第150話 神の力を持つ普通の人
ストロムたちはエル・ドラードがあった町ゴールドラッシュを離れた。
古代迷宮というシェルターで何日も過ごしていたこともあり、「金貨は見つからなかった」という状況でも戻ってきた時は多くの冒険者から賞賛された。そんなストロムたちが町を離れるということになったので町全体で騒ぎになったほどだ。
最下層のシェルターにあった金貨や物資は全て回収したため、ミナークが封鎖した。また、帰りに使ったシェルターのエレベーターも下手に動かされると困るので使えなくしている。
ただ、ガーディアンと呼ばれる魔物たちを作る機能はそのままにした。大量の金貨を得ることはもうないが、素材を得ることはできるようにしてあるので、この町が寂れることはないとのことだ。
パンドラやミナークからそんな対処の説明を受け、ストロムたちは感謝する。そこそこ長く居た町なので、エル・ドラード内から何もなくなってしまうという状況は避けたいところだったからだ。
憂いがなくなったところでストロム達は次の古代迷宮を目指す。
目指す遺跡はシェルター「アトランティス」。エル・ドラードが裕福層のシェルターならアトランティスは技術者たちのシェルター。そこには当時の技術で作られた武具があるという。
吸血鬼であるヴァーミリオン、そして今は魔王と名乗っているバランサーとの戦いのために装備を強化しようとの理由からミナークが提案した場所だ。
ストロムは新しい遺跡の情報にワクワクしながらパンドラが作った空飛ぶ車「メイド号改」から風景を眺める。かなりの速さで空を飛ぶメイド号改。この辺りは草原が続き、遠くには山が見え、海、川、森、さらには人の集落も見える。
メイガスとスカーレット、そしてアルファたちは楽しそうに風景を眺め、アルファたちが「あれは何?」と聞くとメイガスが「あれはねー」と答える。そんなのんびりとした状況だが、ミナークだけは真剣に風景を見つめていた。
「この辺りはもう荒れ果ててはいないのだな」
ぽつりとそんなことを呟くミナーク。それを耳にしたストロムは風景を見るのを止めてミナークの方を見た。
「この辺りは荒れ果ててた?」
「私の記憶だとそうだ。というよりも、あの頃に手付かずの自然があった方が稀だ。どこもかしこも強力な魔法で大地がえぐられ、水は飲めないほど汚れていたからな」
「バランサーとの戦いで?」
「そうだ」
「古代魔法王国はいつ頃からバランサーと戦っていたの?」
ストロムの調査によれば、古代魔法王国の建国から滅亡までかなりの期間がある。その全てをバランサーとの戦いに費やしたわけではない。そして判明している記録では少なくとも百年以上は戦っている。
本来ならもっと調べるべきだが、これ以上の情報がいまのところない。実際はどうだったのだろうと確認する。
「私は戦時中の生まれなのだが、少なくとも千年近く戦っていたと聞いた」
「千年! なら、千年前からバランサーが世界を滅ぼすという予言があった?」
「いや、最初の戦いのきっかけはバランサーからの襲撃だったが予言はない」
「最初はバランサーなんだ?」
「そのはずだ。最初は正体不明な相手からの攻撃だったのだが、色々と調査したところ、攻撃してきたのは『世界の均衡を保つ者』とか『世界の秩序を守る者』と言われている者だったらしい。なのでバランサーと呼ぶようになったと聞いたな」
ミナークの話によれば、襲われた理由はよく分かっていないらしく、憶測でしかないとのことだった。
「魔法王国が世界を支配するほどの力を手にしたから攻撃してきたと言われている。のちに世界を滅ぼす者だという予言があったが、最初に襲ってきたのは間違いなく向こうだったはずだ」
「なら、そもそもその予言が嘘だったってことはあり得る話よね。敵を悪者にするのはどこでもやっていることだし」
「確かにその可能性もある。だが、少なくとも私にはなぜか信じられた。そして今もそう信じている」
思ったよりも重症だというのがストロムの考えだ。予言というあやふやなものに対してあまりにも盲目的なのだ。むしろ洗脳されていると言ってもいい。
ストロムはクロスに予言のことを調べて欲しいと言われている。自分が好きな分野で頼られるのは嫌いじゃない。なんとかそのあたりの情報を集めようとさらに情報を引き出そうとする。
「予言はミナークが生まれる前からあった? いつ頃から予言があったの?」
「聞いたのは私が軍に所属してからだが、私が生まれる前から予言はあったらしい」
「誰が予言したのかという疑問は?」
「なかったな。上官の言葉に疑問を持つなとも言われて育ったから、そういうものだとしか思わなかった」
「そういう話は良く聞くけどさー」
エルフにそういう軍隊は存在しない。他種族にはそういう指導がある話を聞いたことはあるが、実際にそれをやっている相手は初めて会ったほどだ。
ただ、そうなると目の前にいるミナーク以外もその予言を信じていたことになる。すくなくともミナークだけが信じているという状況ではなかったと確認できた。
「なら、話を少し戻すけど、バランサーのことはどうやって知ったの? 世界の均衡を保つ者なんて普通分かるわけないでしょ? なんでそれを信じたのかな?」
「すまん。それもそういうものだと思ってた。生まれたときからそういうものだと教えられていたから疑問に思ったこともない」
「もっと疑問に思ってよ!」
ミナーク特有のものなのか、それとも教育のせいなのか、色々なことを「そういうもの」で済ませている。戦時中なら仕方のない面もあるかなとストロムは思いつつも、ミナークは細かいことを気にしないタイプだとも思った。
これはミナークだけの話を聞いても駄目だと、パンドラを巻き込むことにした。ストロムは運転中のパンドラに背後から話しかける。
「パンドラちゃんはバランサーとか予言のことをどれくらい知ってるの?」
「基本情報しかインプットされていませんのであまり詳しくはないですね。そんなことよりもメイドの情報を入れて欲しかった」
「知ってるだけ教えて」
「敵がバランサーだという名前だったことと、世界の秩序を守る者とか世界の均衡を保つ者であることだけは知ってました。ただ、予言のことは知りません。おそらくそれはトップシークレットだったと思います」
「そうなんだ?」
「ただ、ミナーク様が知らないことも知っています。おそらくミナーク様が冷凍睡眠された後に分かったことなのでしょう」
「え? なになに?」
これに関してはストロムだけでなく、ミナークも身を乗り出した。
「バランサーは神の遺産と呼ばれる物でして、同じ神の遺産でなくては破壊できないことが分かっています」
「なんだと!?」
「ちょっとミナークは落ち着いて。落ちそうだから」
「あ、ああ、すまん。だが、神の遺産? ならバランサーは神話時代の?」
ミナークの疑問にパンドラが頷く。
そしてストロムは神話時代のことを頭の中で考える。とはいっても情報は少ない。神話時代は神がいた時代であり、それは今から二万年ほど前と言われている。
「なので魔法王国オリジナルの兵器や魔法よりも世界に散らばっている神の遺産を見つけて研究する形にシフトしました」
「そうだったのか……私はそれが分かる前に冷凍睡眠で眠らされたんだな……」
「おそらくそうでしょう。そしていくつかの神の遺産を見つけて研究、解析し、それをバルムンクに無理矢理搭載したと言われています」
「そんなことが……ならバルムンクが暴走したのは……」
「もともと不安定ではありましたが、神の遺産を搭載したことが直接的な原因かもしれません。しかも一つではなく複数搭載したと言われていますから」
「不安定なバルムンクに対してそこまでしていたのか……」
初めて知ったことにミナークはショックを受けたのか、座ったまま項垂れた。
「バルムンクに罪はないと言ったが、罪どころか、これでは被害者ではないか……」
「ミナーク様のせいではありません。当時の研究者や技術者がやったことですし」
「しかしだな、私はそれをやらかした魔法王国の生き残りだ。クロスやアウロラになんと詫びればいいのか」
「マスターは怒ったりしませんよ。アウロラ様も怒りませんね。賭けてもいいです」
「そうだといいのだが……」
意気消沈のミナークの肩にストロムは手を乗せる。
「クロスさんの方はカラアゲとビールを奢って謝れば大丈夫よ」
「……それが好物なのは知っているが」
「アウロラちゃんの方はクロスさんとくっつけるのに協力すると言えば大丈夫」
「その、確認なんだがアウロラと言うのはバルムンクなんだよな?」
「そうらしいけど、アウロラちゃんって表情が乏しいだけの女の子だから」
複雑そうな表情のミナークだが、大きく息を吐いてから深呼吸をした。
「誠心誠意謝るしかないな。それにしても、神の力を持つクロスと、神の遺産を複数取り込んだアウロラか。魔法王国よりも世界を征服できそうな二人だ」
「アウロラちゃんはともかく、クロスさんは全く興味がなさそうだけどね」
「あれほど欲がないのも珍しいな」
「マスターの趣味は老後のためのお金を貯めることらしいです」
パンドラの言葉にストロムもミナークも複雑な顔をした。
「神の力を持っているのに、趣味は貯金か。魔法王国の初代国王みたいに王になるくらいの野望を持てと言いたくなるな」
「でもクロスさん、魔王には絶対にならないって言ってるんだよね」
ミナークがため息をつく。呆れにも似たため息だが、なぜか顔は笑っている。
「昨日の話、アウロラがクロスを魔王にしたがっているというのは面白そうだな」
「もしかして本気でアウロラちゃんの味方をするわけ?」
「面白そうだとは思わないか?」
「私はどっちでもいいって言うか、クロスさんは全力で逃げると思うなぁ」
「確かにそうだな」
神の力を使って相手を打ち負かすというのはクロスの性格的に想像ができない。逆にその力を使って全力で逃げようとすることだけは簡単に想像できる。
ただ、そんなクロスの怒りを買った相手がいる。吸血鬼のヴァーミリオン。クロスはアウロラのことを部下と上司という関係だと言っていたが、その程度の関係であのヴァーミリオンと戦おうなどとは思わないだろうとストロムは何度も心の中でツッコミを入れている。
「そういえば、クロスはどこへ向かったんだ?」
「東国。私もいつか行ってみたいけど、まずはアトランティスかな!」
「東国――魔法王国に服従しなかった国か」
「え? そうなの?」
「当時も全世界を征服していたわけではない。海のむこうというのもあったが、独自の文化を持っている国でかなり強かったと聞いたことがある」
「へぇ、それは初耳。いつか東国の歴史も調査したい……! あ、でも、そうなると東国に古代迷宮はないんだ。調べる物があるかな……」
「それなら神刀を調べるといい」
「神刀……?」
「神の遺産ではなく、神の力の一部だと言われていた刀だ。当時、その刀を振るう獣人がいて、魔法王国側も大きな被害を出したと聞いたことが……どうした? 考え事か?」
ストロムは神刀という言葉に引っ掛かりを覚えた。クロスが東国へ行く理由にその言葉が出てきていたのだ。それが何だったのか思い出そうとして一分、ようやく思い出した。
「そうそう、今、ヴォルトさんって人が東国へ行ってて、その神刀を折ったら捕まったとかなんとか」
「……なんで神刀を折ったんだ? いや、神の力を折ったのか?」
「良く知らないけど、聖剣が勝手に折ったとか。クロスさんはその仲裁に行ったはず。ヴォルトさんの妹さんからそんな連絡が来たって」
「……勝手に? よく分からんが、クロスは魔王になってもそういう仕事ばかりしてそうなイメージがあるな」
「分かる。でも、クロスさんならなんかしてくれるって安心感があるからね。それに普通の人だから頼みやすい」
「神の力を持つ普通の人か。だが、神の力をどうこうではなく、クロスという普通の人だけだったとしてもそう思わせるから不思議だ」
そう言ってストロムとミナークは二人で笑うのだった。
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