第213話 副魔王


 古代魔法王国の医療施設の中で、俺はアウロラさんにこの約三年のことを説明している。テーブルを挟んでアウロラさんの正面に座り、可能な限り丁寧に伝えているのだが、伝わっているかちょっと心配だ。


 俺がやったことは大したことじゃない。色々な遺跡を巡り、神の遺産や残滓を課金スキルに食わせただけ。それなりに苦労したとはいえるが、俺以上に大変だったのは皆のほうだろう。


 その皆にはアウロラさんが治ったことをすぐに伝えた。連絡するたびに祝福の声を貰えたが、戦闘中のところもあるので、あとでアウロラさんと一緒に来てくれと言われている。


 そのおかげというか、パンドラが空飛ぶ乗り物に乗ってこっちに向かっているらしい。ちょうど魔都にいたらしく、明日の朝にも到着するとのことだ。


 それはいいとして、アウロラさんは現在の状況を正確に把握しようと、紙とペンを取り出して俺からの説明を書き留めている。こういう姿は初めて見たが、情報整理をするために書いているのだろう。


 大筋はすべて話した。話していないのは、この世界が二度目であること、課金スキルに意思があること、アウロラさんが転生者であることだ。細かい説明をしていないところもあるが、大まかに言えばこの三点は伝えていない。


 言ったところで証拠を提示できないし知る必要がないことだ。ただ、俺や聖剣が転生者であることは伝えてある。それは特に疑いもなく受け入れてくれた。なんでも信用してくれると言うのはちょっと怖い。


 それ以外も話をしているが、俺の説明だけだと細かいことに漏れがある。アウロラさんは気になるところをいくつも質問してくれた。俺と意識を合わせようとしてくれているのだろう。


「この三年の情報はだいたい理解しました」

「それは良かった」

「どうやら私が思っていた通りのようです」

「というと?」

「クロスさんが皆を一つにまとめてくれたようですね」

「いえ、そういうわけじゃないです。皆が手を貸してくれただけで」

「皆が手を貸してくれるということ自体が難しいのです」

「ヴァーミリオンの軍が襲ってくるんですから力を合わせるのは当然でしょう?」


 アウロラさんは首を横に振る。


「たとえ命が危ない状態であったとしても、自分の立場や状況を捨てられない人は多いです。全員がそうだとは言いませんが、多くの人がそれを捨ててでもクロスさんの味方をした。それは素晴らしいことだと思います」

「はぁ、ありがとうございます」


 アウロラさんは褒めてくれているが、なんとなく危険な感じがする。俺がそう思っていることを察したのか、アウロラさんは俺を覗き込むような感じになってから、また首を横に振った。


「もう魔王になって欲しいとは言いません」


 どういう心境の変化なのかは分からないが、それはありがたい。ようやく俺が嫌がっていたと言うことを理解してくれたようだ。


「クロスさんはすべての国の支配者になりましょう」

「悪化してるじゃねーか! いえ、あのですね……」

「クロスさんは魔国の魔王程度で収まる器じゃないと言うことが分かりました。もういっそ世界を征服をしてしまいましょう。軍師として頑張ります」

「嫌です」

「わがままを言わないでください」

「わがままじゃなくて、無茶言ってるのはアウロラさんなんですよ」


 久々のやり取りだな、これ。アウロラさんにはもうちょっと寝ててもらった方が良かったか……あれ? 笑ってる?


「個人的には本気ですが、クロスさんがそうしたいと思っていないならやりませんよ。これは軍師ジョークです」

「嫌なジャンルのジョークですが、理解してくれていたのなら助かります。裏でそういう行動をするのもなしですよ――なんで残念そうな顔をするんですか」


 あぶねぇ。この人、本当にやりそうだから困る。いつの間にかどっかの国を「支配してきました」とか言って献上されそう。それは絶対に阻止だ。


「冗談はさておき、ちょっと困ったことになりましたね」

「どのあたりが困ったことでしょう?」

「私が魔王で、クロスさんがその魔王代理だという状況です」


 俺が色々なところでそう宣伝してたからな。魔王にならないという俺の抵抗でもあるが、アウロラさんが死んだと思っている魔族も多いから、生きてるアピールをしたというのもある。


 そもそも俺よりもアウロラさんの方が魔国でのネームバリューがある。魔都にいる戦闘員はアギの配下だった獣人たちが多いが、そもそも住んでいた魔族たちの士気が欲しかったと言うことで、それなりに宣伝はしていた。


 それを期待している魔族もいたから、間違いではないと思う。


「アウロラさんが生きているというアピールは必要だったと思うんですけど?」

「それはいいのですが、私が治ってしまったので、クロス魔王軍としての序列といいますか、組織として問題がないかと心配しています」

「ああ、それは大丈夫ですよ。そのあたりは皆、テキトーにやってますから」

「……テキトー……?」

「別に俺がトップとして命令しているわけじゃないんですよ。色々とやってもらってるはいますが、皆がそれぞれ判断してやってくれてます。なので、アウロラさんがクロス魔王軍のトップで魔王であるという形になってもとくに影響はないかと」


 なんだかものすごいジト目で見られている。これは呆れているのだろうか。でも、俺ってお願いはしたことがあっても、命令したことはないと思うんだけど。たまにあったかな?


 大体、俺が指示を出すよりも、皆がそれぞれ行動した方がいいからなぁ。むしろ何かあれば俺を呼びだすくらいだし、それくらいの方が組織として上手くいくと思うんだが。


 アウロラさんがなぜかため息をついた。


「おそらく私は考えが堅いのでしょう。何事もきっちりすべきだと考えてしまうのは、逆に思考を制限しているともいえるでしょうね」

「いえ、俺がいい加減なだけで、組織としてはきっちりやった方がいいと思いますよ。ただ、クロス魔王軍はちょっと特殊なんです」

「特殊ですか」

「そもそも組織ってほどでもないですから。クロス魔王軍という名前だし部隊名もありますが、どちらかというと愉快な仲間達っていう集まりみたいなものです」


 サークルとか同好会だよな。グループではあるけど組織ってほどお堅いものじゃない。気の合う集団みたいなものだ。酒飲みサークルにしよう。


 その気が合う奴らが、アウロラさんのために頑張ってくれただけ。ヴァーミリオン軍と戦ってそれなりの戦績だから組織っぽく見えるけど。


「そうですか、愉快な仲間達……」

「そうしみじみ言われるとアレですけど、アウロラさんも別に考えが堅いわけではないと思いますよ」

「というと?」

「四天王多すぎ問題というのがありまして。五人までなら笑えますが、何人いると思ってるんですか。思考が堅いというよりもぐにゃぐにゃですよ。こんにゃくか」

「こんにゃく……そういえばそうでした。あれは私の案でしたね」

「案というか、勝手にやってましたよね?」


 アウロラさんはなぜか嬉しそうにしている。どこも褒めてないんだけどな。

 あれになにか理由があった可能性も否定はできないが、効果があるとは思えない。少なくとも周囲に馬鹿っぽい組織というイメージだけは植え付けられたとは思うけど、それが何の役に立つという話だ。


「それなので、さっき言ってたアウロラさんの懸念というか問題はありませんよ。たとえアウロラさんがクロス魔王軍のトップになったところで、皆、ああそう、くらいで終わる話です」

「改めてクロス魔王軍は素敵な組織ですね。分かりました、私が魔王でクロスさんが魔王代理――もう代理は必要ないので、副魔王にしましょう」


 副魔王ってなに? それいる? 五人目以降の四天王よりもいらない役職だぞ。

 でもまあ、アウロラさんが組織のトップということになったのはありがたい。これなら組織名――サークル名もアウロラ魔王軍に変更だな。


「ならさっそく名前をアウロラ魔王軍に変えましょう」

「いえ、名前はそのままで」

「……なぜでしょうか?」

「対外的な組織のトップはクロスさんでお願いします。実質的なトップは私がやりますので」

「なにを言ってるんです?」

「まだヴァーミリオンとの戦いが残っていますので、その途中に組織名を変えるのは皆に要らぬ負担をかけるかもしれません。ことが済んだら変えるということで。それに多数決を取りましょう」

「ことが済んだらこの組織は解散ですよね?」


 戦いが終われば皆、それぞれの場所へ帰るだろう。エルセンの村長が人を募集しているから何人かはあそこへいくだろうけど、アランやカガミさんは東国へいくだろうからな。


「名残惜しいとは思いますが、確かに解散ですね。でも、それならそれで今名前を変える必要はないかと」


 なにか裏がありそう。大体、対外的に俺がトップじゃ実質も俺がトップなのでは……ここは意地でも名前を変えてもらおう。

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