第149話 シェルターでの宴会

「メイド号改のお披露目です。刮目せよ」


 パンドラが自慢げに空飛ぶ箱であるメイド号を亜空間から出した。メイド号改とのことだが、俺が乗った時よりもさらに車に近い造形になっている。


 タイヤのないオープンカーのような形でジェットホウキが八本になり、乗る部分も金属ではなく革張りのソファーのようになっている。実際に乗ってはいないから分からないけど、速度や乗り心地が向上しているようだ。


 古代遺跡探索のメンバーはかなり多いが、これだけ大きいなら特に問題なく全員が乗れるだろう。それにメイガスさんがいれば魔力の供給も問題なく行えるはずだ。


「外側にアルファさん達の顔を描こうと思いましたが、本人達の強い希望で断念しました。可愛さもアピールしたいのに」


 そんなアピールは必要ないだろうが、普段無表情のパンドラがかなり落ち込んだ表情をしている。とはいえ、アルファたちは「恥ずかしいからダメ」と訴えていた。君達の人形はいまだに売れているんだけどね。


 それはともかくメイド号改ができたことでここでの用事は終わった。ここにある金貨や使えそうなものは全て回収済み。トータルで金貨が約四十億枚分くらいあった。さすがは裕福層のシェルターだ。


 ここにいた人たちはこれを残してどこに行ったのか。それは分からないが、ミナークの話だと緩やかに滅んだのだろうとのことだ。


「バルムンクが暴走して魔法王国の大半が消滅した。皆を導くはずの王はいなくなり、バランサーの脅威はどうなっているか分からない。通信用の魔道具も大半が壊れてしまっていたようなので、外部との連絡は付かず、外の確認もできなかったのだろう」


 希望があるのかないのかも分からない状態での生活に耐えられなかったかもしれないとミナークは言っている。また、自分以外に冷凍睡眠されていなかったことも考えると、未来にも希望を持てなかったのだろうと寂しそうに言った。


 それぞれのシェルターでリーダーがいたかもしれないが、何千年もここに留まるのは難しいだろう。もしかしたら外に出た可能性もある。純粋な古代人はもうミナークしかいないだろうが、どこかに古代人の子孫はいるかもしれないな。


 まあ、それは俺が考えることじゃない。ミナークが色々と調べるだろう。俺の目的はヴァーミリオンの討伐だ。魔王と話をしなければならないが、それはその先の話なので今は考えないようにしよう。


「では、ここでの食事は最終日ということで豪勢にしましょう。完璧メイドの力を恐れるがいい」


 パンドラのその宣言にスカーレットとミナークが真っ先に反応した。ミナークはガッツポーズで振り上げたこぶしを戻したが、もう手遅れだと思う。


 ケーキも作るということでアルファたちも喜び、カラアゲとビールも出すと言った時は俺も喜んだ。パンドラが言う通り、ここは今日で最後、それに俺は別の場所に行くから食事を楽しむか。




 パンドラが作り出した料理はかなり豪勢で、誰もが美味しそうに食べている。スカーレットやミナーク、アルファたちはもとより、メイガスさんも楽しそうにしている。そして普段は本を読みながら簡単な物をつまんでいるだけのストロムさんも珍しく普通に食べていた。


「これも美味しいけどエルセンで食べた三つ目クマのクマ鍋をまた食べたい」

「うん、アレは美味しかった」

「至高の一品」


 アルファたちがそんなことを言う。そういえばエルセンに全然戻っていない。というか、誰も戻っていないだろう。村長さん達は元気だろうか。


 たいして話をしたことはないし、会えば挨拶をする程度で名前も知らない。かなりの大所帯だったけど、いきなりいなくなったから驚いたかもしれないな。


 全部が片付いたら俺はどうするんだろう。またあの村に戻って冒険者をやるんだろうか。アウロラさんには魔王になって欲しいと言われているけどそんなつもりはさらさらない。たとえ魔王を倒してもそれはないだろう。


 代わりにアウロラさんを魔王に推す。そうすれば俺に平穏な日々が戻ってくるような気がする。


「ちょっとクロスさん、アウロラちゃんとはどんな関係になったの?」


 ストロムさんがそう言うと、全員の顔が一斉に俺の方を向いた。よく見ると、ストロムさんはビールが入ったコップを持っている。酔うのが早すぎだろ。


「どんな関係にもなってませんよ。前から部下と上司の関係です」

「またまた。アウロラちゃんを助けるために金貨百億枚を集めるんでしょ? 家族だとしても躊躇するような大金なのに、部下とか上司の関係だけでそんなことするわけないじゃん。ちょっとお姉さんにぶっちゃけてみなさいよ。ここだけの話にしてあげるから」

「ここだけの話もなにも本当にどんな関係でもありませんよ」

「え? 本当に?」

「本当に」


 一瞬、間があったが、ストロムさんは持っているコップをテーブルにちょっと強めに叩きつけた。


「クロスさんにはがっかりだよ!」

「それ、言われるの二回目です」

「何度でも言うよ! 結婚の約束をしているくらい言えんのか!」

「いや、してないし。嘘は良くないでしょ」

「パンドラちゃん!」

「お任せください――きゅぴーん――嘘は言ってませんね。クロス様とアウロラ様は部下と上司の関係です。敢えて言いましょう。このヘタレご主人様」

「誰がヘタレだ」


 パンドラが嘘発見器みたいな使われ方をしている。そんなことよりもなんで俺がアウロラさんと結婚の約束をしてなきゃいけないんだ。まさかとは思うけど、アウロラさん、倒れる前にいろんな人に変なことを吹き込んでいないよな?


「ストロムちゃん、恋愛ってね、複雑なのよ……」

「アンタはイケメンに騙されすぎなだけだから。恋愛に関しては大愚者でしょうに」

「ストロムちゃんなんか誰かを好きになったことがないでしょ!?」

「私は研究が恋人なのよ!」


 おう。いつの間にかメイガスさんとストロムさんの話にシフトした。二人はお酒が入っているのか暴露大会みたいになっている。しかも長命だから暴露が多すぎる。男の俺が聞いちゃいけないような話も出てきた。よし、逃げよう。


 だが回り込まれた。


「まあまあまあまあ、ここは皆で恋バナとしゃれこみましょうよ!」

「スカーレットにはまだ早いでしょ?」

「もう二十歳ですよ! 恋に恋する乙女心は全開ですよ!」

「せめて両手に持った串焼きを離してから言って」


 思い浮かぶ言葉が「花より団子」しかない。どう考えても恋愛より食事の欲求の方が上だ。


「クロスお兄ちゃんはアウロラお姉ちゃんと結ばれるべきだと思う」

「私もそう思う。アウロラ姉さんはいい人」

「推しのカップリングはこれしかない」

「まさかとは思うけど、アウロラさんから賄賂とか受け取ってないよね?」


 なぜかアルファたちは顔を逸らした。

 アウロラさんを助けたら絶対に説教してやる。


「いっておくけど、アウロラさんは俺のスキルに期待していただけだからな。お金があれば願いを叶えられるという内容は知らないはずだけど、俺が何でもできるスキルを持っていることは知っているはずだから」


 そう言ったのだが、アルファたちは納得していないようだ。


「ゴブリンのバウルおじさんが言ってたけど、アウロラお姉ちゃんはクロスお兄ちゃんのスキルに期待していたわけじゃないよ?」

「バウルがそんなことを? いや、なんでそんなことを知ってるんだ……?」

「砂漠で別れ際に教えてくれた」

「アルファが知っている理由じゃなくて、バウルがアウロラさんのことをそんな風に思っているのが不思議って意味だよ」

「アウロラお姉ちゃんと戦おうとしたことがあるって言ってた。クロスお兄ちゃんの邪魔をするから排除しようと思ったって」

「はぁ? なんだそれ?」


 アルファの話だとバウルは俺に余計なことを指せようとするアウロラさんを排除しようとしたらしい。その時にアウロラさんの俺に対する望みを聞いたとか。全然知らなかった。


「クロスお兄ちゃんに魔王になってもらって自由と平和な国にしてもらうんだって」

「……アウロラさんがそんなことを言ったのか。あの人、軍師なのに節穴だな。俺にそんなことができるわけないのに」

「私はクロスお兄ちゃんが魔王の国なら住みたいと思う」

「私も住みたい」

「税金安くして」

「俺が魔王になったら魔国のお金を持ち出して遊びに行っちゃうよ。あっという間に国が破綻して終わりだね」

「大丈夫。そんなにカラアゲは食べられない」

「ビールもそこまで飲めないと思う」

「お小遣い程度で破綻する国はない」


 俺ってそんな風に思われてんのか。確かにお金があっても使い道はそれくらいしかないけどさ。


「そうか、クロスは魔王になるのか」

「いや、ならないって。ミナークも酔ってる?」

「確かに酔っているかもな。だが、ビールが美味いのが悪い。カラアゲも最高だが、二つ合わさると完璧に思える」


 それには同意だが、魔王になるという話は同意できん。


「クロスがどうしたいかはともかく、魔王になったら面白いとは思う。模擬戦の時も言ったが、クロスほど戦いが似合わない奴はいないしな。あっという間に滅ぶか、のんびりした平和な国になるかのどちらかだろう」


 褒めてんのか貶してんのか分からないが、そもそもの前提がおかしい。俺は魔王になんかならないから、滅んだり平和だったりなんてことはない。だが、何を言っても納得してくれそうにない。


 よし、逃げよう。


 しかし回り込まれた。


「クロスさん、飲め! 酒でアウロラちゃんへの想いを吐け! お姉さんが聞いてやるから! メイガスの恋愛愚痴を数百年聞いていたお姉さんに任せろ!」

「ストロムさんは研究という恋人のところへ戻ってくれないかな」


 解放されたのはそれから二時間後だった。

 もう二度とこいつらと一緒に飲まないようにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る