第154話 ヤマタノオロチ

 ヤマタノオロチといえば有名過ぎるモンスターの一体だろう。


 八本の頭に八本の尾の大蛇でスサノオノミコトが酒を飲ませて眠ったところを倒す。そして腹の中からアマノムラクモという剣が出てきたとかなんとか。細部は良く知らないがたしかこんな感じだ。この辺りはRPGやってると勝手に覚える。


 西洋風に言えばヒュドラかな。あっちも首がたくさんある蛇のような奴で、ヘラクレスが退治したとか。首を斬っても再生するから、傷口を松明で燃やしたとか聞いたことがあるけど、そっちも詳しくは知らない。


 似たような話はどこにでもあるが、この辺りが混じってヤマタノオロチは炎属性に弱いとかショップで売ってる酒を持っていくと数ターン行動不能にできるとか言われていた気がする。


 ソシャゲで戦ったことはないけど、そういう情報を見たことがある。何度も倒して素材を手に入れるようなモンスターだったらしいが、俺はそこまでキャラを強くできなかった。


 無課金でもそこそこ遊べるゲームだったが、当時は一番最新の恒常イベントで無課金お断りくらいの難易度だったと思う。難易度調整が入ると言われていたがどうなったのだろう?


 おそらくゲームでもヒヒイロカネという金属が出てきてそれで装備が作れたんだろう。誰かの専用装備が作れたと思うんだけど、よく覚えていない。


 すくなくともテンジクじゃない東国出身のキャラだった気がする。カゲツたちのような鬼でもないし、誰だったか。キャラを持ってなかったから詳しく調べなかったんだよな。


 今回は神刀の修理用とギルドの指名依頼で手に入れるだけだ。専用装備を作るわけじゃないから別にいいか。大体、何回も倒せるわけじゃないし。


 この辺りの情報をヴォルトや帰ってきたサンディア、それと聖剣と精霊に伝える。


「最初にクロスに聞けばよかったぜ」

「やっぱりクロスさんって物知りだね!」

「スキルの力ってやつだよ」


 スキルのことは皆に話してあるが、この世界が二回目であることや俺が別の世界の記憶があることだけは言っていない。スキルの真似じゃないが、それを言っても意味がないからだ。そもそも証明が難しいし。


 なのでスキルのおかげとする。前の世界に戻れるわけじゃないし、戻りたいとも思ってない。知識チートで無双ってわけでもないし、中途半端な知識でドヤっても仕方ない。この世界、オセロとかマヨネーズとか、すでにあるし。


 それはともかく、サンディアは純粋なのか、目を輝かせながら俺を見ている。


 期待され過ぎるのも苦手なおじさんなんだからそんな目で見ないで欲しい。そもそもヤマタノオロチがいる場所を知らないし。スキルに課金して調べるという手もあるが、できるだけお金は使いたくない。まずはホクトさんに確認だな。


「ヤマタノオロチがどこにいるのかは分からないから、それは調べてからね。明日にでもホクトさんに聞いてみよう」

「おう、それでいいぜ。それにしても八本の首がある大蛇か。ヒュドラを倒しても報酬はたいしたことはなかったんだが、そいつの素材は高く売れんのか?」

「分からないな。年に一回は退治されてるってわけじゃないと思うが」

「退治されてたらヒヒイロカネのことも知ってんじゃねぇのか?」

「ああ、そうか。ホクトさんはヒヒイロカネがどこにあるのか知らなかったな」


 ということは結構レアな魔物なのかもしれない。それとも討伐されたことがないのか? 下手をしたらそんな魔物なんか知らんとか言いそうだが。そうだ、コクウなら知っているかもしれないな。


「とりあえず明日は情報収集だ。だから今日は酒でも飲もうか」

「そりゃいいな! サンディアも聖剣も飲めねぇからつまらなかったんだよ!」

「ヴォルト兄が飲ませてくれないんじゃん」

「お前にはまだ早い。あと二年くらいは飲ませられねぇ」

「妹ちゃん、お酒は駄目だってば。シャンパンタワーとかすると一気に借金しちゃうのよ……」


 聖剣の奴、確実に俺がいた世界の奴だよ。体があった記憶があるのによく精神が持つな。動けないって相当だと思うが……というか、おかしくなってこれなのかもしれない。


「聖剣ちゃん、シャンパンタワーって何?」

「妹ちゃんは知らなくていいんだってば。でも、私はいつかイケメン侍らせてやってやるわ!」


 なんでこういう人が聖剣に転生しちゃうかな。もっと違うのに転生してもよかったと思うんだが。


「何よクロス、私のこと見つめちゃって。クロスはギリ範囲外だから」

「この三年で一番うれしい言葉だよ」

「もう照れちゃって。でも、クロスはアウロラちゃんのものだし、手なんか出したら神魔滅殺を食らっちゃうから絶対ないわね。まあ、私を壊せるとは思えないけど!」


 俺ってアウロラさんのものだったのか。みんな揃ってそういう勘違いをしているよな。俺の知らないところでアウロラさんは外堀を埋めてたんだろうか。


 どう考えてもアウロラさんは俺が好きとかそういうんじゃないと思う。アウロラさんはあくまでも魔国をちゃんとしたいとかそう言う考えのもとで行動しているだけであって、それをするには俺が必要だと思っているだけだ。


 アウロラさんがバルムンクという兵器だから感情が薄いのも当然だろう。それに機械的な判断というか、合理的な判断をするのもそれっぽい気がする。


 それが嫌だと言うわけじゃないが、感情が乏しい状態で迫られてもピンとこないね。そもそも誰かと結婚して家庭を持つなんて考えたこともないけど。


「ちょっと、クロス、何ぼーっとしてんの?」

「え? あ、いや、どうやったらお前を折れるのかなって」

「私は聖剣だから折れませんー」

「そうなんだよなぁ……あ」


 一つ思い出した。ミナークとの約束で魔王と話をすることになっているが、いざとなったら倒す必要がある。実際にやれるのか確認しておかないと。


「聖剣は魔王を倒せるか? 性能的な面じゃなくて感情的に」

「魔王? そういえばいたわね。影が薄いから忘れてた」

「お前の存在意義に関わってくる奴だぞ」

「だって封印されているんでしょ……思い出した。そういえばイケメンだったわ!」

「そんなことはどうでも良くて、倒せるかと聞いているんだが」

「私、イケメンは斬れないの」

「俺がスキルの力で魔王の顔を変えてやるから」

「それならいけそう」


 なんだろう。心底俺が勇者に転生しなくてよかったと思えた。こんな剣と一緒に旅はできない。ヴォルトもサンディアも引いてるし。


「でもさー、魔王って倒す必要あんの? 封印しておけば別にいいんじゃない?」

「それなんだけどな――」


 エル・ドラードで会ったミナークのことも踏まえて、魔王――バランサーがどういう者なのかを説明した。全員が半信半疑のような感じだが、俺が嘘をつくわけないと思ったのか、信じてくれたようだ。


「ヴァーミリオンを倒した後の話になるだろうけど、そのあたりも視野に入れておいてくれ」


 聖剣はもとより勇者であるヴォルトにとっては大事な話だろうからな。


「勇者なんて肩書、もういらねぇんだけどな」

「返上できるような物でもないけどな。ありがたい力なんだし、有効活用してくれよ」

「確かに助かるけど、余計なことの方が多い気もするな。サンディアを危険な目に遭わせちまったし」

「んあ? なんか言った?」


 サンディアは骨付き肉にかぶりついていて聞いていなかったようだ。確かに聖剣が言う通り、食べ方はワイルドだな。


 そうだ、サンディアは魔王に会ったことがあるんだ。しかも封印される前、最後の魔王様の姿を見たのはサンディアだ。


「サンディアは魔王と退治した時のことを覚えてる?」

「んー、あのときのことはほとんど覚えてないかな。夢を見ていた感じでリアルタイムというより、意識がはっきりしてから思い出したみたいな状況だから、ほとんど忘れちゃった」

「そっか。俺って魔王のことはほとんど知らないから、どんな状況だったか知りたかったんだけど」

「覚えているのはなにか感心したような顔だけかな……そうそう、何か言ってたのは覚えているよ」

「え? なんて言ってた?」

「『今度はこうなるのか』だったかな?」


 魔王が「今度はこうなるのか」と言った?

 ……今度は?

 これはスキルに確認しないと。


『魔王ってこの世界が二回目なのは知らないんだよな?』

『知らないはずです。二番目の神がこの世界を創ったとき、つまり二万年前まで時を戻しました。当時から魔王はバランサーとして存在していますが、二回目であることに気付くとは思えません』

『だよな。となると全く別のことか。考えすぎだよな?』

『おそらくそうでしょう』


 そもそもサンディアが聞き間違えた可能性もある。この辺りはヴァーミリオンを倒してからもう一度考えよう。それに今は酒を楽しまないとな。


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