第63話 車椅子の少女
魔物の咆哮と護衛達の必死な呼びかけ、そして悲鳴まで聞こえる。
指輪から聞こえる音は明らかに戦闘の音だ。
先ほどまで笑顔だったベルスキアが今は顔を赤くして指輪を睨んでいる。
こちらのことを怒っているわけではなく、指輪から聞こえてくる音が原因だろう。
奥さんへ贈った指輪、それが息子さんの奥さんへ贈られた。
そして録音されている戦闘の音。状況を考えれば、これはベルスキアが商会を継がせたいと思っている孫とその両親が襲われているときだろう。
馬車に乗っているようで、娘に座席の下にある隠し場所へ入るように言っている。
そして指輪も渡したようだ。
大事な方に頂いたものだから、貴方が受け継いで持っていなさいと言っている。
そしておじいさまが来るまで絶対に声を出してはいけないとも。
その後、女性の優し気な声で「愛しているわ」と伝えていた。
直後に何かが閉まるような音がする。
周囲の音が小さくなったが、激しい戦闘が続く。
だが、その音もなくなった。
「こ、これはあの時の……! だが、これは一体なんじゃ……!」
「最近とはいっても数年前ですが一番最後に録音された音です」
「儂は録音など知らなかったぞ……! 妻や息子たちも知らんはずだ……」
「指輪を外した時に宝石に触れ、録音モードになったと思います。つまり偶然」
「ぐ、偶然……? そ、そうか、この宝石を操作することで多くの機能を使えるということなのだな……慌てて指輪を外したから録音状態になったと……」
ベルスキアはそう言って震える手で指輪を取ろうとする。
だが、それをパンドラが止めた。
「まだ続きがあります。残りも聞きますか?」
「続きがあるのか……?」
「はい。ほぼ無音ですが、人の声が入っています。三時間後くらいですが」
「三時間後……?」
「パンドラ、その場所だけ再生できないか?」
「命令を確認。少々お待ちください」
パンドラは指輪を操作すると、土を踏む足音が徐々に近づく音が聞こえてきた。
「大変なことになっていますね」
「キールさん、ここに足を運ぶ必要があるんですかい?」
「商人なら自分の目で確かめませんとね。どうやら兄も義姉も間違いなく亡くなったようです。姪はいましたか?」
「いえ、この辺りにはいませんね。魔物が食べちまったんじゃないですか?」
「一応、捜索はしておきなさい。ですが、生きていてもとどめを刺す必要はありません。魔物に襲われたことを証明する証人でもありますから。それに邪魔になればいつでも殺せますからね」
「分かりやした。で、この馬車に積んである商品はどうするんで?」
「放っておきなさい。盗賊ではなく魔物の仕業なのですから。何か物が無くなったら盗賊の仕業と思われかねません。あくまでもこれは事故なのです」
「事故ねぇ……おっかない人だ」
「魔物を操れる魔族ほどじゃありません。しかし、いい取引ができました。魔物を呼び寄せる香とはね。これからも魔族とは懇意にしておくべきでしょう。金で取引できるなら魔族だってお得意さまですから」
「やっぱりおっかない人じゃないですか」
男たちの足音が離れていく。
その後、完全に何も聞こえなくなってから、子供のすすり泣く声が聞こえ、最後に「殺してやる」と怨嗟がこもった小さな声が聞こえた。
事情はスキルから聞いていたけど、それをこれで聞くとはね。
意外と冷静なのは他の皆が怒っているからだろう。
たとえ怒りがあっても、他人がそれ以上に怒っているとこちらは冷静になるな。
無理だろうけど、少しでも冷静になってもらうために質問しておこう。
「キールという名前に心当たりは?」
「儂の二番目の息子じゃ……!」
それしかないよな。
スキルも後継者争いで亡くなったとか言ってたから、そのときのものだろう。
しかし困った。
この件に魔族が絡んでる。
数年前らしいが魔族と取引をしていたようだ。
おそらく今もしているんだろう。
「あ、あの、会長。お嬢様――メリル様が部屋に引きこもっているのはキール様を恐れてのことでは……」
ジオの言葉にベルスキアが目を見開くと「そういうことか!」と大声を出した。
「事故以来、あの子は思考が幼くなり、部屋から出ようとせん。それに食事も選り好みするようになった……わがままではなく、全部、キールに怯えてのことか!」
「車椅子を使っているのも後継者にならないための対策なのでは?」
「……ありえる。精神的なものかと思っておったが、キールに目を付けられんようにしておるのか……! 事故の前に類まれなる商才をみせておったあの子が無能を演じるしかなかったとは……!」
蚊帳の外だけど、一つだけ分かった。お孫さんの名前はメリル。
SSR車椅子の復讐者メリルか。
ベルスキアの孫とはプロフィールに書かれていなかったと思う。
でも、両親を殺された復讐に荒稼ぎをしているとか書かれていたか?
……そうだ、ベルスキアと魔族を憎んでいるとも書かれていたはずだ。
おそらくゲーム上では六代目ベルスキアはキールということになって、それで恨んでいるってことだろう。
少しだけ落ち着いたのか、ベルスキアはこちらを見て頭を下げた。
「クロス殿、パンドラ殿、そしてストロム殿にアウロラ殿、今回の件、大変感謝する。だが、謝礼に関してはもう少し待っていただきたい。先にやらねばならぬことができてしまった」
「ああ、いえ、心中お察しします」
謝礼はどうでもいいが、ここで終わったら意味がない。
ベータを取り戻すためにどうするべきだろう?
そう思ったらアウロラさんが身を乗り出した。
「一つよろしいでしょうか?」
「アウロラ殿? なんでしょうかな?」
「私とクロスさんは魔族です」
「ちょ、アウロラさん!?」
「魔族じゃと……?」
「黙っているつもりでしたが、先ほどの内容を聞いた以上、お伝えせねばならないと思いました」
魔族が絡んでいるからな。
でも、言う必要があったか?
ベルスキアもなんだかこっちを睨んでいるし。
「私達は決してこの件に関わっていないと誓えます。ですが、それとは関係なく魔族に対してお怒りだと思います」
「……うむ、いや、確かに魔族に対する怒りはあるが、あなた方をどうこうとは思ってはおらぬ。先ほども言った通り、指輪の件や、このことが分かっただけでも感謝しきれん」
「そう言ってもらえたら助かります。そこで提案があるのですが」
「提案じゃと?」
「私達をメリルさんの護衛として雇いませんか? おそらく、今回分かったことを糾弾すれば相手は実力行使に出るでしょう。私達がいればメリルさんは安全かと」
「魔族を護衛に、か……」
「こちらの情報を全て教えます。そこから判断を」
交渉というよりも腹を割ってお願いするという形なんだろうな。
それはアウロラさんの得意技だ。相手の説得に何も隠さないスタイル。
どうかとは思うけどベルスキアなら通じるか?
アウロラさんはベルスキアとこの場にいる全員にこちらの状況を伝えた。
「なるほど。アウロラ殿達は、そのベータという子を取り戻しに来たと」
「はい、ベルスキアの後継者の一人がベータを捕らえているという情報を得ました」
「そこで儂の関心を引きたかったということじゃな。そして儂が後継者に推したいメリルを支持して、妨害する者をあぶりだそうと」
「はい。武力行使なら必ずベータさんを投入しますので、それを奪い返す、そういう計画でした。ただ、魔族が関わっている事件があったと判明しましたので」
「ふうむ……」
判明したことは偶然だろうけど、本当に偶然か?
スキルは魔族が絡んでいたことを知っていたんじゃ?
『もちろん知ってました』
『お前ね』
『ですが、さすがに指輪の方は知りませんよ。私は神じゃありませんので』
『でも、残滓だろうが』
『本物と残滓では月とすっぽんなんです』
そんなたとえでいいのか。
でも、指輪を持ってくるかどうかはベルスキアの都合だった。
さすがにそれはスキルでも読めなかっただろう。
いや、待て。そもそもパンドラがどういう性能だったのかは知っていたはずだ。
アーティファクトを直せると分かれば、こうなることも分かったはずでは?
『私をずいぶんと買ってくれていますが違いますよ。疑り深いですね』
『最近、俺を利用しようとする人が多くてね』
『困った人が多いですね』
『お前が筆頭なんだよ』
スキルとそんな会話をしていると、アウロラさんがさらに身を乗り出していた。
「魔族である私やクロスさんを信じるのは難しいかもしれません。ですが、こちらにはエルフの大賢者と言われるメイガスさんやストロムさん、それにかなりの強さを持つ元騎士や東国の陰陽師がおります。護衛はいると思いますが、キールの息がかかっている可能性があるなら、私達を雇う方が安心できるのではないでしょうか」
ベルスキアは考え込んでいたが、ほんの数秒で頷いた。
「アウロラ殿の意見、もっともであろうな。もしアウロラ殿たちがキールの手の物であれば、この音を再生することもなかったはず。なら信用に値するだろう」
「私から言った話ではありますが、簡単に信用しても良いのですか?」
「アウロラ殿の表情、言葉、どれも信じられると思った。これは商人として培ってきたものじゃ。もしそれで裏切られたのなら、それは儂が商人として大したことがなかったと言うだけにすぎぬ」
人を見るのが商売だからな。
信頼関係を結べるかどうかというのは商人として大事なことだろう。
ベルスキアは頷くとジオの方へ視線を向けた。
「ジオ、すまぬがしばらく仕事を中断し、アウロラ殿たちの世話をしてほしい」
「わ、私でよろしいのですか?」
「叩き上げの店長でどこの派閥にも属さず独立を目指していると聞いておる。今時古いタイプの商人だが同じ商人としてお主のことは信頼できる」
ジオは感動しているようで、目を潤ませている。
目上の大商人から同じ商人とか言われたら嬉しいよな。
「どうか今だけは私や孫を助けて欲しい」
「は、はい、もちろんです!」
「よろしく頼む。まずはアウロラ殿たちがここで寝泊まりできる部屋を用意してもらいたい。一部だが儂の代行権限のあるエンブレムを渡そう。それを使って対応してくれ。完全には無理だろうが、可能な限りキールには知られるな」
「はい! 注意して対応いたします!」
なんだかトントン拍子で進んだな。
俺っていらなかったような……?
「では、一度メリルに会ってもらえぬか? あの子は癇癪が激しく、儂以外に会おうとはせぬ。だが、おそらくそれは演技。信頼できる新しい護衛として紹介したい」
魔族嫌いの情報があるんだけど大丈夫かな……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます