第26話 無登録のダンジョン
湿地帯は年中雨が降っているようなところなので視界が悪い。
そのおかげで昼間でも魔族や魔物にも見つからず進めたわけだが。
ここはヴァーミリオンが治める領地なので心配だが手は打ってある。
グレッグにヴァーミリオンと話をしておいてくれと頼んだ。
捜索隊を出したとばれないように教会が困っている振りをしてもらっている。
そして教会にはヴォルトも行方不明でどこにいるか分からないと伝えてもらった。
幸いにもフランさんが不在だったため、ヴォルトの送金手続きがされていない。
そのおかげでしばらく前からヴォルトの動向が分かっていなかったらしい。
グレッグたちも最初は本当にいないのか確認に来たとのことだった。
なのでグレッグは聖国へ一度戻って、いなかったことを報告し、アマリリスさんだけはエルセンでヴォルトの帰りを待つという形にしてもらた。
ちょっとした嘘情報でしかないが、俺たちが魔国にいることはばれないはず。
一応、グレッグが裏切った時のためにゴブリン達にはフランさん達やアルファを守るように言ってある。ダンジョンに立てこもればある程度は持つはずだ。
残念ながら希望的観測しかない状況で、どれもこれもどう動くか分からない。
すぐに対応しないとまた面倒なことになる。
困ったもんだ。
とっととこの湿地帯を抜けて、山岳地帯に入ろう。
さらに三日かけて湿地帯を抜け、山岳地帯に入った。
かなりの強行軍だが誰も疲れはなさそうだ。
俺はスキルでズルしているが、二人とも体力お化けだからな。
妹さんの反応も近くなってきた。
地肌がむき出しの山もあるが、ありがたいことに妹さんの反応がある場所は木が生い茂っている。これならウォルバッグの奴にも見つかるまい。
ただ、あの場所になにがあるのだろうか。
ウォルバッグがいる城はもっと東の方だ。
反応がある場所は特に何もなかったと思ったんだけど。
「アウロラさん、この先に何があるかご存じですか?」
「いえ、この先には何もないはずです。逆に聞きたいのですが、本当にこの先にヴォルトさんの妹さんがいらっしゃるのですか?」
とても藪蛇。それりゃそうだ。
最初は信じてくれたが、何もない場所に向かっているなら当然の質問だろう。
俺も最初は城の方だと思っていたが、近づくと方向が微妙に違うし。
「おいおい、アウロラはクロスを疑ってんのかよ?」
「ヴォルトさんはまったく疑っていないのですか?」
「疑う理由がねぇな。クロスがこっちだっていうなら、こっちだろ?」
そこまで信用されると、俺のスキルのこと知ってんのかと言いたくなる。
アウロラさんは左手で右ひじを抱え、右のこぶしを口元に当てた。
そして数秒止まる。
「疑うと言うよりは不思議でならないという感じですね。なぜ分かるのかというのもありますが、ここまで来るのに魔物に遭遇する機会も稀でした。そして魔物に遭遇しても弱い。魔国を歩いてこれはあり得ないと言ってもいいほどです」
アウロラさんの眼力が鋭い。
おそらく俺のスキルを探っているのだろうけど、もう勘弁してほしい。
なんでもできるスキルだけど、金が減るんだ。
それ自体も嫌だけど、これは俺の弱点になる。
金がない俺は何もできないと同じだから、ばらすわけにはいかないんだ。
「それがクロスのスキルだと思えばいいじゃねぇか」
「それはそうなのですが、あまりにも万能感がありまして」
「……あまり詳しくは聞かねぇけど、クロスを利用しようなんて思うなよ?」
ヴォルトがアウロラさんに殺気を放った。
スラム街出身のヴォルトは命の価値が安い世界にいたからな。
利用する奴とされる奴、そういうのも良く見てきたはずだ。
おそらく教会に関しても同じ感情があるだろう。
酒飲み仲間だとしても許せないかもしれない。
いや、酒飲み仲間だからこそ知り合いを利用するという行為が許せないのか。
「利用……そうですね。私はクロスさんを利用しようしているのでしょう」
「……否定はしねぇのか?」
「残念ながら事実です。ですが、無理矢理利用しようとは思ってません。可能であればクロスさんの意志で利用されて欲しいと思っています」
正直すぎる回答にヴォルトは殺気がなくなってちょっと呆れ気味だ。
もちろん俺も。利用されて欲しいって何さ。
「俺もクロスの力を利用しているようなもんだから偉そうなことは言えねぇが――」
「これは俺の意志だ。利用されてるなんて思ってねぇよ」
「……ありがとよ。まあ、クロスのことだから、本音は教会の揉め事にこれ以上巻き込まれないようにしているってところか?」
「それもあるが、妹さんが心配なのは本当だぞ?」
「分かってるって。お前が本当に困っている奴を見捨てるわけないだろ」
いや、見捨てるけど?
なんか勘違いしているようだが、余計な面倒ごとが増えないように対処しているだけであって、そんなお優しい精神は持ち合わせていない。今の状況と今後の状況、それらと面倒さを天秤にかけて対処してるだけだ。
俺は自由に生きたい。
助けるのも助けないのもその時の気分でしかない。
何かに基づいた信念なんて何も持ってない。
アウロラさんのことも助けたいと思ったら助けるって程度だな。
今のところ面倒だからやらないけど。
「男同士の友情っていいわね! なんかこう……いいわね!」
「久々にしゃべったと思ったら何言ってんだ?」
「なによー、少しくらいいいじゃない。それに魔物が斬れなくてちょっとうずうずしてんのよね。どっかに手ごろなのいない?」
「血を求める聖剣とか怖すぎるんだが?」
「魔族なんだから私を怖がるのは正解じゃない。むしろもっと怖がっていいけど?」
「そう言われるとあまり怖くないな。やっぱり邪剣か」
このやり取りにヴォルトもアウロラさんも笑った。
あまり評価はしたくないが、聖剣の奴は場の空気がおかしいからそれを払拭しようとしたのかもしれない。考えているのか考えていないのかは分からないが、ムードメーカーとしては悪くない。たまにとてもむかつくが。
さて、雰囲気も戻ったし、少し速度を上げるか。
これならあと一日くらいで到着するはずだ。
ちょうど昼くらいに反応がある場所の近くまでやってきた。
山の中腹、何もないと思われていた場所に何かの入り口がある。
木の枠で岩を支えているようで、何かしらの手が入った場所ということだ。
入り口には魔族が二人立っていて、周囲を警戒している。
ウォルバッグ配下の魔族で間違いないだろう。
「アウロラさん、あれはダンジョンなんですか?」
「いえ、あの場所は無登録です。報告にはありませんでした」
「無許可のダンジョンかもしれないってことですか。入り口に人の手が入っているみたいなので、つい最近見つかったという感じはしないのですが?」
「魔王様が健在のころから隠していたんでしょうね」
やりたい放題だな。ノルマもこなしてなかったし。
魔族なんてそんなもんか。むしろ、らしいと言った方がいいかも。
問題はこの中から妹さんの反応があるということだ。
ここに捕らえられているのか、それともなにか別の理由でいるのか。
「なあ、クロス、アウロラ、一つ確認しておきたいんだが」
「なんだ?」
「なんでしょう?」
「俺は魔族を斬ってもいいのか?」
重要な質問だよな。
俺としてはやめて欲しいところだ。
誰かの死が誰にも影響しないなんてことはない。
巡り巡ってより大きな面倒ごとになりかねない。
とはいえ、逃せば逃したで面倒ごとになりかねない。
未来が分からない以上、何が最善なのか分かるわけがない。
それなら命を奪う必要はないと思ってる。
前世が前世だからそう思うだけかもしれんが。
アウロラさんはどうだろうか。
同族を殺して欲しくないと思うか、それとも戦力を削るチャンスだと思うか。
ここはお任せしよう。
「俺はアウロラさんが決めた方に――」
「クロスさんが決めた方針に従います」
「俺が言う前に言葉をかぶせるのはやめてくれます? しかもなんで俺の方針」
「クロスさんは私の上司なので」
ひでぇ。上司に仕事やっといてとかいう部下と一緒じゃないか。上司に方針を決めてくれというのは正しい行為だけど、そもそも俺が上司という状態がまずおかしい。
「ただ、言わせてもらえれば、殺さないでいただけると嬉しいです」
丸投げは困るが自分の意見を述べてくれる部下は優秀だね。
「ヴォルト、俺も同じ意見だ。理由は感情的なことだけでそれ以外はない。むしろデメリットの方が多い。それでも、できるだけ命は奪ないで欲しい」
「分かった。でも、加減が難しいな……聖剣はなんとかできるか?」
「えー? 殺さないで斬れってこと? 仕方ないなぁ、ちょっと待って」
いきなり聖剣が光った。
相手にはバレていないが、やるなら先に言って欲しい。
「これでどう? ぶっ叩く専門の棒になってみたんだけど?」
「すげぇな、さすが聖剣だ。助かるぜ」
「ただでイケメンに褒められるっていいわぁ。ドンペリ入れたい」
コイツの前世を聞くのが怖い。なんでここにいるのかも。
絶対に聞かないけど。
よし、俺も秘密兵器を出すか。
課金スキルに金貨十枚を払って手に入れた俺専用武器。
その名も「超堅い木刀」。
本当はバットにしようと思ったけど、聖剣の前世が怪しいのでやめた。
木刀ならこの世界にもあるし違和感はないはず。
それに不殺という性能もある。さすが金貨十枚。
さて、それじゃ見張りを倒して中に入るかね。
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