第62話 修理と商会長

 翌日、俺、アウロラさん、ストロムさん、そしてパンドラの四人でベルスキア商会のショッピングモールにやってきた。


 珍しいアーティファクトを見つければ商会長に会える可能性がある。

 商会長に会うことが目的ではなく、その孫に味方して商会と懇意になるためだ。

 その一環で後継者候補の一人である誰かからベータを取り戻す。


 スキルによれば孫が後継者となれば確実に武力を行使して邪魔するとのこと。

 ベータも投入されるはずなので、そこで精神支配を解けばいいとか。


 色々と面倒ではあるが、こちらから武力行使をするのはまずい。

 俺やアウロラさんだけじゃなく、メイガスさん絡みだからな。

 それに東国へも行くからここでこちらからもめ事を起こすと東国で警戒される。

 最悪、港から東国へ向かえない。


 戦闘自体は問題ないが、孫を後継者にする方法を考えないといけないな。


 そんなわけで朝早くから指輪を買った店にやってきた。

 開店準備がちょうど終わったようで、昨日と同じ店員がこちらに気付く。


「貴方は昨日の……壊れている前提の物ですので返品は受け付けませんよ?」

「いえいえ、そういうわけではなくて、アーティファクトを見つけたので見てもらいたいのですが」

「ええ? 本当ですか?」

「本当です。こちら、ストロムさんと言いますが、それを保証してくれますので」


 店員がストロムさんをの方を見ると、「ああ」と声を漏らす。


「ラッキーラビリンスのご主人ですよね? 以前アーティファクトを売りに来た」

「覚えていてくれたんだ? 確かに何年か前に売りに来たよ」


 客商売はお客さんの顔を覚えるのも仕事だと言うけど、よく覚えられるな。

 ストロムさんを知っているおかげか、昨日より警戒が減ったようだ。


「では、見つけたものを見せてもらえますか?」

「この子です」

「自律型狭域殲滅兵器パンドラです。投げキッスは値段の向上に入りますか?」


 店員が首を傾げてから、俺、アウロラさん、ストロムさんと視線を順番に移す。


「えっと……ストロムさん?」

「古代迷宮でこの子を見つけたんだけど、ベルスキアさんに見てもらえる?」

「え? このメイドですか?」

「そうだけど」

「冗談ですよね?」

「私もそう思いたいんだけど本当のことなのよね。昨日の会話は夢のようだった……というか寝てない」


 ストロムさんの目には隈がある。

 パンドラと徹夜で話をしていたのだろう。


 店員は困った顔をして俺たち全員を見た。


「いくらストロムさんでもこれは営業妨害ですよ?」

「本当のことなんだってば」

「しかしですね……」

「なら私が古代兵器だと証明できれば問題ないですか? 武力行使も厭わない」

「待て待て、ここで変なことするのはなしだ」

「命令を確認。なら、そこにある武器――今でいうアーティファクトを直すのはどうでしょう? 有能アピールはお任せを」


 パンドラは銀貨一枚で売っている壊れたアーティファクトを指してそう言った。


「え? 直せるのか?」

「はい。お茶の子さいさい」

「アーティファクトを直せる? それができるのは古代人くらいでしょうに……分かりました。どれか一つでも直せたら認めますよ。直せなかったら金貨一枚以上の商品を何か買ってくださいね」


 なかなかの商魂だ。

 でも、パンドラは本当にできるのか?


 パンドラはすぐに一つを手に取った。

 黒い20cmくらい筒状のアーティファクトだ。

 リレーとかに使うバトンみたいだな。


「これを直します。度肝抜くといい」

「確かにそれは魔力が通らない壊れたアーティファクトですが――」

「ウィィィィン」


 パンドラが口でそう言うと、目から光が出てアーティファクトを照らした。

 線上の青い光が筒状のアーティファクトを右に左にと移動しながら照らす。


「スキャン開始……サーキット破損、エネルギー変換コア破損。修理まで90秒」


 パンドラは右手を開いてアーティファクトを載せていたが、指先から糸のような物が飛び出して黒い筒に巻き付いた。

 俺も含めて全員が驚く。


 糸に包まれたアーティファクトは小さな光が点滅し、キシキシと音が鳴る。

 そして90秒経ったのか、糸のようなものはパンドラの指先に戻った。


 え? これで直ったのか?


「修理が完了しました。火炎放射器タイプの中距離武器ドラゴンブレスです。人に向けて使ってはいけません」

「……はい?」

「直しました。魔力を込めると炎が出ます。取扱注意」


 全員が混乱している中、ストロムさんが興奮気味に手をあげた。


「アーティファクトを試せる部屋とかありますよね!?」

「え、あ、はい……こちらです」


 店員は考えがまとまらい感じであったが、店内にある部屋に案内してくれた。

 十畳くらいの部屋で奥には木製の人形が立った状態で置かれている。


「一応、あれを的にしてもらえますか……?」

「なら使います。目に焼き付けるといい」


 なぜか疑問形でいう店員だが、気持ちは分かる。

 パンドラが黒い筒の少し膨らんでいる方を人形に向ける。

 そして魔力を通すと、黒い筒から炎が放射されて人形を燃やした。


「あっつ!」


 思っていたよりも炎がでかい。まさにドラゴンブレス。

 でも部屋が狭いから熱い。


「いまいちですね。もっと出力を上げましょう。燃え尽きるがいい」

「やめろ」

「命令を確認。やめます。でも、ちょっぴり不満」


 とりあえず、店員が驚いているから上手くいったはずだ。

 パンドラって思ったよりも高性能だな。

 そうだ、今のうちに壊れたアーティファクトを買いだめしておこうかな。




 店員はやや放心気味だったが、VIPしか入れないような部屋に案内してくれた。


 調度品からなにから高級品で壊したらどうしようという考えしか浮かばない。

 座っているソファはいい感じだが、なんとも落ち着かない部屋だ。

 それにお茶もお茶菓子も高級品に思える。

 こんなの食べたら胃がびっくりしそう。


 しばらくすると、あごひげが長い白髪の老人が店員とやってきた。

 間違いない。老人が五代目ベルスキアだ。


 立ち上がって頭を下げる。


「初めまして、クロスと申します。この度はお忙しいところ――」

「いや、堅苦しい挨拶は不要じゃ。儂はベルスキア。なかなか面白いものを持ち込んだと聞いておる」


 ベルスキアはそういうと、ローテーブルを挟んで正面のソファに座った。

 アウロラさんとストロムさんも名乗って挨拶する。


 その後、店員が出て行こうとすると、ベルスキアはそれを止めた。


「ジオだったな。概要は聞いているが、お主は残ってくれ」

「は、はい! あ、あの、会長、私の名前をご存じで……?」

「当然だ。お主は商人としての目利きは良いそうじゃな」


 店員の名前はジオか。

 SRにそんなキャラがいたような気がする。

 ドロップアイテムがちょっと良くなるとかそんなスキルがあったような?


 そのジオはベルスキアの言葉に感動しているようだ。

 昨日は店員だって会えないって言ってたのに名前を憶えてもらえているし、評価もされているからな。そりゃ嬉しいに決まってる。


「身内の話ですまぬ。さて、本題だが、一応、ジオから大体の話は聞いておる」


 そう言ってからパンドラの方を見つめた。


「人型のアーティファクト。それが本当なら歴史に名が残るような大発見じゃな」

「そうですよね! 考古学の研究者だって欲しがりますよ!」

「まあ、待ちたまえ、ストロム殿。儂もまだ半信半疑なので、どういう状況で見つけたのかなどを詳しく聞きたいと思ったのじゃ。話だけでも謝礼は出そう。まずは詳しく説明してくれぬか?」


 なんというか、好奇心旺盛なおじいちゃんという感じだな。

 いまのところ大商人のような貫禄はない。

 でも、これが商人として成功している秘訣なのかもしれない。

 いつの間にか懐に入られて、情報もお金も取られるとか困るんだけど。


 テンション高めのストロムさんが色々説明してくれた。

 俺は余計なことを言わないように注意しよう。

 でも、最終的にはベルスキアの興味を引かないといけない。

 それもお孫さんのことで。いつ言い出すかだな。


「――なるほど。ガラクタだと思われていた指輪がそのエレベーターとやらを動かす鍵じゃったと」

「古代迷宮は上層、中層、下層と別れていて、エレベーターでなければ移動できないんです。また中層に行きたい……!」

「その鍵とやらを見せてもらっても?」


 アウロラさんは自分の右手をベルスキアの方へ出す。

 指輪を外すようなことはしないようだ。


 ベルスキアは眼鏡を取り出すと、それをかけて指輪を見つめる。


「アーティファクトではあるが、魔力を通しても反応しなかった。ジオ、それは間違いないか?」

「は、はい。以前から魔力を通しても動かないものはいくつかありまして、これも同じ類かと判断しております」

「当然の評価だな。アーティファクトの起動に場所が関係するという考えはなかった。魔力が通らない壊れたものと同様に考えてしまったが……動かなくとも魔力が通るものは確保しておくべきじゃろう」


 ベルスキアは手元の鐘をならすと、すぐに男がやってきた。

 おそらく秘書のような人だろう。

 そして何かの指示を出すと、秘書は頭を下げて部屋を出て行った。


 そしてベルスキアはこちらに笑顔を向ける。


「この話だけでも大変有意義じゃが、そちらのお嬢さんは壊れたアーティファクトを直せるとか?」

「物によりますが直せます。ハイスペックメイド兵器なので」

「ふむ、この黒い筒を直したとか……ジオ、これは間違いなく壊れていたのじゃな」

「はい、こちらは必要になるかと思って用意しておいた製品情報になります」


 ジオは懐から紙を取り出してベルスキアに渡した。

 それを少し眺めていたベルスキアは大きく息を吐く。


「間違いないようじゃな……一ついいかね?」


 ベルスキアは小さなケースを懐から取り出してテーブルの上に置く。

 開けると中には指輪が入っていた。

 赤い宝石が目立つ指輪だ。


「これは昔手に入れたアーティファクトで妻に贈った指輪だ。妻は亡くなる前に指輪を息子の嫁に贈ったのだが……壊れてしまった。試すようで申し訳ないが、これを直せるかね? もちろん直してくれたらそれなりの謝礼もさせていただく」


 パンドラはその指輪を見ると首を傾げる。


「それは壊れていません。新品同様」

「そんなはずはない。これは音楽を奏でるアーティファクトだ。だが、今は魔力が通らず、音楽が流れない」

「違います。それは録音機です。ちなみに私にもその機能があります。優秀なので」

「録音機……?」

「音を記憶して再生できるという物です。魔力が通らないのは魔力が限界まで充填されているからです。デザートは別腹理論は通じません」


 ベルスキアが困惑していると、パンドラがその指輪を手に取った。

 赤い宝石が埋め込まれた指輪だが、パンドラがその宝石を人差し指で不規則になぞると、カチッっと音が鳴る。

 そしてまた不規則に動かすと今度は音楽が流れた。


「おお……! 間違いない、この曲だ……!」


 指輪から流れてくる音楽を聴いたベルスキアが嬉しそうに目を潤ませた。

 おそらく奥さんとの思い出の音楽なのだろう。

 でも、使い方を知らなかったというなら古代魔法王国時代の音楽なんだろうな。


「動かし方を知らないようなので説明書を書いておきます。ヘビロテするといい」


 パンドラはジオに紙とペンを要求すると、ものすごい速さで紙に扱い方を書く。

 それだけで普通の人間とは思えない。

 最初からこれをすれば証明できたのでは……?


 そのパンドラがピタリと止まった。


「ここ数年で何かが録音された形跡がありましたが、本当に使い方を知らないのですか? さては私へのテスト?」

「何かが録音された……?」


 ベルスキアが訝し気な顔になると、パンドラはまた指輪の宝石部分を動かす。


 今度は音楽ではなく、何か緊迫した状況と誰かの声が再生された。

 状況からすると魔物に襲われて逃げようとしている……?

 まさかこれってベルスキアの息子さん達が魔物に襲われたときのものか?

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