第68話 商人の勘

 騒動があった翌日、ショッピングモールは賑わいを見せていた。

 一日休館だったお詫びとして感謝セールが始まったのだ。

 なんと全品表示価格から二割引き。

 ベルスキア商会の大盤振舞に多くの人がここぞとばかりに買い漁っていた。


 なぜか俺もその買物に付き合わされている。

 血が足りないし、疲れているんだけどな。

 でも、そう言って休むわけにもいかない。


 メリルが自ら案内してくれているし、ちょっと断りにくい。

 それに女の子と買物なんて前世でもなかったから、これも経験だ。


「どんなものでも私が買いますから遠慮しないでくださいね」


 お礼であることは分かっているんだけど、年下の子にお金を出してもらうなんて抵抗しかない。前世だったらなんかの法に触れないか?


「ありがたいけど、夜の宴会だけで十分だよ」

「カラアゲとビールだけでいいなんてお礼になりませんから」

「本当にそれだけで十分なんだけど」


 嘘偽りない言葉なのだが、俺が遠慮していると思っているらしい。

 美味い物は食いたいが、物欲ってあまりないんだけどな。


 そして問題は俺よりやる気になっているアウロラさんとパンドラだ。


「クロスさん、この服はどうでしょうか?」

「Tシャツに文字が書かれているタイプはちょっと……なんで『奥義』?」

「マスターはこっちですよね? 完璧執事セットです」

「俺を執事にしてどうする気だ」


 自分の好みを押し付ける選び方はやめて欲しい。

 もっと地味で無難なものが好きだ。色も暗めがいい。

 というか、そもそもの話、服を買う気がない。


「俺の服じゃなくて自分の服を買ってくださいよ。パンドラはアウロラさんにセンスのいい服を選んでやってくれ」

「命令を確認。ならメイド服を――きゅぴーん。一撃必殺の技を繰り出そうとしています。命令は拒否」


 メイド服を着るのは嫌なのか。

 ちょっと見てみたい気もするけど。


「どうしてもというなら着ますが、その時点で大魔王になってもらいます」

「無理強いは良くないですよね。アウロラさんの軍服は最高です」


 今は軍服ではなく、シャツに革ズボンというラフな恰好だが。


 俺たちのそんなやり取りがおかしかったのか、メリルは車椅子に座ったまま腹を抱えて笑っている。そこまで笑うところはないと思うのだが。


「皆さんお強いのに普通の人と変わらないんですね?」

「強いのは二人だけで俺は弱いよ」

「そういうことにしておきます。ところでクロス様、少しお話があるのですが、お時間よろしいですか?」

「構わないよ。なら、あっちの休憩スペースに行こうか」


 俺だけに話があるというわけではないようなので、アウロラさんとパンドラも付いてきた。というよりもパンドラはメリルの車椅子を押す係のようになっていて、本物のメイドに見える。


 休憩スペースの端にあるテーブルにつく。

 椅子に座るとメリルが真剣な顔を俺を見つめた。


「ベルスキア商会はクロス様たちに大きな恩があります。そのため、今後、クロス魔王軍に対して金銭的な援助をするとおじい様が言っておりました」

「ありがたい話だね」


 それは昨日、ベルスキアからも言われた。


 ただ、パンドラを貸してもらえないかと言われている。

 アーティファクトに詳しく、さらには修理できる。

 それだけでかなりの儲けを出せるだろうからな。


 別件だけど、ストロムさんもパンドラと古代迷宮を探索したいと言っている。

 俺がパンドラのマスターということでどうとでも決められるのだが、本人にも聞くべきことだろう。まあ、それは後回しだ。


「恩を返し切っていないうちからお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「お願い? なに?」

「私をクロス魔王軍に入れて欲しいのです」

「えぇ……?」

「前にシェラに関して聞いたことがあったのですが、覚えていらっしゃいますか?」

「初めて会った日のことでしょ。覚えているけど」

「理由は分かりますか?」


 理由ね。たぶんだけど分かる。

 ご両親を亡くしたきっかけになった魔物を引き寄せる香。

 それを作ったのがシェラなのだろう。そういうのはシェラの専門だ。


「香の出所を探ったらシェラに当たった?」

「まさにその通りで、叔父様に香を売った相手がシェラでした」

「復讐するためにクロス魔王軍に所属したいと?」

「香がなくとも叔父は止まらなかったと思いますが、あの香のせいで父も母も……」


 魔物に襲われたときの状況は酷いものだろう。

 おそらくだが、ベルスキアはメリルに遺体を見せなかったに違いない。

 ちゃんとしたお別れもなく埋葬されたに決まっている。


「直接手を下したいわけではありません。ただ、シェラを倒そう――喧嘩を売ろうとしている組織なら私も参加して貢献したいと思ってます」

「気持ちは分かるけど……」

「おじい様の許可はとってあります」

「え? 嘘でしょ?」

「本当です。私はいままで外に出ずに商売をしてきました。結果は残しましたが、おじい様からそれだけではだめだと言われています。誰がどんなふうに商品を作っているのか、その目で見る必要があると。なのでベルスキアの名を受け継ぐ前に外の世界を見てきなさいと言われました」

「それはクロス魔王軍に入る許可ではないと思うけど」


 絶対にそういう意味じゃない。

 世界を見て来いと言われて魔族がボスの組織に入ってどうするんだと言いたい。

 だいたい、それを俺が許可したらベルスキアに怒られる。


「たしかにクロス魔王軍に入る許可ではありません。ですが、世界を見て回るにしても護衛は必要です」

「そうだろうけど、それが?」

「クロス魔王軍には強い人が揃っています。護衛としては最適ではないかと」


 アウロラさんを魔王にしようとしている組織なんだけどね。

 強い人がいるのは確かだが、護衛以前に組織に所属したら危険度が上がる。


 ……それが分からない子じゃないよな。

 そういう名目でついていきたいと言っているのだろう。

 さて、どうしたものか。


「ではメリルさんをクロス魔王軍の財務管理として雇います。新たな四天王として頑張ってください」

「謹んで拝命いたします」

「ちょっとお二人さん?」


 アウロラさんとメリルが息の合ったやり取りで決まってしまった。

 俺に人事権はないのだろうか。

 ……ないんだろうな。


 というか、明らかに事前に決まっていたような気がする。

 俺が寝ている間に話し合いがあったわけだ。

 相談と見せかけた事後報告だ、これ。


 でも、組織のボスとして言っておかないとな。


「うちの組織はこれからもっと危険になっていくんだ。それは分かってる?」

「それはもちろん――」

「メリルもご両親と同じような最期を迎えるかもしれない。その覚悟があんの?」


 さすがにこれはショックを受けるだろう。

 こんなことを言えば怒る可能性はあるが、それで諦めてくれるなら安いものだ。


「君は商人として優秀だ。復讐をするなとは言わないけど、シェラのことはこちらに任せて安全な場所にいた方がいい。世界を見て回るだけならベルスキアが優秀な護衛をつけてくれるよ」


 メリルは驚いている。

 俺にここまで言われるとは思っていなかったのだろう。

 でも、ちゃんと言っておかないとな。


 昨日だって、実は危なかった。

 あの暗殺者が会議室で放り投げた球はシェラが作った毒玉だ。

 下手をしたらあの場で全滅していた可能性もある。


 メリルは大きく息を吐くと真剣な目で俺を見つめた。


「驚きました」

「普段、いい加減に生きているけどね、言うときは言う――」

「いえ、アウロラさんが言ったことと同じことを言ったので驚いたのです」

「……はい?」


 なぜかアウロラさんが得意げな顔をしている。


「昨日、アウロラさんに相談したら同じことをおっしゃって、よく考えるように言われました。それでも覚悟が変わらないなら、組織のボスであるクロスさんへお願いして欲しいと」

「ああ、そういう」


 なんだかちょっと恥ずかしいんだが。

 優秀な部下って困るね。元上司だけど。


「正直、その覚悟があるのかと言われれば、その時にならないと分からないとしか答えられません。ですが、今、ここでクロス魔王軍に入らなければ一生後悔すると私の商人としての勘が言ってます」

「商人の勘か」


 勘というのは結構馬鹿にならない。

 本能的な感覚と言えばいいだろうか。

 五感とあらゆる経験からはじき出される言葉にできない答えのようなもの。

 人はそうやって危険を回避したり、安全な方を選ぶとかなんとか。


 残念ながら俺にはそういうのがないな。

 決まったルーティーンで生活することが最高だと思っている奴だ。

 とにかく安全策をとることしか考えてない。


 暗殺者相手に一人で戦ったのは教会から奪った金があるからだ。

 これがなければ一人で戦うなんて真似は絶対にしない。


 俺だけならなんとでもなるけど、守る人が増えると俺の危険も増える。

 その分、お金の消費が激しくなるというのもはっきり言って嫌だ。


 でもなぁ……昨日、ベータを救い出して、メイガスさんやアルファの喜びようはこっちまで心が温かくなった。アラクネも一緒になって喜んでたし、ベータも歓喜の踊りというのを披露してくれた。

 ああいうのを見ると仲間っていいなとも思える。


 今回は金銭的にプラスになったという理由もあるけど、たとえマイナスでも同じように思えた気がする。

 他人とはあまり関わりたくないって思ってた俺はどこに行ったのかね。

 ヴォルトとフランさんと俺の三人だけの頃に比べるとずいぶんと変わったもんだ。


 連れて行くのは危険だが、決して遊び半分じゃないだろう。

 大人として拒否するのが正しいとは思うが、相手だってもう大人だ。

 なら、その意思を尊重しよう。

 ベルスキアに俺が怒られるだろうけど仕方ないな。


「パンドラ、ちょっといいか?」

「もちろんです。ヘアカットしますか? その髪を切りたいと思ってました」

「なんでそうなる。そうじゃなくて、ベルスキアがここでアーティファクト関係の仕事をしてほしいって言ってるんだが、やりたいか?」

「アーティファクト関係の仕事ですか。時給によります」

「そうか。他にもストロムさんが古代迷宮にパンドラと行きたいと言ってるんだが」

「ガイドということですね。時給によります」

「時給にこだわるね。特にどうしてもやりたいってわけでもなさそうだな……なら、メイドとしてメリルを護衛する仕事はどうだ?」

「それは無償でいいです。おはようからおやすみまで完璧にメイドします」


 メイドしますってなんだ?

 護衛って意味でいいんだよな?


「メリルもそれでいいかな? 常にパンドラといるなら結構安全だと思うけど」

「よ、よろしいのですか!?」

「放っておくと逆に危険なことをしそうだからね。最初からこっちで守った方が楽な気がする。常にパンドラと一緒にいるという条件付きでいいなら歓迎するよ」

「も、もちろんです! よろしくお願いいたします!」


 アウロラさんとメリルが喜んでいる。パンドラも喜んでいる感じだ。


 パンドラは言動はともかく、護衛としては間違いなく強い。

 常にそばにいてくれれば、戦闘力がないメリルでも危険にはならないだろう。

 そもそも危険な目に遭わせないようしないといけないけど。


 パンドラが右手をあげた。


「私もクロス魔王軍に所属したということですね? 時給はともかく」

「まあ、そうかな。時給いるの?」

「四天王の座をください。いえ、もっとはっきり言いましょう。よこせ」

「……アウロラさんと相談して。俺は疲れたから。精神的に」

「あとメイド部隊の隊長を所望します。これから勢力を拡大していつかメイド王国を建国します。夢っていいですね」

「……頑張って」


 これはパンドラの不具合なのだろうかとちょっと心配になるが、まあいいか。

 さあ、今日の夜は宴会だ。美味い飯と酒、何もかも忘れて楽しもう。

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