第203話 抜け道

 太陽が沈み、火や魔法での灯りだけとなった夜、改めてゾンビたちのうめき声が聞こえた。


 どれだけの遺体を集めていたのかと思えるが、千年近く集めていたとすればこれくらいは可能なのだろう。ただ、人のゾンビは少なくなってきたように思える。


 現在は動物とか魔物のゾンビが多い。狼などもそうだが、ミノタウロスやジャイアントなど、巨体な魔物を投入してきている。とはいえ、夜ならば花火が有効なので、そこまで脅威ではない。


 別の戦場で見たことがあるドラゴンゾンビなどなら脅威だが、ああいうゾンビは死霊魔法を使っている奴を倒せば何とかなる。問題は吸血鬼そのものだが、ここまで来ないような気がする。


 隊長クラスが複数で襲ってくるなら厳しいかもしれないが、ヴァーミリオンの眷属は結構臆病だ。勝てる見込みがない限り、自ら襲ってくるとは思えない。


 ここは様子を見るほうがいいかもしれないな。必要に応じて出撃しよう。


 それにしても花火は効果的だ。明かりの確保といい、ゾンビの足止めといい、攻撃力はないが、夜の戦いをかなり楽にしてくれる。もちろん、魔法を使っている人達は大変だろうが、それもそろそろ解決するだろう。


 メリルやパンドラが言うには、もうしばらくすると花火が出せる魔道具の量産化ができるので、魔力さえあればつかえる状態になるらしい。今でもいくつかは使われているが、その数は少ないからな。


 効果が分かったのはつい最近なんだけど、もう量産化なのか。商人というのは行動が早いね。たぶん、来週には大音響を発する魔道具も量産できるんだろうな。それに遠隔通話用の鏡も映像なしの音声だけの簡易型にするとか、商魂がたくましすぎる。味方だとこれほど頼もしい人はいないけど。


「クロス様」

「うお、びっくりした。ああ、オリガさんか」


 夜目が効くので砦の屋上から戦場を見ていたんだけど、いつの間にか背後にオリガがいた。黒のラバースーツはやめたようで、今は黒装束的な服を着ている。周囲が暗いと俺でも見えないほどだ。


「グレッグ様に報告がある。クロス様も一緒に聞いて」

「え? 俺も?」


 オリガはコクンと頷く。


 今はグレッグが他の隊長クラスの人達と作戦会議中だ。基本的に俺はこの戦場で自由に動ける立場なので、そういう会議には参加しなくていいという話になっている。戦術とか作戦で俺をあてにするのが難しいという意味だろう。たぶんだけど。


 別に聞くのは構わないんだけど、ここでは言えないことなのだろうか。


「もしかして周囲に知られたくないこと?」


 オリガはまたコクンと頷いた。


 そういうことなら仕方ない。夜の戦いが本格化する前に話を聞いておこう。


 砦の中にある作戦会議室。オリガは顔パスなのか、入り口を守っていた兵士が中にオリガと俺が来たことを説明すると、すぐに扉が開いた。


 部屋の中には円卓があり、グレッグとそれぞれの部隊長が座っていた。


「二人ともどうしたのかね?」

「俺はオリガさんから一緒に報告を受けて欲しいと言われてきたのですけど」

「オリガ君、何があった?」


 真剣な顔つきになったグレッグ。それに合わせて各隊長たちも真剣な顔になる。


「何代か前の教皇、それに聖騎士たちのゾンビがいた。たぶん、百五十年くらい前に行方不明になった人たち」


 それを聞いた一人が円卓に手を叩きつけた。着ている鎧から見て、聖騎士団の団長とかそういう立場の人だろう。


 ゾンビが相手だとこれがある。遺体だとは分かっていても知り合いだとどうしても倒しづらい。ここ最近はこちらの被害者がいないため、そういう心配もなかったが何らかの関係者がゾンビとして襲ってくれば、それだけでこちらの士気が下がる。


 それにオリガがあの場で言わなかったことも理解した。行方不明になった教皇や騎士団の話は聖国だと有名なのだろう。下手に知られると士気が下がることを懸念したと思う。


 聖騎士団の団長は自分たちに任せて欲しいとグレッグに詰め寄っている。おそらく、自分たちの手で何とかしてやりたいという話なのだろう。決して恥だと思っているわけではない。すぐにでもその呪縛から解放してあげたいというわけだ。


 でも、聖騎士団はこの砦の最終防壁と言うべきエリートの集団。砦の門の前に来るのか分からない以上、ゾンビの聖騎士団たちを任せるということにはならないだろう。


 それにゾンビの強さというのは生前の強さが影響する。オリファスほどではないだろうが、教皇になるほどの強さあっただろうし、聖騎士団も同じだ。ゾンビとはいえ統率されているなら強敵に違いない。


「オリガ君、聖騎士たちは何人ほどいた?」

「三百から四百。でも、それはどうでもいい」

「というと?」

「今襲ってきているゾンビたちとは別行動をしてる。こっちの戦場には向かってないし、もしかしたら聖国への抜け道があるのかも」


 オリガのその言葉に周囲がざわついた。


 この砦は天然の岩を利用した関所型の砦。空を飛ぶ以外、魔国側から聖国へはここを通らずに入ることはできない。ただ、難しいというだけで他にまったく道がないというわけではない。単純に過酷なだけだ。


 そんな状況ではあるが、安全な道がないとも言いきれず、それを知っている可能性がある。教皇と聖騎士団のゾンビというだけでも大変なのに、抜け道を通って聖国へ来られたら大変を通り越して危険すぎる。


 考え込んでいたグレッグが頭を上げると俺と目が合った。


「クロス君」

「分かりました」

「理解が早くて助かるよ。おそらくこちらは陽動だ。そっちが本命なので、なんとか片付けてくれ」


 簡単な掃除みたいに言ってくれちゃってるけど、かなり大変なことなんだけどな。とはいえ、身軽なのは俺だけだ。それにオリガが俺に聞いてほしいと言ったのはこれが理由だろう。なんとかできそうなのが俺しかいないと判断したわけだ。


 とはいえ、俺一人だけでもこれは難しい。サポートしてくれる人が必要だな。


「オリガさんを借りていいですか?」

「もちろんだ。危険なことを任せてしまうが、二人ともよろしく頼む」

「お任せ。クロス様も、なんでも言って」

「なら、抜け道があるなら確認しておきたい。その教皇たちがどこへ向かっているのかを確認したいから案内して」

「了解」


 抜け道があるならそこも何とかしておかないとな。ここは課金してでも確認しておこう。


 その後、すぐに作戦会議が終わった。すぐに聖騎士団の団長が来て「よろしく頼みます」と頭を下げてきた。できた人だ。自信があるわけじゃないが、力強く頷いた。


 すぐに準備をしてからオリガと共に砦を出る。


「ここからもっと北に位置する場所で発見した」

「断崖絶壁があるから登るというわけじゃないよな」

「もしかしたらトンネルがあるのかも」

「トンネル?」

「そんな文献があったって聞いたことがある。代々教皇が受け継ぐ情報だけど、その行方不明の教皇で途絶えたのかも」

「そういうことか……今までバレなかったというのはむしろ運が良かったな」


 これも吸血鬼達が俺たちを舐めていた証拠だろう。最初から全力でゾンビたちを投入したり、聖国のゾンビたちを使えばもっと有利に戦えたはずだ。こっちは助かったけど。


 それはいいとして、問題は教皇たちだな。強さというよりもその経緯だ。


 なぜ行方不明になったのかは分からないが、その抜け道を通って魔国に潜入したのだろうか。それでヴァーミリオンの眷属に見つかって捕らえられたか。


 最悪、自らヴァーミリオンの軍門に下ったという可能性もあるが、一人二人ならともかく、三百人近い聖騎士がそうなるとは思えない。どれだけ聖国を嫌っていたんだって話にもなるし、吸血鬼じゃなくてゾンビだからな。おそらく自ら投降したという事情はないだろう。


 とりあえず行ってみよう。事情はともかく、必要なら遺品を団長さんに渡してやらないとな。

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