第64話 魔国で一番有名な組織
ショッピングモールは住居でもあるらしい。
さっきまでいたVIP用の部屋よりもさらに上階は居住エリアとなっていた。
ベルスキアとメリルだけで、他は独立して別の場所に住んでいるそうだ。
メリルはベルスキアが駆けつけたとき、馬車から助け出された。
座席の下に隠し空間があり、そこにいたことは関係者全員が知っている。
キールは肝が冷えただろう。
メリルがキールと部下の話を聞いていた可能性が高いのだ。
だが、助け出されたメリルはショックで幼児化していた。
さらには足に怪我をしていたようで、以降は車椅子を使って生活している。
キールと部下の話を聞いていても忘れている。
そして車椅子の生活をして、わがまま放題。後継者に選ばれることはない。
メリルはそういう状況を演出したのだ。そしてそれは今も続いている。
ただ、いつか思い出すという可能性もキールは捨てきれないはず。
そう考えて、メリルは自衛として部屋に閉じこもった。食事に関してわがままになったというのは毒殺を警戒しているのだろう。
メリルの部屋の前に到着すると、ベルスキアは部屋の扉をノックした。
「メリル、儂じゃ。扉を開けてくれんか」
「あー、おじーちゃん。指輪返してー」
「ああ、持ってきておる。だから開けておくれ」
「ちょっと待ってー」
メリルの年齢は十五、六くらいのはず。
それを考えたら明らかに幼い。
そういう演技をしているということだろう。
メリルが扉を少し開けて顔を覗かせる。
俺たちの顔を見ると、むすっとした顔になって扉を閉めた。
そして鍵をかける。
「知らない人は嫌い! あっち行って!」
「メリル」
「おじーちゃんも嫌い! 指輪を置いて帰って!」
「もう演技をする必要はないんじゃ。なぜそんなことをするのか全て分かった」
「なに言ってるか分かんない!」
「今まで一人でよく頑張った。だが、もう無理をする必要はない。儂やここにいる方たちがお前をキールから守る。儂を信じてくれぬか?」
しばらく何の反応もなかったが、扉の鍵が解除された音が聞こえた。
「そこは目立つから入って」
「おお、メリル……!」
全員が部屋に入ると、ベルスキアは扉に鍵をかけた。
部屋はかなり子供っぽい部屋だ。
ぬいぐるみや人形が多く、それらは散乱しており、まさに子供部屋だ。
ここに来たのはベルスキア、俺、アウロラさん、そしてパンドラ。
ストロムさんはメイガスさん達を呼びに行き、ジオは色々と手配をしてくれているのでここにはいない。
そんな俺たちをメリルは車いすに座ったまま見つめている。
扉から顔を出した時に見た幼げなメリルはもういない。
今は十五、六にしては大人びた陰のある女性の顔をしている。
普段から幼児化したことをアピールしていたんだろう。
メリルの赤いストレートヘアはぼさぼさで、フリルが多い白のドレスを着ている。
顔以外は年齢よりもはるかに子供っぽい。
「おじい様、キール叔父様のこと、どうやって知ったのですか?」
「やはり演技じゃったのだな……」
「騙していたのは申し訳ありません。身を守るために、そしておじいさまを巻き込まないためにもこうするしかありませんでした」
「何を言う! なぜ言ってくれなかったのじゃ! 話を聞いておれば儂は……!」
「復讐のためです。私から両親を奪った叔父様を六代目にして、その後、全てを奪い、殺す。それが私の復讐。たとえおじい様でも邪魔はさせません」
絶対にやり抜くという決意のある目だ。
普段いい加減に生きている俺にはできない目。
自分より若い子がこんな目をしているのは悲しいね。
「それでおじい様、キール叔父様のことや、ここにいらっしゃる方の話を聞かせてくださいませんか?」
ベルスキアはこれまでのことをメリルに語る。
指輪が録音できるアーティファクトであることや、そこに録音されていた内容、他にもパンドラが古代遺跡で見つかったアーティファクトであることなど、全部説明している。そして最後に俺やアウロラさんのことも説明した。
「貴方達が魔族……?」
「怒りはもっともだと思う。だが、ここは儂の顔に免じてこの二人を信じて欲しい」
「魔族は人類の敵では?」
「その通りだ。だが、この二人からは私達に害をなそうという意思は感じられん。これは儂の商人としての勘としか言えんが」
「おじい様の勘ですか」
今のところメリルから敵意ある視線は感じない。
でも、キャラプロフィールには魔族が嫌いと書かれていたんだよな。
「ダークエルフのシェラという人物をご存じですか?」
なんでその名前が出てくるんだ?
もちろん魔国では有名だ。四天王だし。
でも、人間が知っているほど有名かというとそうでもないはず。
「知っていますけど……?」
「貴方達はその配下の魔族ですか?」
「まさか。むしろそのシェラに喧嘩を売っている立場でして」
「け、喧嘩?」
メリルが年相応なきょとんとした顔になった。
普段から常に緊張して心休まる時などないのだろう。
俺が緊張感がない言い回しをしたから気が抜けたか。
「これは内緒にしてほしいんですけどね、実はこちらにいるアウロラさんを魔王にしようと頑張ってます。なので魔王軍の四天王には喧嘩を売る立場でして」
「その通りです。そして私が魔王になった暁にはクロスさんを大魔王にします」
「それは諦めてください」
「私が諦めることを諦めてください」
「クロス……? まさかクロス魔王軍のクロス様?」
メリルが驚いた表情でそう言った。
その言葉が出ることにこっちが驚くんだけど。
「なんで知ってるの?」
「外の情報を集めていますので。もちろん魔国も例外ではありません」
どうやってって話なんだけどね。
部屋からは出ていないし、普段は幼児化している状態なのに。
「なるほど。伝書鳩ですか」
「え? アウロラさん?」
「窓のところに鳩がいるようです。足に何かついてますね」
窓を見ると、外に鳩がいた。
コンコンと窓を叩いている。
メリルは車椅子で移動し、窓を開けると鳩の足に付いている小さな筒を外す。
中から小さな紙を取り出してそれをヒラヒラとこちらに見せた。
「正解です。手紙のやり取りで情報を得ました」
「それだけではないようですね」
「……というと?」
「お金を稼いでいるのでは? その筒に描かれている紋章は見たことがあります。ここほどではありませんが、大きな商会だったかと」
「魔族なのに人間の国に関して詳しいですね?」
「魔王になるためには必須ですから」
なんだろう。才女同士なのか、話が弾んでいるような?
さっきも思ったけど、俺っていらない気がする……なんでパンドラは俺の肩に手を置いて「長い人生、いいこともあります」と言ったのだろうか?
「おじい様、お二人が私が知っている方であれば問題ありません。今、魔国で一番有名な組織ですから」
「う……む? メリル、まさか儂が知らん情報まで知っておるのか?」
「情報はお金に換算できないほどの価値がある。おじい様が教えてくださった言葉ではありませんか」
「そ、そうか。儂にも内緒で情報を集め、さらにはお金まで……末恐ろしい才能じゃな。だが、これで決まりじゃ。六代目ベルスキアはメリルにする」
「いえ、それではだめです。私が叔父様に復讐できない」
「メリル、その復讐は儂に譲ってくれんか」
「おじい様……」
「儂は子供達に分け隔てなく愛情を注いできたつもりじゃ。そして同じように商人としての心構えも教えてきた。だが、結果はこれじゃ。私利私欲、ベルスキアの名が欲しいために兄やその妻を殺すなど人として許せん。儂自らがキールの幕を下ろしてやることが、親としてできる最後のことじゃ」
メリルは両親を奪われたが、ベルスキアは息子とその妻を奪われた。しかも犯人は二番目の息子だ。自分の責任とか考えているのかもしれないな。
「ですが、そんなことすればおじい様が危険なことに――」
「メリルは両親に似て優しい子じゃな。何も言わずこんなことをしていたのは復讐のためだろうが、儂のためでもあったのだろう。じゃが、孫に守られるほど弱くはないと自負しておる。それに――」
ベルスキアは俺たちの方を見た。
「クロス殿たちが我々を護衛してくださる。お互いに利益があることなのでな」
「ベータさんという方の奪還ですね? 代わりに私達を助けてくださると……?」
その言葉に頷く。
「はい。ですが、ベルスキア商会と懇意にしたいという下心もあります。お金を支援してもらえたら助かりますので」
「……ふふ、それを言っちゃうんですね?」
メリルが年相応な笑顔で笑っている。
ベルスキアも涙目で笑っているようだ。
お孫さんのこういう笑顔を見るのは久しぶりなんだろう。
そうだ、メリルの護衛というなら適任がいる。
「それにパンドラなら護衛として優秀だと思います」
「メイドとしても優秀です。でも誉め言葉はもっとください」
「古代兵器のアーティファクト、パンドラ様ですか」
「護衛もお任せです。毒無効や精神無効の装備を貸します。あと蚊無効も」
「それは助かりますね……」
「髪を整えたり服装のセンスもあると言っておきます。なぜならメイドだから」
お前は兵器だけどね。
メリルは考え込んでいたが、頭を下げた。
「私もおじい様と同様にクロス様たちを信用できると思いました。もちろんパンドラ様も。これは私の商人としての勘ですが」
「未来のベルスキアにそう思われて光栄です」
メリルは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
どうやらこの答えは好評のようだ。
「では、おじい様、急にこんなことになってしまいましたがキール叔父様を……」
「うむ、待たせてしまってすまぬ」
「いえ、むしろ早い方です。では、キール叔父様に復讐を始めましょう」
この二人、そして俺たちを相手にするってキールって奴も大変だな。
こちらの面子を相手に勝ち目はないだろう。
だが、可哀想とは思わない。自業自得だ。
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