います」
「その、命懸けますみたいな目は重すぎるので、もう少し緩くしてください――ああ、そうだ、その前にちゃんと言いたいことがあったんです」
「なんでしょう?」
上手く笑えたかどうかは分からないが、笑顔を作った。
「おかえりなさい、アウロラさん」
アウロラさんの驚いた顔はレアだが、三年前は結構見たような気もする。たった三年程度なのに何十年も前のように思えるな。
そんなことを考えていたら、さらにレアな顔になった。アウロラさんは少し頬を染めて笑顔を俺に向けている。
「ただいま戻りました、クロスさん」
そういう顔は心臓に悪い。ショック死しないように気を付けないとな。
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