第65話 後継者

 メリルと出会ってから一週間後、ショッピングモール内の会議室にベルスキアの親族が集められた。


 後継者を指名するという名目だ。

 ベルスキアの子供たちはあくまでも後継者の候補でしかない。

 すぐに受け継がせるわけではなく、後のベルスキアを決定するという内容だ。


 そして一週間もかけたのはキールに準備をさせるため。

 今の状況ならまず間違いなくキールが後継者として選ばれる。

 だが、用意周到なキールならそうならなかった時のために色々と準備する。

 それは間違いなく武力行使。


 事実、この商業都市ベローシャへ傭兵らしき者達が集まっていると言う。

 それらの情報はメリルの伝書鳩によって全部筒抜けだ。

 今やどこに待機していて何人いるなどの情報も全部把握している。


 今日はショッピングモールが全店休みとなっていて、攻め込みやすくなっている。

 だが、それはこちらが仕掛けた罠。

 ショッピングモールになだれ込んだ時点で逃げられない檻に入ったようなものだ。


 会議室には俺やアウロラさんがベルスキアの護衛としてこの場にいる。

 そしてジオは今やベルスキアの秘書という感じですぐそばに控えていた。


 それ以外にもメイガスさんとアルファがここにいる。

 今はメイガスさんの魔法で姿を消しているので周囲に認識はされていないが。


 皆は円卓を囲むようにして椅子に座っているが、ベルスキアが立ち上がった。


「皆、良く集まってくれた。今日の趣旨は伝えてあるが、改めて言おう。ベルスキアの後継者を決めた。しかと心得るように」


 ベルスキアがそう言うと、周囲がざわつく。

 会議の趣旨は伝わっていただろうが、改めて本気だと感じたのだろう。

 キールだけは冷静に見守っているようだ。


 キールを初めて見たけど、できる男という顔をしている。

 短めの赤い髪をオールバックにしており、目は鋭い。

 前世の銀行員にいそうな感じの数字に強そうな奴だ。

 でも、蛇のような狡猾さがありそうだし、情がない感じだな。


 問題はキールの後ろにいる奴だ。

 全員が一人か二人の護衛を連れているが、キールの後ろにいる奴は雰囲気が違う。

 明らかに手練れ。身体向上の魔法を使っていつでも動けるようにしておかないと。


 ざわつきを抑えるように、ベルスキアが右手を軽くあげて沈黙を促す。


「では伝えよう。ベルスキアの名を受け継ぐ者は――」


 全員が固唾をのんで見守る。


「メリルじゃ」


 その名前に全員が訝し気な顔をしているが、ベルスキアはそれには構わず続ける。


「話は以上じゃ。皆も今後はそのように――」

「父上、これはなんの冗談ですか?」


 まあ、キールは不服を申し出るよね。

 態度は冷静そのものだが、明らかに目が怒っている。

 でもね、ここで今一番怒っているのはアンタじゃない。

 アンタの目に映っているベルスキアだ。


「冗談などではない。ベルスキアの名を受け継ぐのはメリル。これは決定事項じゃ」

「メリルはあの事故のあと、精神が幼くなってしまったではありませんか」

「事故か……キールよ、情報とは金に換えられないほどの価値があると教えたな?」

「……なぜ今その話を?」

「あれがメリルの演技だとしたら?」

「なんですって?」


 それと同時に会議室の扉が開いた。

 そこには車椅子に座ったメリルがいて、その後ろにはパンドラがいた。


 メリルは今までのようなぼさぼさの髪ではなく、きちんと櫛を通して整えられており、服装も年相応のドレスを着ていた。これらはパンドラがやったらしい。


「ごきげんよう、叔父様、叔母様」


 メリルはそう言って淑女のように微笑む。


 ベルスキアが手招きすると、パンドラが車椅子を押して移動を始めた。

 そしてベルスキアのすぐ真横に移動すると、改めてメリルは微笑む。


「皆様にはご心配をおかけしましたが、身を守るために幼児の振りをしておりました。もう問題はないということで、今後はベルスキアの名にふさわしい後継者として邁進してまいります」


 メリルが流暢な口調でそう言ったので驚きは半端ないのだろう。

 大半の人達は口をパクパク動かしている。


 だが、このまま終われないのがキールだ。


「父上、話は分かりましたが、何の実績もないメリルを後継者にするのは――」

「皆様、こちらを」


 ジオがキールの言葉を遮るようにして資料を全員に配る。


 そこにはこれまでメリルが稼ぎ出した金額が記載されていた。

 金額を見たとき、正直引いた。

 どんな悪いことをすればこんな稼ぎになるのかという額だ。


 主に食品の取り扱いだが、世界の需要と供給を完全に読み切っている。

 どんな細かい情報も見逃さずに気候や人の動きを予測して売り買いを続けたようで、信じられないような金額になっている。


 メリルが持っているスキルは支配者という意味の「ドミネーター」。

 キャラを持っているだけでアイテムの売買がそれぞれ五割増しと五割引きになるという、SSRが持ってちゃダメだろと言われていたスキルだ。


 それが現実になるとこうなる。

 市場を完全に支配していると言っても過言ではない。

 戦闘力はないけど明らかにUR並みだ。


「これをメリルが稼いだという証拠はあるのですか? 父上がメリルの名義でやり取りをしただけでは?」

「よく見よ、取引相手は全てライバル関係にある商会じゃ。儂がそんなところと取引するわけないじゃろうが」

「……ならメリルが優秀な人材を雇っただけなのでは? 本人の商才とは――」

「それの何が悪い? 優秀な人材を雇うのも商人に必要な技術じゃ――さて、そんなことよりも本題はこれからじゃ」

「本題?」


 キールが訝し気にベルスキアを見ると、ベルスキアは怒りの表情になった。


「キール、貴様、兄夫婦を魔物を操って殺したな?」


 その言葉に全員が体を硬直させた。

 言葉というよりもベルスキアの怒りの表情だろう。

 普段温厚なベルスキアがここまでの顔をする。

 その怒りはここにいる全員に伝わったはずだ。


 キールも少しだけ怯えた感じの顔になったが、すぐに持ち直した。


「ち、父上、あれは事故でしょう。そもそもどうやって魔物を操るというのですか」

「魔族と取引して魔物を呼び寄せる香を使ったのじゃろう?」

「ま、まさか、メリルがそう言ったのですか? それはメリルの嘘です!」

「なぜメリルがそんな嘘をつく?」

「なぜ? ベルスキアの後継者になるためです! 邪魔な私を排除しようと――」

「私は叔父様よりも商人として遥かに上です。叔父様は私の道を塞ぐ大きな岩でもなければ、躓きそうな小石でもない。そんなものを排除する必要はありません」


 煽るね。まあ、それくらいするのは当然だろう。

 殺したいほど憎んでいるのに耐えているほどなんだから。


「だ、だが、そんな証拠はない! 本人は本当だと思っていてもそれを証明できないなら信じるに値しません!」


 メリルは自身の指にはめてあるアーティファクトの指輪を操作した。

 すると、戦闘をしている音が聞こえてくる。


「そ、それは一体……」


 キールもそうだが、他に人たちも驚いてそれを聞いている。

 そして戦闘が終わり、さらにメリルが操作すると別の再生が始まる。

 再生されたキールとその部下の声が全部説明していた。


「な……」


 キールの顔が引きつっている。

 証明しろと言って証明されたらそりゃそんな顔にもなるな。


「これは録音機というアーティファクト。あの時、ちょうど録音状態になって叔父様の声が入りました」

「ば、馬鹿な……」

「そして私も馬車の座席の下で声を殺して聞いていました。ずっと叔父様を殺したいと思っていましたわ」


 すごくいい笑顔だ。

 言っている言葉は怖いけど。


「きゅぴーん」


 場違いのようなパンドラの声。だが、場違いじゃない。

 誰かがメリルやベルスキアに対して悪意のある脳波を出した時の合図。

 すぐさま、二人の前に俺とアウロラさんが出た。


 直後にナイフがメリルを襲う。

 だが、この程度なら俺の身体強化で弾ける。

 引き延ばした思考でスローモーションとなったナイフを木刀で叩き落とした。


「チッ」


 ナイフを投げたのはキールの後ろにいる護衛。

 どうやら護衛じゃなくて暗殺者みたいだな。


「もうやっちまいましょうや。あとのことは俺たちに任せてもらえれば、処理しておきますんで」

「そ、そうだな。残念だが仕方ない……父上、メリル、そしてお前たち。すまないが私のために死んでくれ」


 最初から最後まで冷静ならまだ分かるが、最後に取り繕うようにそう言うのは明らかに小者だ。


 何かが破壊されるような音が下の階から聞こえた。

 どうやら傭兵団とかそういうのが入り口を破って入ってきたのだろう。

 どうやって連絡をしたのかは分からないが、何かしらの連絡手段があったわけだ。


 ここまですべて予定通り。

 そしてこちらの戦力はその辺の国の軍隊よりもある。

 でも、まずはベータの回収だ。

 それが終わったら悪者退治といこうか。

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