第206話 教皇と団長

 ヴォルトが村の広場で教皇のゾンビと戦っている。


 ありがたい話ではあるが、なぜヴォルトがここにいるのだろうか。たしか聖国に入り込んだという吸血鬼を追っていたはずなんだけど。まさか、この村にその吸血鬼がいるのか?


 いや、それは後だな。まずはヴォルトと共闘して教皇を倒そう。教皇はゾンビなのに魔法を使っている。これも生前の記憶なのだろうが、見境なく攻撃魔法を連発しているよで、村の被害が大きい。


 すでに民家がいくつか破壊されており、広場になっているところは荒れ放題だ。近くに人がいるようで、ヴォルトはそこへ攻撃されないように誘導しながら戦っているように見える。さすが本物の勇者だ。


 地上に勢いよく着地する。その時の音と衝撃で、ヴォルトも教皇も俺の方を見た。


「……クロスか!?」

「話はあとな。まず、安全を確保しようぜ」

「おうよ!」


 ツーといえばカーじゃないが、詳しい話は後にするという意図を理解してくれたようだ。さすが飲み仲間。それに俺が周囲の人をかばう様に動くと、ヴォルトはニヤリと笑った。


 俺が来たことで周囲を気にしながら戦う必要がないと判断したのだろう。ヴォルトはさっきよりもキレのある動きで教皇を攻撃している。


 教皇は強いとは言ってもゾンビ。そこまで機敏には動けない。基本的に防御は魔法障壁を使っているようだが、ヴォルトが持っている剣は聖剣。そんなものはお構いなしと、魔法障壁を壊している。


「ぶっころーす!」


 なんで聖剣はこうも口が悪いのか。俺と同じ転生者らしいけど、ちょっとはしゃぎすぎじゃないだろうか。だが、その強さは本物だ。魔法障壁をガラスのように壊す強さもそうだが、聖剣は魔法に対してかなりのアドバンテージがある。


 ヴォルトが教皇が放った魔法を聖剣で斬るとその魔法を聖剣が吸収した。そして聖剣を振れば吸収した魔法をほぼ同等の強さで放つ。魔法使いにとってこれほど嫌な相手はいないだろう。


「あ、クロスさんだ!」

「サンディア?」


 犬の精霊に乗ったままサンディアがやってきた。どうやら動けない村人を安全なところまで移動させているようだ。


「近くにオリガもいる。一緒に村人を安全なところに誘導してから守ってくれ」

「うん、分かった! あっちの教会に避難させているから!」


 サンディアは笑顔でそういうと、近くに座り込んでいた村人を抱きかかえて移動した。よし、これなら俺も参戦していいか。


「ヴォルト、そっちは任せたぞ」

「そんじゃ、クロスはそっちな!」


 ヴォルトも気付いていたようだが、ここにはもう一体ゾンビがいる。他の聖騎士たちはすでにヴォルトに倒されているようだが、最後まで残った聖騎士のゾンビが俺に近づいてきた。


 鎧の形というか、装飾が派手なところからみて、聖騎士団の団長なのだろう。もしかしたら、一対一での戦いを希望しているのだろうか。ヴォルトを襲っていなかったし、教皇との戦いで決着がつくのを待っていた感じもする。


 兜の下からくぐもった声が聞こえた。何を言っているのかは全く聞き取れなかったが、なんとなくわかる。たぶん、名乗りを上げたのだろう。


「クロス魔王軍の魔王代理であるクロスだ」


 間違っていたら恥ずかしいが、一応名乗っておこう。礼儀には礼儀を返すのがスジだ。


 どうやら合っていたようで、聖騎士団の団長は一度だけ頷くと、すらりと剣を抜いた。ゾンビであるにもかかわらず、その動きはなめらかでぎごちなさは全くない。ゾンビは動きが遅いとなめてかかったら危ないな。


 そう思った直後に、団長は俺の目の前まで移動して剣を振り上げていた。


 その攻撃を木刀を横にして受ける。木刀を両手で持っても押され気味だ。


 身体強化の魔法を起動させてから、木刀を押し込むようにして団長を押し返す。


 今度はこちらの番と木刀を思いきり叩きつける。さっき俺がやったように剣で受けられたが、その衝撃は結構なものだったようで、相手に膝をつかせた。


 同じように押し返してくるかと思ったら、なぜか剣から片手を離すと俺の腹部に向ける。


 直後に腹部に衝撃を受けて吹き飛ばされた。


 痛ぇ! 口から変な声が出たが、どうやらショックウェーブの魔法を使ったようだ。さすがは聖騎士。エリート集団だから魔法もお手の物か。アドニアを見ているとそうでもなさそうなんだけどな。


『金を払う。ホーリーサークルの魔法を周辺に展開してくれ』

『十分なら無料です』

『じゃあ、それで』


 無料。なんていい響きだ。よく考えたら難易度が低い魔法は十分なら使い放題か。


『その通りです。私もこの三年で強くなっているので、じゃんじゃん使ってください』

『よし、ならファイアサークルとウィンドウェアもやってくれ』

『やりました』


 サークル系はジワジワとダメージを与える魔法。ウェア系は周囲に微弱な攻撃を纏わせてダメージを与える魔法だ。強者にダメージがあるかどうかは不明だが、注意をそらせる効果はあるだろう。


 村の広場に聖なる力と炎の力が展開された。ヴォルトたちにも影響するがそっちは大丈夫だろう。そして俺を中心につむじ風を纏う。うん、ぶっつけ本番だけど結構使えそうだ。


 団長に高速で接近する。そして上段からの斬り下ろし。


 団長はその攻撃を剣で受けたが、明らかに最初とは違ってやりにくそうにしている。片膝をついて受けたが、さっきのようなショックウェーブの反撃がない。周囲に発生している風が邪魔だし、サークル系の魔法でそれどころではないのかも。


 片膝をついている団長に思いきり蹴りを入れた。騎士としてはあるまじき行為だろうが、俺は騎士じゃない。礼儀は返しても攻撃方法を制限するほどじゃない。


 団長は蹴られた衝撃で地面を後転して距離を取った。そして団長は腰を落として剣を後方へ持っていくように構える。すぐさま距離を詰めて邪魔を――あの構えって確か……?


 走っている体勢からスライディングのように地面に伏せた。


「ホーリー……スラッシュ……!」


 団長の声が聞こえた直後、地面に伏せた俺のすぐ上を鋭い斬撃が襲う。うお、あのままだったら胴体が真っ二つだ。まさか、アドニアが使ってるホーリースラッシュが使えるとは。しかもアドニアより数倍威力が高い。


 でも、そこまでのようだ。体を酷使した――ゾンビの肉体を限界以上に振り絞った攻撃だったのだろう。団長の両手がだらんと下がっていて、剣も地面に落としていた。ただ、団長は立ったままだ。立っている内は負けじゃない、それともこちらに敬意を払ってくれているのか、とどめを刺せと言わんばかりだ。


 すぐに接近して団長の首をはねた。


 ゾンビを倒すにはこれしかない。前世の映画みたいなことをしなくても、胴体と首を分断すればいい。首がなくなった団長の体はゆっくりと地面に膝をつけてから、前のめりで倒れた。


 それとほぼ同時にヴォルトの戦いも終わったようだ。教皇の体に聖剣が突き刺さっているだけだが、そこから全身に青い炎が燃え広がっている。本当の炎じゃなくて、魔法的な浄化の炎だろうか。


 死霊魔法の呪縛が解けたのか、教皇の口が動く。声は出ていないが「ありがとう」だと思う。ヴォルトもそれに気付いたのか、すこし笑って「いいってことよ」と言った。


 教皇の体が浄化の炎で燃え尽きると、着ていた服などがその場に残ったようだ。おそらく古代遺跡を動かすためのネックレスがあるだろう。後で回収しておかないとな。


 さて、ゆっくりしたいところだけど、まずはトンネルを塞がないと。ヴォルトたちの事情を聞くのはその後かな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る