第156話 目撃情報と因縁
かなり立派な屋敷でコクウを待っている。
現在、コクウは刀を打っている状況で、区切りがいいところまで待っていて欲しいという伝言をお手伝いさんから聞いた。
以前、アランやカゲツと来た場所は鬼たちの集落というだけだった。ただ、現在はコクウを長とした東国最大の鍛冶場になっており、名前は「クロガネ」というらしい。漢字で鉄と書いてクロガネと読むあれだろう。
コクウはかなりの強さだったけど、今では刀を振るうこともなく、刀を作るだけになったとか。基本的には独学らしいが、師匠と呼べる人がいたらしい。
そんなコクウや元々鍛冶師だった鬼たちは魔国で戦っている皆のための武具をつくっている。
よくよく考えたら、武具は一回作ってずっと使えるわけじゃない。そんなのはゲーム世界だけだ。魔国で不死者の軍団と朝昼晩戦っている皆は武具の消費も激しいだろう。俺がお願いしたことってとんだブラック企業だよ。
それを支えてくれていたのが、コクウやここにいる鍛冶師たち。この三年間、ずっと武具で魔国の皆を支援していたわけだ。
そんな話を聞いて待っていると、コクウがやってきた。
相変わらず浪人みたいな姿だが、研ぎ澄まされている、という印象を受ける。下手に近づいたら斬られるというくらいの雰囲気を纏っている状態だ。もちろんそんなことはしないだろうが、だからこそそんな雰囲気を出せるのがすごい。
たぶん、三年前よりもはるかに強くなっている。強い人がさらに強くなるって凡人からすると困るんだけど。
「クロス、よく来てくれたな」
「久しぶり。元気だった?」
「見た目は病人だが、すこぶる元気だ」
今も前と同じ着流しを着ている。以前よりも顔色はいいし、ずいぶんと肉がついたようで病人のようには感じないな。直前まで刀でも打っていたのか、顔はやや赤く、額には汗がにじんでいる。おそらく話を聞いてからすぐに来てくれたのだろう。
「鍛冶にばかり入れ込みおって。たまには千輪に来んか」
「ホクト、すまんな。予定が押していてなかなか時間がとれない」
「……まあ良い。その方がお主らしいからの」
カガミさんとの遠隔通話で発覚しているが、ホクトさんとコクウはお付き合いをしているようだ。まあ、知らない振りをしなくてはいけないんだけど。
そして聖剣がうるさい。小声で「行け! そこだ! 女の武器を出せ!」って言っているが、どう考えても今はタイミングが悪いだろう。
それに気づいているのか気付いていないのか、それとも無視しているのか、コクウは初対面のヴォルトとサンディアを見て頭を下げた。
「コクウだ。話はカゲツやバサラから聞いている。ヴォルト殿とサンディア殿だな?」
「おう、ヴォルトだ。殿なんていらねぇぜ。俺もコクウって言うし」
「私がサンディア。私も殿なんていらないかな。コクウさんて呼ばせてもらうね」
「そうか、ヴォルト、サンディア、これからよろしく頼む」
ヴォルトとサンディアは東国に来てないからな。今回が初顔合わせだろうが、上手くやっていけそうだ。
そんなコクウは聖剣と精霊の方にも視線を向ける。
「ヴォルトが持っている剣は――」
「ああ、こいつは聖剣で――」
「儚い系イケメンかー。ホクトは趣味がいいわね! 一晩中語り明かせそう!」
コクウは鳩が豆鉄砲を食らうって言葉が良く似合う顔をしている。そしてホクトさんの顔は般若だぞといいたい。そしてサンディアは空気を読まないのか、精霊をコクウに紹介した。
ここで聖剣にペースを取られると恋愛話で終始する。それは避けたいので強制的に話題を変えよう。
「俺は知らなかったんだけど、魔国へ武具を供給してくれていたんだな?」
「バサラたちからそういう依頼があってな。鬼用と獣人用の武具を作って送っている。これがなかなか厳しいスケジュールでな」
「その割には嬉しそうだけど?」
「俺は直接手は貸せんが、こういうことで支援できるならありがたい話だからな」
魔国とか俺のいざこざに巻き込んでいるんだけど、助けてくれるというのは、こちらこそありがたいな。でも、無償じゃないよな? それはさすがに悪いと言うかありえない。
「よく分からないけど、お金は貰ってる?」
「もちろんだ。海のむこう――たしかメリルの父親のベルスキアが全面的に協力してくれている。金貨ではなく金属や食料での支援だが」
「ベルスキアさんが……」
「それに魔国のジェラルド殿からも色々と提供してもらっている。魔国でとれた希少な金属とかだが」
「……俺だけが知らなかったのか……」
「余計なことを考えさせたくないと言っていた。クロスは強くなるために世界を回っていたのだろう?」
「まあね」
ここでもか。俺はずいぶんと助けられているんだな。俺が一つのことに集中できるようにそれ以外のことを排除してくれているわけだ。どうやって恩を返すべきかね。
「どうやって恩を返すべきか考えている顔だな?」
「……俺って顔に出やすいらしいけど、そこまで分かるものかな?」
「まあ、そうだな。だが、恩を返すのはこちらだぞ。他の者は知らんが、東国の鬼や獣人はクロスがしてくれたことに感謝して協力している。恩を返しているだけなのに、さらに返されたら困るぞ?」
珍しくコクウが笑っている。いや、普段から笑っているのかもしれないが、俺が見る中では初めてくらいの笑い方だ。男の俺でも惚れそうになるんだから、ホクトさんが好きなのも分かる。
「さて、話はここまでにして本題に移ろう。クロス達はなぜここへ? それにホクトが虚空院を離れるのも尋常ではないようだが?」
俺とホクトさんで折れた神刀のこととヤマタノオロチのことを話した。
神刀を直すにはヒヒイロカネが必要で、そのヒヒイロカネはヤマタノオロチの体内にあるという説明をする。コクウはまたも豆鉄砲をくらったような顔になったが腕を組んでうなった。
「恐ろしいな。神の力そのものと言われる神刀をその聖剣が折ったのか」
「私に掛かればちょろいもんよ!」
「お前は反省しろ」
そうしないとここに来るまで穏やかだったホクトさんが怒り狂うぞ。友情が芽生えた感じだったのに、次は殺し合いになるかもしれないし。
冗談はさておき、ヤマタノオロチはどうだろうか。知っている人がいないならスキルで探すしかないのだが。
「ヤマタノオロチは火口近くの洞窟にいると言われている」
「伝承ではなく本当にいるという意味でいい?」
「少なくとも三十年ほど前に目撃情報があった。それ以降の目撃情報はないが」
「討伐されたわけじゃないんだよな?」
「ああ、目撃証言だけで倒したという話ではない」
「その目撃者はどこにいる? ちょっと話を聞いてみたいんだけど」
それが本当にヤマタノオロチなら討伐してヒヒイロカネを見つけたい。神刀は安く直せるし、ヴォルトの依頼もそれで終わる。いいことづくめだ。
コクウは眉間にしわを寄せて首を横に振った。
「すまない。目撃者はもう亡くなっている」
「そうなのか……ならその洞窟に行くしかないな。ハズレならハズレで仕方ない」
「そうか。俺も行こう、案内する」
「え? それはありがたいけど、いいのか?」
「ああ、一度行ってみたいと思っていた」
「へぇ、何か有名な洞窟なのか?」
コクウは肯定も否定もせずにまた眉間にしわを寄せた。そして顎をさすって自問自答しているように見える。直後にホクトさんの狐耳がピンと立った。
「コクウよ、その洞窟とはまさか――」
「言っておくべきだろうな」
コクウはそう言ってから真剣な顔で俺たちを見る。
「その洞窟は以前テンジクが修行した場所であり、凶刀を見つけた場所だ」
「ああ、そういう場所――」
「そして俺の父、コウゲツが凶刀を捨てた場所でもある」
「……凶刀を捨てた?」
「凶刀を製作したのは俺の父だ。そしてヤマタノオロチを見たのも俺の父。俺にとっては色々と因縁がある洞窟だ」
なにやら話がこんがらがってきたが、ヤマタノオロチをサクッと倒すだけじゃ駄目かな……駄目だな。よし、こうなったらコクウの話にとことん付き合うか。
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