第204話 再会

 砦から北に十キロほどの場所でゾンビの一団を発見した。


 オリガが言っていた通り、見た目からして教皇と聖騎士団だ。それに教皇はミイラのように干からびているので間違いなくゾンビだろう。聖騎士たちはヘルメットをかぶっているので見えないが、こちらもまず間違いない。


 この辺りは断崖絶壁がずっと続いており、登るのはまず不可能。にもかかわらず、こちらに向かってくるということは、何らかの移動手段があるということだ。


「目指す場所にトンネルがあるんだろうな」

「でも、なんで今? トンネルは前からあったはず」

「吸血鬼達はあの一団を使っていなかったんだろうね」

「……ああ、理解した」


 憶測ではあるが、ゾンビは本能だけじゃなく、記憶がある。何らかの命令を受けたとき、それを実行するだけの頭脳があるわけだ。聖国へ攻め込めと命令を受けたなら、記憶に従って効率的に命令を実行するのだろう。


 だからあの一団は砦の方へ向かわずに抜け道を目指したわけだ。吸血鬼がこれをどこかで見ていないか心配だな。知ったら攻め方を変えてくるかもしれない。その前に抜け道とやらを発見して、それを潰さないとな。


「トンネルを発見するまで、あの一団は泳がせよう。俺も見てるけど、なにか怪しい動きがあったら教えてくれ。それに近くに吸血鬼がいないか警戒してほしい」

「了解。私は崖をおりてもう少し近くにいく。クロス様は崖の上から警戒して。お互い何かあったら簡単な合図を」

「分かった。異常を発見したらなにか火のついた物を振ってくれ。それで分かる」


 オリガは頷くとすぐにいなくなった。


 俺は崖の上から一団が移動しそうなところへついていく。オリガは崖の下に降りて一団の近くにいるのだろうが、夜目が効く俺でも全く見えないな。


 さらに二十分ほどその一団の後をつける。結構な距離を移動したが、どこまで行くのだろうか。


 そう思ったら一団が止まった。そして教皇だけがその一団から少し離れ、両手を大きく広げる。教皇の胸元が一瞬光ると、直後に地響きが聞こえ、足元が揺れた。


 もしかして崖の下で何かが動いているのか?


 地響きが収まると、教皇と聖騎士団がまた動き出した。断崖絶壁に進んでいるようだが、おそらくそこにトンネルがあるのだろう。


『ああ、そういうことですか』

『いきなりどうした? スキルは何か知ってるのか?』

『この下に古代魔法王国の遺跡があるんですよ。トンネルと言っていたのはそのことでしょう』

『遺跡ってどこにでもあるな』

『バランサーとの戦いで色々やってましたから。この辺りの断崖絶壁も古代魔法王国が防壁として作り出したものですよ』

『戦争で地形を変えるなよ……それくらいバランサーが強かったってことか』


 正直なところ、魔王ってそんなに危ない感じはしてないんだけど、なんで世界を滅ぼすような予言があるのかね。そのあたりはストロムさんに任せているけど、答えがあるのか微妙だな。


 おっと、それは後だ。


『遺跡を抜けると聖国に行けるのか?』

『行けます。おそらく遺跡のゲートを開ける何かを教皇は持っているのでしょう』


 そういえば胸元辺りが一瞬光った。ネックレスのような物が鍵になっている可能性が高い。それを奪えば問題はなくなりそうだな。でも、こういうところは自動的に閉まるのか?


『一度使うとゲートとやらは開きっぱなしか?』

『時間で閉じるようなことはありません――オリガから合図がありましたよ』


 慌てて崖の下を見ると、火のついた何かを振っている。ずいぶんと荒ぶった動きだが……?


『何者かに襲われているようですね』

『マジか』


 すぐさま火が動いている場所へ飛ぶ。


 オリガは斥候だけでなく、戦闘もこなせる。でも、吸血鬼を単独で倒せるほどの強さじゃない。ゲーム上ではサポーター扱いだし、ここは俺がやるしかないだろう。


 超絶強化、そして身体強化の魔法を起動させて、木刀を取り出した。トレーディほど強い奴はそういない。なら勝てるはずだ。


「オリガ! 離れろ!」


 そう叫ぶと、オリガはすぐにその場を離れる。吸血鬼もこちらに気付くと後方へ飛ぶように離れた。それでも木刀を地面に叩きつけると、ちょっとしたクレーターみたいになった。多少は威嚇になるだろう。


「大丈夫か?」

「平気」


 オリガはそう言うと、闇に紛れた。近くに遮蔽物などはないが、どこにいるか全く分からない。おそらく吸血鬼の方も分かっていないだろう。


「援護を頼む」

「了解」


 何もない場所からオリガの声が聞こえた。たったそれだけの言葉だが、オリガなら色々やってくれるはずだ。ゲーム上では戦闘時に相手の邪魔をするというサポート能力がある。それを活かしてくれるだろう。


「おいおい、こういう時は一対一で戦うもんだろ? ちょっと見ない間にヘタレになったのか?」


 ……? 知ってる声だ。それにちょっと見ない間?

 そうだ、間違いない。


「……お前、アギか?」

「よお、久しぶりだな、クロス。誰にも負けてねぇようで何よりだ」


 魔王軍の四天王、アギ。ヴァーミリオンに不意打ちで殺されたあと、遺体が消えたと聞いたが、そのアギが目の前にいる。相変わらずボロボロのズボンと前が開いた状態の上着しか着ていない。そして胸元にはヴァーミリオンが背後から空けたはずの穴の痕があった。


「お前、生きてたのか?」

「いや、死んじまったよ。ヴァーミリオンの奴、俺を仲間にしないと言いながら勝手に吸血鬼にしちまった。まあ、アイツじゃなくて、アイツの眷属がやったことだがな。今の俺は吸血鬼のライカンスロープってわけだ」


 強い奴をさらに強くするなよ。しかし、一度死んだ奴をどうやって吸血鬼にしたんだ? まさかとは思うが、アギも人工吸血鬼みたいな感じで普通の吸血鬼じゃないのかも。面倒な。


「それにしても俺は運がいいぜ、なんか変な行動をしている奴らを見つけて追ったらお前がいるとはな」

「俺は運が悪いよ」

「そう言うなよ、あのとき邪魔された続きができるのは運がいいだろ? それに今はアウロラもいねぇし、ヴァーミリオンの奴もいねぇ。俺らの邪魔する奴がいないならお互いに幸運じゃねぇか」


 だからそれが運が悪いって言ってるんだけどな。それなりの準備をしているならともかく、いきなりで吸血鬼になったアギと戦えるかよ。


 でも、どうする? 転移して逃げるか? オリガも逃げるだけなら何とかなるはずだ。あの抜け道というか古代迷宮の入り口に関しては聖国側の出口をなんとかすればいいだけだし、ここは逃げても問題はないはず。


 でも、アギは一応話が通じる。何とか交渉してみよう。


「悪いけど、お前と戦っている暇はないな」

「つれねぇこと言うなよ。俺とお前の仲だろ?」

「お前との仲なんてねぇよ。それに仲っていうなら、テデムとワンナの方だろ。お前の遺体がなくなったって怒ってたぞ」

「魔都の方にいるとは聞いたが、俺はこの地域でしか戦えねぇんだよなぁ。吸血鬼どもは俺に護衛をさせようとしやがるし、つまらねぇ奴らだよ」

「俺がテデムたちに伝えておいてやるから今日は見逃せ」

「まさか本気で言ってねぇよな?」

「本気だよ。俺にとってこれは不意打ちみたいなもんだ。何の準備もしてないのにお前と戦えるかよ」

「不意打ち……不意打ちか……」


 アギはヴァーミリオンに不意打ちで殺されたからな。不意打ちで勝っても意味はないと思っているだろう。攻めるならここだな。


「それとも準備不足の俺に勝って嬉しいのか?」

「ぐぬ、ぬぬ……」

「必ずお前と戦ってやる。だから今日だけは見逃せ。そうだ、次の満月ならどうだ。この場所で勝負してやる」

「分かった分かった。トレーディを倒したほどのお前が俺を怖がるわけがねぇしな」


 いや、怖ぇよ。できれば用事を見つけてもうここには来たくねぇよ。


「なら、次の満月にここへ来い。来なかったら本気で北の砦を潰すからな」

「お前ならやりそうだから怖いよ。そうだ、テデムとワンナも呼ぶが、いいよな?」

「アイツらにも会って話がしたいと思ってたんだ。立ち合い人として呼んでくれ」


 アイツらにアギを説得してもらうのもありだな。さすがにアギをこんな状態にしたヴァーミリオン側につくとは思えないから、アギをこっちに引き込もう。課金で眷属化を無効化するのもありだ。


「それじゃあな。次の満月だぞ、忘れんな!」

「それはお前に言いたい。忘れんなよ」

「言ってろ」


 アギはそう言うと、普通に歩いて帰っていった。アイツ、吸血鬼になっても自由な奴だな。次の満月まであと三週間以上あると思う。その間にテデム達に連絡を入れておこう。面倒だが仕方ない。


「どういうこと?」

「ガリオさん、とりあえず、戦いはまた後日ってことになったから、まずは教皇たちを追おう」


 アギと話していたらいつの間にかあの一団がいなくなっている。おそらく遺跡に入ったのだろう。教皇たちを倒してもう一度門を閉めないと。

 くそう、やること多いな。

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