第148話 模擬戦
「戦闘訓練をしてほしい?」
「ダメですかね?」
ここ数日、このシェルターで金貨の回収や使える物を亜空間に入れるなどの対応をしていたのだが、そろそろやることがなくなってきた。ただ、俺以外はまだやることがあるのでここを離れることができない。
時間が余ってしまっているので、ミナークに戦闘訓練をお願いした。
そもそも俺はちゃんとした戦闘技術を学んだことがない。身体強化の魔法を使って思いっきりぶっ飛ばすくらいで、あとはほぼスキルの力だ。この三年で素の身体能力は多少上がっただろうが、それだけだ。
これからのためにももっと強くなりたいが、筋肉をつけるとかそういうのではなく、戦闘の技術を身につけたい。痛覚無効によるだまし討ちはお金がかかるし。
そんな理由からミナークにお願いしたのだが、ミナークは俺をじろじろと見ているだけで返事がない。
「あの、ダメですかね?」
「ダメというか教えられることがないような気がするが」
「俺、この中だとかなり弱いですよ?」
メイガスさんやパンドラはもとより、アルファたちやスカーレット、下手をしたらストロムさんよりも弱い。スキル込みだとまた違うが、スキルに頼らない力が欲しい。
「そうは見えないが、そこまで言うなら模擬戦をしてみよう。指導すると言うよりは、問題点を見つける、という感じになってしまうが」
「ええ、それで構いません――言っておきますけど、神の力は使いませんので手加減してくださいよ」
「そんな制限をしてどうするのかと言いたいが、お金は無限ではないから当然といえば当然か」
ちょっと残念そうにしているのは、スキルを使った俺と戦いたかったってことか? 戦闘狂なんてプロフィールにはなかったと思うけど、これは人選を間違ったか?
「えっと――」
「いくぞ」
止める前にミナークが襲ってきた。
慌てて身体強化の魔法を起動する。
そして木刀でミナークの剣を止めた。
腕がしびれるほどの衝撃。というか、完全に斬るつもりできてる。しかももう次の攻撃に移ってるし。これは攻撃を受けているだけでいつか負ける。
落ち着くためにも距離を取ろう。そのためには攻撃を受けているのは悪手。なんとか相手の姿勢を崩して離れないと。
次の横なぎを姿勢を低くして躱しつつ、ミナークの足元を木刀で薙ぎ払い。でも、ミナークは全く関係ないと今度は上段に振りかぶっている。
これじゃ攻撃をしても、こっちも食らう。どう考えても割に合わない。なので攻撃せずに低い姿勢のまま地面を左側に転がるようにして躱す。直後にミナークが俺のいた場所を攻撃して地面に剣を叩きつけていた。
すぐにミナークの顔が俺の方へ向く。この人、俺を逃がすつもりが全くない。目が絶対に殺すって感じになってる。模擬戦って言ったのはアンタだぞ。
仕方ないので亜空間から複数のナイフを取り出してミナークに向けて投げた。どこかを狙ったわけではなくミナークの方へ投げただけだ。少しでも怯んでくれたら御の字。
……ミナークって軍人というか戦闘狂じゃないか。ナイフに怯むことなく、というよりも瞬きすらせずに俺に接近した。今度は大振りではなく、スピード重視の横なぎで右足を狙っている。
最初に右足を上げながら、左足に力を入れて後ろへ飛びのく。
躱したと思ったのも束の間、ミナークの左手が俺の喉を掴んでいた。苦しいと思う前に背中を地面に叩きつけられる。そして俺に乗りかかり、右手に持っていた剣を逆手に持ち替え、剣先を俺に向ける。
その剣が俺の眉間の前で止まった。
痛いとか怖いと思う前にその状況になっていた。本気の勝負だったら、何も感じる間もなく死んでいたわけだ。
「まいった」
「ふむ……」
ミナークはすぐに俺の上からどいて手を差し出す。その手を取ると引っ張り上げられた。
分かってはいたけどやっぱり駄目か。もう少しいい勝負をするかと思ってたんだけど、やっぱり本当に強い人には敵わない。今の戦闘も一分経っていない。スキルを使う前にやられるというのはあり得るな。
「全然かないませんでしたね」
「一つ聞きたいのだが、なぜ足元への攻撃を止めて私の攻撃を避けたのだ?」
「割りにあわないと思ったからです」
「割りにあわない?」
「足にダメージを与えても、あのままだったら俺が真っ二つだったと思いますよ」
「あの一瞬でそこまで考えていたのか」
身体強化魔法のおかげで思考の引き延ばしができるからな。判断が正しいかどうかはともかく思考速度は上がる。周囲がスローモーションに見えるのもそのおかげだけど、俺もスローモーションだから厳しい。
「だが、その判断が結果的にクロスの命を奪ったとも言える」
「そうですね、攻撃を躱した時点でもう駄目だったのかも」
「ならどうすればよかった?」
ミナークが俺を見つめている。黒い人工魔眼が相変わらず怖い感じだ。でも、少し考えてみるか。躱すのがダメなら攻撃するしかないが、攻撃したところで俺が真っ二つになる可能性が高い……詰んでるじゃないか。
となると、そもそも接近させなければいい、か?
「ええと、接近させない、かな?」
「それができるのか?」
「……無理ですね」
だめじゃん。それじゃどうする?
最初の攻撃を受けたときに接近された。それを回避するためには……どうすんだ?
色々考えたがどれもしっくりこない。俺のそんな状況を見かねたのか、ミナークが口を開いた。
「私はクロスが足元を攻撃しようとしたとき、躱すつもりはなかった」
「そうですね。だからこっちが躱そうとしたんですけど」
「こっちが躱さない理由は攻撃を受けてもどうとでもなると思ったからだ」
「どうとでもなる……」
「少なくとも死なないと思った。だから右足一本くれてやる代わりにクロスを殺そうとした――もちろんそういう気持ちだったという意味だぞ」
模擬戦なんだから本気でそれをやられたら困る。でも、それが何だろう?
「模擬戦だからと言って目的を決めていないのはいただけないな」
「目的……?」
「強くなるという目的のことではなく、その模擬戦でクロスはどうすれば勝ちなのかを決めていなかっただろう?」
「それはまあ、確かに」
「だから判断が鈍る。相手を殺すのか、生きたまま捕らえるのか、それとも戦闘を回避して逃げるのか、目的が決まっていないからやることに一貫性がない」
「一貫性がない……」
「ちなみに私はどんな状況になろうともクロスを殺すというのが目的だった」
こわ。もちろん、それは本気じゃなくて模擬戦の目的なんだろう。それを考えると俺は……なにも考えていないな。自分が弱いと決めつけて無事に負けようと思ってたくらいか?
「クロスはそこまで勝ち負けにこだわるタイプではないのだろう。なんとなく相手を打ち負かせばいいくらいに考えている気がする」
「それはあるかもしれませんね」
そもそも相手を叩きのめすとか殺すとか無縁でいたい。適当に仕事をしつつ、カラアゲをビールで流し込む生活が最高だと思ってる。
「おそらくだが、その気持ちが弱い理由だ。言っておくが誰でも殺してしまうような奴になれということではなく、その戦いで何をしたいのかを戦う前から決めた方がいい。そこに躊躇が入れば、それだけでハンデを負っていることになるぞ」
俺が弱いのは気持ちによるところが大きいってことかな。
「それと技術的なことになるかどうかは分からんが、もう少し戦闘の流れを意識した方がいい。どうもその場しのぎの対応をしているように思える」
「その場しのぎ……」
「攻撃が来たら受ける、躱す、隙ができたら反撃する……その場その場で判断をするだけで全体的な勝ち筋を作っていない。たとえば、私の足を攻撃したあと、どうするつもりだった?」
「距離を取ろうと思っていましたけど……」
「距離を取ってどうするつもりだった?」
「まずは落ち着こうかと」
「そんな程度の意識で攻撃したから私にどうでもいいと思われるんだ。私の足の骨を折って、痛みで倒れたところを木刀で撲殺するくらいの気持ちがあってしかるべきだぞ。それくらいの思いで攻撃を放てば、私もどうでもいい攻撃などとは思わない。まあ、足を狙われても右足くらいくれてやるという気持ちだったが」
「何となくわかります。でも、さっきから言ってることが怖いんですけど」
「相手を五体満足のまま屈服させたいと考えているのか? なら聞くが、クロスはヴァーミリオンとかいう奴をどうしたいんだ? 打ち負かして説教でもするつもりなのか? 実際にさっきのことをしろとは言わないが、それくらいの気持ちで模擬戦ができずに本番なら本気を出せると言っているのか? なら私が教えられることは何もないぞ」
なるほど、普段からそれくらいの気持ちというか気迫がなければ意味がないってことか。殺気みたいなものがないってことかもしれん。普段からちゃんと意識しておいたほうがいいのかもな。
「正直なところ――」
「まだ何かありますか?」
「クロスにそういうのは似合わないと思ってる」
「はぁ……?」
「会って数日しか経っていないが、それでもクロスや皆の人となりを少しは分かったつもりだ。クロスや皆にはそんなこととは無縁に生きて欲しい」
「えっと?」
「なに、ただの戯言だ。戦いは軍人に任せておけと言いたいが、ヴァーミリオンとやらを相手にできるのはクロスくらいなのだろう。それに魔王もな。ならクロスがやるしかないぞ」
ミナークはそう言って俺の肩を叩く。そして「まずは飯にしよう」と言ってスタスタ歩いて行った。
こんなのとは無縁の生活か。それこそが俺の望みだけど、なかなか難しいね。でも、いつか叶えるつもりだから、今日教えてもらったことをしっかり身につけよう。
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