第183話 聖国と帝国

 カロアティナ王国の戦場から聖国クレセントに向かっているのだが、パンドラがメイド号をメンテナンスするということで、今日は湖の近くで野営をすることになった。


 どうやら結構メイド号に無理をさせてしまったようで、魔力の供給と魔道具の整備をするとのことだ。その供給には俺の魔力が使われる。それくらいなら問題ない。俺、魔法は身体強化くらいしか使えないし。


 なのでまだ午後三時くらいではあるが、すぐにでも休めるように準備をして、今日はのんびりと過ごすことになった。


 この場にいるのは俺、パンドラ、ヴォルト、サンディア、聖剣、精霊。パンドラはメンテナンス中だが、他は焚火を囲んで座っている。ヴォルトたちはこんなにゆっくりするのは久しぶりらしい。


 ヴォルトたちは冒険者としてのお金稼ぎを止めている。止めているというよりも、割に合わない仕事が多すぎるのでやめたという感じだ。


 とくに冒険者のランクが上がってからは、大したお金を出さない割にあれを倒せ、これを倒せと言われる日々だったと言う。なので、もうやらんと啖呵を切ってきたらしい。


 ギルドの職員、もしくはギルド長は、物理的に強い奴をなんで怒らせるのだろう。おそらくだが、ありもしない権力とやらを信じているのだと思う。冒険者がギルドの言うことを絶対的に聞く理由なんてないのにな。しかも強い奴ならなおさらだ。


 とはいえ、困っている人は助けたいというのが心情というものらしく、ちゃんとした内容の依頼は受けるつもりらしい。ただ、金払いも悪く、横柄な貴族の依頼はもう受けないと吐き捨てるように言っている。


 金を稼いでほしいと俺が頼んだので色々やってもらったが、そんな風になっていたとはなんとも申し訳ない気持ちだ。


「皆、悪かったな。俺が金を稼いでくれって頼んだばかりに」

「クロスのせいじゃねぇよ」

「そうそう、クロスさんは全然悪くないから!」

「あんな貴族野郎、私の錆にしてやればいいのよ!」

「わんわん!」


 皆が嫌うほどの貴族ってなんだよとは思うが、よほどケチだったのだろう。でも、そうなると、ヴォルトたちは前に言っていた通り、暗躍している吸血鬼達を倒す形なのかね。


「冒険者の仕事を減らして今後はどうするんだ?」

「吸血鬼を倒すつもりだが、俺たちだけじゃ効率が悪いと思ってる」

「効率が悪い?」

「おう。だから教会の情報網を借りようかと思ってな」

「ああ、そういうことか」


 教会は俺が色々と暴いたせいで求心力を失っているが、それでも教会は冒険者ギルド並みにどこにでもある。それは治療所としての役目もあるので、多くの地域で受け入れられているからだ。


 そこからあがってくる情報は噂話程度でも馬鹿にできないらしい。ヴォルトも昔はそういう情報を元に色々な場所へ派遣されていたようで、それを活用するとのことだ。


「そのうえで教会から金を貰うつもりだけどな!」

「それはいい考えだ。どうせヴォルトはぼったくられてたんだからその分も返してもらえばいい」


 堕天使ディエスが色々やっていたのだろうが、勇者の力を奪い、サンディアに付与するなど教会は色々と黒い組織だったからな。今はそうでもないらしいが、本部の崩壊程度で許されるわけじゃない。


 少なくとも各地からの情報提供は無料でやってもらわないと。この辺りは教会に頼むと言うよりは女王コルネリアに頼むべきだろうな。たぶん、オリファスに頼めば謁見させてもらえると思う。


「そういや、聖国って結構ヤバいのか?」

「ヤバいってヴァーミリオンの軍と戦っていることだよな?」

「おう。つい最近までは帝国との戦いもあったからヤバかったって聞いたぞ」

「確かに帝国とずっと戦っていたらヤバかっただろうな。でも、今はかなり落ち着いたはずだぞ」


 帝国とは協力関係になった。とはいえ、今度はそれで色々と揉めているようだが、なんで俺を呼ぶかね。そんなことをしている場合かといいたい。


 確かに帝国からの攻撃がなくなったのは良かったが、ヴァーミリオンの軍が一番力を入れているのは聖国への攻撃なので、もう安心というわけじゃない。


 聖国以外への攻撃は基本的に牽制。主力よりも一つか二つ下の戦力しか投入されておらず、ヴァーミリオンの主力が襲っているところが聖国だ。聖国は魔国の湿原地帯と隣接する場所も多く防衛範囲が広い。それでも何とか侵攻を防げているのは聖国の主力が不死者の弱点でもある聖力を使っているからだろう。


 不死者たちも馬鹿ではないので夜だけの戦いにシフトしているらしい。最近は昼間に襲ってこなくなったとか。聖力が最大限発揮される時間帯に戦っても負けるだけだと認識したのだろう。


 なので多少は余裕ができたらしいが、それでも強いのがヴァーミリオン軍の主力部隊。夜の侵攻なので吸血鬼の指揮官も多く、ただ愚直に攻めることしかできないゾンビたちを効率よく使っているとか。


 ただ、これまでの歴史で不死者たちと長い間戦い続けている聖国や教会も、その手のエキスパートなので効率よく相手を倒しているらしい。


 グレッグやアマリリスさん、それに元教皇のオリファス、この辺りは不死者に対して一騎当千なので、かなりの戦果をあげている。


 アマリリスさんは教会を辞めたのに、また聖女とか言われ始めて「困ります……」と本当に困っているようだった。そしてオリファスは「神のために!」とか言いながら魔法をぶっ放すので、また教皇とか言われ始めたとか。


 他にもオリファスの信者や教会所属の皆は強いので、危険だったかもしれないが、帝国の攻撃がなくなったので負けることはないとは聞いている。俺を呼ぶというのは戦力というわけじゃないのは確定だ。


 行きたくないわけではないのだが、俺が行ったところで何かを解決できるとも思えない。政治的な駆け引きの問題らしいことは分かっているが、それならなおさら俺を呼んでも意味がないと思うのだが。


「現地のパンドラから情報が入っていますが聞きますか?」

「あれ? もしかしてまた顔に出てた? 口に出して言ってないよな?」

「私は何となく脳波を読めますので。それに後は自動メンテなので暇になりました。知りたいことがあるならどんと来い」


 アウロラさんは考えがすぐ顔に出るとか言ってたけど、パンドラは脳波でそういうのが分かるんだったな。それはそれとして事情が分かっているなら先に聞いておくか。できるだけ早めに解決したいし。


「なら教えてくれ」

「どちらが主導でヴァーミリオンの軍と戦うのか、という話でこじれているのは聞いていると思いますが、帝国から使者がちょっとお馬鹿さんなのが問題でして」

「そうなのか……」

「いままで帝国がやらかしていたのが問題なのですが、皇帝がヴィクターになり、古代竜が復活していますので、聖国の下で戦うことはできないと息巻いています」

「……それってヴィクターの意思なのか?」

「皇帝はこちらから頭を下げるように言ったのですが、使者が独断でそう言ってます。今、帝国は極度の人材不足でこんなのしか送れなかったらしいです」

「ああ、貴族の大半が不正まみれだったから刷新したらしいな。新しい人材は経験不足か」

「そうですね。もしくは戦いが終わった後のことも考えた上でのことなのでしょうが、今をしのがないと未来もないと言うことにきづいていないようです。女王コルネリアの方も、そんなことを受け入れられるかと言っていて、また帝国と戦争がはじまりそうな勢いです。歴史は繰り返す……!」

「繰り返されるな。思ったよりも深刻だな……それで俺が行く理由は?」

「帝国も聖国もクロス魔王軍の配下に置こうって魂胆――作戦です。クロス魔王軍の下なら皆平等」

「考えた奴を殴っていいか?」


 アウロラさんならやりかねないが、さすがに眠っている状態で指示を出すわけがない。これを考えた奴は誰だ。マジで。


「提案者はオリファスですが、全員が賛同しました。アマリリス様は『最高ですね!』と乗り気です。グレッグ様は終始大笑いだったらしいですが」

「俺、行かなくてもいいかな……」

「ちょっと面白おかしく言いましたが、行った方がいいでしょう。軍隊を聖国に連れてきたアラン様が何もできずに宙ぶらりんの状態でそろそろ使者を殺しかねません」

「アランはすでに聖国にいるのか。というか本当にやりそうで怖いよ」

「それにこの状況を重く見たヴィクターが昨日、古代竜を聖国に送ったようで、コルネリアがそれを脅しだと思ったら本気で戦争が再開しかねません」

「なんだかなぁ……」


 そんなことをしている場合じゃないだろとは思うのだが、国としてどう動くかは個人の感情だけでは決められないよな。コルネリアの方は分かるけど、帝国の使者はなんでそんな状況にしてんだ。帝国のためを思ってのことなんだろうが、皇帝の指示には従えよ。


 でも、古代竜のウィーグラプセンが頭を下げればすぐに終わる話でもあるな。クロス魔王軍の下に付かせるというアホな考えを止めさせるためにも、ここはきちんと聖国と帝国で話し合ってもらおう。

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