第44話 残滓
ディエスと対峙している状況ではあるが、一つ気になったことがある。
俺の後ろにスカーレットがいて、戦闘が始まるとスキルイーターが発動する。
そうなったとき、課金スキルはどうなるんだろう?
『ちょっと聞いていい?』
『なんでしょうか?』
『スカーレットのスキルイーターで課金スキルって使えなくなったりする?』
なんだ? 何も答えてくれない?
『もしかしてもう使えなくなった?』
『違います。私に対する認識がその程度かと思ってちょっと呆れておりました』
『普通に使えるってこと?』
『当然です。私をその辺のスキルと一緒にしないでいただきたい。もちろん、クロス様に使ったステータス二倍の効果や精神支配の魔法無効化も有効です』
『それは良かった。スキルを封じても魔法は使えるからな』
『はい。ただ、スカーレットのスキルイーターは効果範囲がそこまで広くありませんので注意してください』
『分かった。注意する』
ゲームじゃ効果範囲なんて気にしなかったけど、こっちでは重要な要素だろうな。
よし、どんな状況でスキルイーターが有効になるのか不明だが、まずは攻撃だ。
取りつかれている人には悪いが、あとで治癒魔法でも使ってやろう。
『これはサービスですが、男への攻撃はディエスが請け負う形にしました』
『そうなのか?』
『はい。ディエスに直接ダメージを与えられます。気兼ねなく攻撃してください』
『それは嬉しいね』
木刀を構えて速度向上の魔法い、高速で接近した。
ディエスは勝ちを確信した顔をしている。
悪魔を食って強くなったから奪っているスキル効果と相まって攻撃が通らないと思っているんだろう。スカーレットを閉じ込めた時点で有用なスキルがあったと知っているはずなんだが、俺の後ろにいるのが見えないのだろうか。
木刀で腹をめがけてフルスイング。
それがディエスの腹部にクリーンヒットした。
ディエスは言葉にならないような声を上げて床を転がった。
腹を押さえてもがき苦しむ様は俺まで腹が痛くなってきた。
まったく防御動作をしないんだもんな。
「馬鹿な! なぜ攻撃が……! しかも私に直接だと……!」
「攻撃が通らないとでも思ったか?」
「ふざけるな!」
ディエスが床に倒れた状態のまま左手をこちらにかざした。
おそらく風系の魔法だろうが、今の俺には大した威力じゃないな。
無効化するまでもない。
ディエスは左手を自身に向けて驚いている。
「なぜこの程度の威力しか……! スキルが使えていないのか……?」
どうやら魔力を向上させるスキルも手に入れていたようだ。
それが無効化されて威力が出ないんだろう。
俺もそうだけど、スキルがないと一般人並みなんだな。
悪魔を食って強くなってるはずなんだが。
『天使ってこんなに弱いのか?』
『魔力の出力が憑りついている人間に影響されています。もっと強い個体に憑りつけば違ったのでしょうが、スキルを過信していい加減に器を選んだんでしょうね』
『中は強いけど、外が弱いってことか』
ならこのままボコらせてもらう。
辛うじて上半身だけ起こしているディエスにさらに接近。
今度は顔をめがけてフルスイング。
ディエスは左腕で顔を防御したが、お構いなしに木刀を叩き込む。
ディエスは叫び声を上げながら床を転がった。
さて、圧倒的だけど余裕をかましていると変なフラグが立つ。
すぐにケリをつけよう。
『あとどれくらい痛めつければ天使を食える?』
『もう食べられますけど、使うお金は少ない方がいいと思いますので、もう少し痛めつけてください』
節約を促す課金スキルってすごいな。
だが、ありがたい。一気にダメージを与えよう。
フラフラと立ち上がったディエスが天使とは思えない形相でこちらを睨む。
だが、怒っているのはこっちだ。
妹さんに余計なことをしたから、魔王様が封印されて俺が面倒なことになってる。
四天王も倒さないといけない状況にしやがって。
すぐに接近して腹をめがけてもう一度フルスイング。
また防御姿勢を取らずにそのままだ。
学習しないね。
……と思ったけど、ディエスは吹き飛ばされずに耐えた。
というよりも被弾覚悟だったのだろう。
木刀を腹部に受けたまま痛みをこらえている表情で抱き着いてきた。
まさか課金スキルを食うつもりか?
『無効化してくれ』
『いえ、クロス様の体を奪おうとしていますので、これはむしろ受け入れましょう』
『え? おい、どうなるんだ?』
『食べやすくなったとしか言えませんが、しばらく痛いかもしれません』
今度は俺の中で戦いが始まるってことか?
痛いのは嫌なんだけど。
いきなり頭の中に初めて聞く笑い声が響いた。
『ハハハ! お前の体を貰うぞ! ……なんだ、ここは?』
もしかしてディエスの声か?
本体の声とは違うんだな。よく考えたら当然だろうけど。
ディエスが憑りついていた男は俺に寄り掛かって脱力しているようなので床に寝せる。原理は分からないが、何をするにも接触が必要なのだろう。接触していなければ俺の体から元の体に戻れないはずだ。
『これは一体……ここはなんだ……?』
『ぶしつけに私の領域に足を踏み入れるとは失礼な天使ですね』
『この体の所有者か! ここは私が――あ、あ、あ……!』
俺には見えないけどディエスが驚いている。
一体何が起きてるんだ?
『まさか、貴方様は……!』
『私は違います。貴方が知っている存在ではありません』
『み、見間違うはずがない! 貴方様はすでに……!』
『ですから違います。似ていますが違うんです』
『ああ、お許しを……! 戻られていたとは知らずに……!』
『違うと言ってるでしょうに。貴方が求めている存在はもうこの世界には戻りません。残っているのはその残滓のみ。私はその一つでしかありません』
『残滓……?』
なんか難しい話をしているけど、もしかして課金スキルって神様の残滓ってこと?
『残滓……あの方はもう戻らない……いや! そんなことはない! 貴方様がいれば……!』
『私には何もできませんし、何もしませんよ』
『そんなはずはない! ならば私が貴方様を取り込んで神を呼び戻す!』
『できるならそうしなさい』
ものすごく蚊帳の外だけど、まあいいか――痛!
何だこの痛み……!
頭の中が引き裂かれそうだ……!
「ま、魔族さん!」
「あらあら、大丈夫?」
「近づくな!」
二人がここで俺に触ったらディエスに逃げられるかもしれないから、戦いが終わるまで近づけさせないようにしないと……!
しかし、これはかなりキツイ……!
二日酔いの何倍も痛いぞ……!
酒を飲んでないのに二日酔いとは……!
そう思った直後にディエスの叫び声が頭の中に響いた。
二日酔いの人の近くで大きな声を出すのは喧嘩を売ってるようなもんだぞ。
……あれ? 痛みが治まってきた?
『おお、神よ……私は貴方のために……』
『神はそんなことを望んでいませんよ。さあ、元の場所へ還りなさい。意思は継ぎませんがその魔力は私が貰い受けましょう』
よく分からないが、決着がついたようだ。
なんか色々と面倒そうなことを知ってしまったような気がする。
聞かなかったことにするのもなんだし、確認しておくか。
『一応聞くけど、神様の残滓なの?』
『一応ですか。まあ、そうですね。創造神の力の一部がこの世界に残ったものです』
『それが課金スキルなわけ?』
『その通りです。なので、その辺のスキルと一緒にしないでくださいね』
そりゃ自我があってお金があればなんでもできるスキルが、その辺のスキルと一緒じゃないことくらいわかる。思ってたよりもすごいスキルだったんだな。
おっと、それは後だ。
他にも色々気になるけど、今は妹さんの契約を破棄しないと。
床に寝ているディエス――今はただの男だけど、その服を調べる。
……お、これだ。三枚ともあるな。
『契約書の保持魔法を解除してくれ』
『一つ金貨100枚、全部で300枚です』
『やってくれ』
『しました』
だいぶ早く終わるな。
天使を取り込んでバージョンアップしたんだろうか。
そんなことを考えながら発火の魔法を使うと契約書が勢いよく燃えた。
よし、これで妹さんの契約は全部破棄されたはずだ。
後は聖都から逃げるだけだな。
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