第155話 刀鍛冶

 翌日、泊まっていた離れから虚空院に足を運び、ホクトさんに面会を申し入れた。時間がかかるかを思いきや、ホクトさんはすぐにやってきた。


 見た感じ怒っているわけではないようだが、ずいぶんと鼻息が荒い。しかも目力が強い。確固たる決意を持った目だ。そのホクトさんが、狐耳の形をした髪をピンと立ててから口を開いた。


「聖剣よ、少々相談したいことがあるのだが」

「それは後にしてください」

「む……確かにそうだな。いかんな、気が早ってしまった」


 昨日の夜、カガミさんと話をしたんだろうな。そして聖剣に恋の話をする気なのだろう。全力で止めたいが、どうでもいいとも思える。とりあえず後回しにしてもらおう。


「ホクトさん、ヤマタノオロチを知っていますか?」

「ヤマタノオロチ……伝承にある八本の首を持つ大蛇じゃな。知ってはいるが、それがなんじゃ?」

「ヒヒイロカネがそいつの体内にあるんですけど、どこに行けば会えます?」


 ホクトさんの狐耳が面白い感じに動いている。最終的にはへにゃっとなったが。


「伝承だと言ったじゃろう。はるか昔はいたかもしれんが、今はおらん。そもそもいたという証拠もない。そういう強い大蛇がいるものとして、我々に驕るなと警告するためのおとぎ話のようなものだと思っておる」

「そうですか。それは獣人ではない鬼の方も同じように思っていますか?」

「なぜじゃ?」

「コクウにも聞こうかを思いまして」

「むう、確かにコクウとそういう話をしたことはない。そもそもヤマタノオロチを知っているかも分からん」

「ならちょっと聞きに行きます。コクウがどこにいるか知ってますか?」

「ならば儂が案内しよう。最近会っておらんのでこちらから出向いてやる」


 なにか別の目的がありそうだけど、それなら案内してもらうか。たぶん、前にいた集落にいると思うんだけど、ホクトさんがいた方が話が早いだろう。


 ホクトさんにお願いをすると「ちょっと待っておれ」といって、虚空院の本堂の方へと向かった。そしてすぐに戻ってくると、何やら風呂敷で包んだものを袈裟懸けにして背負っている。


 聞いた方がいいのか迷っていると、ホクトさんの方が先に口を開いた。


「折れた神刀じゃ。力を失ったのか魔力で抑え込むことなく運べるようになった」

「それを持っていくんですか?」

「実はコクウは刀鍛冶でな。見てもらおうと思っていたのじゃ」


 そんな設定あったっけ?

 男キャラだから覚えていないだけかもしれないけど。


「では行こうかの」


 すぐにホクトさんが歩き出し、俺たちもその後を追う。


 ヤマタノオロチの場所はいざとなったら金を使ってしらべよう。でも、見つけるだけのお金と刀を直すお金との兼ね合いだな。ヴォルトたちもこの三年で金貨三億枚くらいは稼いだって聞いたから、そこから払ってもらえばいい。


 俺が持っているお金は金貨換算だと七十億とちょっとくらいか。あと二年で残りはメリルやメイガスさん達が稼げるとは思うけどもう少し余裕は持ちたいな。


 最悪、ヴァーミリオンを強襲して金を奪うという手がある。アイツは戦争の資金をかなりため込んでいるはずだ。そうでもなければ千年前のゾンビなんているわけがない。大体、アイツ、魔国にお金を納めていなかったっていうし。俺でも払ってたのにせこい奴だ。ため込んでいるに決まってる。


 そんなことを考えていたら、聖剣とホクトさんの会話が聞こえてきた。


「押して駄目なら押し倒せ、と?」

「そう! 草食系なんてね、肉食系に食われる運命なのよ!」

「なるほど、勉強になるな……!」

「恋愛だろうとなんだろうと、いつだって弱肉強食よ。これ、自然の摂理ね」


 ホクトさんと聖剣が何やら話をしている。聖剣と話をするためとはいえ、ヴォルトが律儀に聖剣を構えているのがちょっと悲しい。大体、聖剣は神刀を折った奴なのにホクトさんにはもう関係ないのか。


 もう少し女性に対して夢を見させてほしいところだが、俺は前世と合わせるとおっさんだし、そういうこともあるよね。わざわざ止める必要もないだろう。ただ、サンディアにはまだ早いかな。むしろ一生知らないで欲しい。


 サンディアは精霊の犬にまたがって聖剣とホクトさんの方を不思議そうに見ているが、これは注意した方がいいだろう。


「サンディアは二人の話を聞かない方がいいよ。ああいうのはもっと大人になってからだね。ならない方がベストだけど」

「何を言ってるかあんまり分からないけど、恋愛関係なら私もアマリリスさんに聞いたことはあるよ。たまに体の調子がいい日はそんな話をしてくれたんだ」

「アマリリスさんから恋愛話?」

「うん、そう。誰かと付き合ったとかいう話じゃなくて、誰かとお付き合いするなら手順があるって話。まずは交換日記からって教わったなー」

「あの人らしいというかなんというか」

「その次は手紙でポエムを送るんだって。歌でも可」

「それ、付き合うまで何年かかるんだ?」

「さあ? それにいつか私にも運命の人が現れるって言ってたよ。あれはたぶん、私に希望を持たせたくて言ったことだと思うけど」


 サンディアは病弱だったころ、アマリリスさんが治癒魔法をかけていたからな。原因は精霊に好かれ過ぎという状況だからアマリリスさんでも一時的にしか治せなかったけど、それでも希望を持てと励ましていたんだろう。


 それはそれとして、アマリリスさんの恋愛観が古いというか、貴族っぽいというか、乙女過ぎてちょっと怖いくらいだ。


 アマリリスさんは体内に悪魔がいたし、そもそも教会の聖女という立場だったからな。誰かと付き合うこともないだろうし、庶民からの情報も得られないだろうから、そういう想像しかしたことがないんだろう。


 今はもう悪魔はいないし、教会もやめているから聖女という立場でもない。色々終わったら普通の女性として生きてもらいたいところだ。


 ……おっと、いつの間にか恋愛関係の話になってしまった。全部ホクトさんと聖剣が悪い。


「二人とも、もうちょっと緊張感を持って」

「クロス、これだけは言っておくわ……」


 聖剣が溜めを作った。たぶんろくでもないことを言うつもりだろう。


「好きな男の前では常に緊張してるに決まってるでしょうが! いつだって女は策略を張り巡らせて男を捕らえておくことだけ考えてんのよ! 男なんてちょっとでも隙を見せたら、ふらっと別の女とくっつくんだから! 磁石かおのれらは!」

「そんな話はしてない。それに磁石だって反発するときもあるぞ」

「それこそ、そんな話はしてない……んん?」

「なんだよ?」

「いや、なんかこう喉に魚の骨が引っかかったような……?」

「お前、魚を食べたことなんかないだろ」


 ヤマタノオロチのことを調べに行くから緊張感を持てと言ったのに、恋愛関係で緊張しろと捉えている。前世でなにかあったのだろうが、激しくどうでもいい。魔王を倒せる剣じゃなかったら、間違いなく火口に入れてたぞ。


 いつかエルセンに戻ったら、絶対にこの聖剣は俺が管理しているダンジョンには入れない。ずっとヴォルトに持っていてもらおう。もしくは知らない場所に捨てさせる。


「コクウがいる集落が見えてきたぞ。とはいってもまだ距離はあるが」

「懐かしいな。前に俺とアランとカゲツの三人でこの道を走ったことがありますよ」

「何をやっとるんじゃお主らは」


 男が馬鹿だということを再認識しただけだが、それはそれとして楽しかった。ヴォルトと精霊の犬がこっちを見てやりたそうにしているけど、絶対にやらん。


 それにちょっと気になる。確かに集落が見えてはいるけど、あの煙は何だろう?


「なにか煙が多くありませんか? まさか魔物の襲撃とか?」

「なんじゃ、クロスは知らんのか」

「え、何がです? ホクトさんはあれが何なのか分かると?」

「あそこは鍛冶場になっておる。魔国へ送っている武具などはここで作ったものが多いんじゃぞ」

「え?」

「コクウが刀鍛冶だといったじゃろ、コクウの刀は評判が良いのじゃぞ」


 ホクトさんは自分のことのように誇らしくそう言っている。狐耳がピンと立っているから本当のことなのだろう。


 全然知らなかった。俺が思っている以上に皆が力を貸してくれていたんだな。

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