第66話 檻
下の階から怒声が聞こえる。
メリルが調べた限りでは人数は百人弱。基本的に冒険者崩れでそこまで強くない。
強いとすれば目の前にいる暗殺者だけだろう。
だが、あくまでも一般人として強いだけだ。
名前は知らないが少なくともURやSSRのキャラじゃない。
それでも俺よりは強いかもしれないけど。
「メイガスさん、アイツをお願いしてもいいですか?」
「やっと出番かしらー? 黙ってるのって大変よねー?」
「アルファはかくれんぼが得意だからまだまだいける」
メイガスさんとアルファが姿を現すと、この場にいるほぼ全員が驚ている。
暗殺者も驚いていたが、舌打ちすると何かを円卓の上に投げた。
『無効化してくれ』
『不要です。すでにメイガスが対応しました』
『え?』
放り投げられた黒い球が爆発。
白い煙が噴き出たが、丸い何かに囲まれているのか、煙が広がることはなく、煙で覆われた白い球のようになった。
「結界の中に閉じ込めたわよー。こういう危ない物は亜空間に封印ね」
メイガスさんがのんびりとそう言った。
結界に閉じ込められたと思われる白い球は円卓に沈むように消えてしまった。
おそらく煙幕用の球だったのだろう。もしかしたら毒性のあるものかもしれない。
それが無くなったのなら安心だな。
メイガスさんの魔法に全員が驚いているが、一番驚いているのは暗殺者だ。
まさかそんな手段で封じるとは思っていなかったのだろう。
「逃げますぜ」
「お、おい!」
暗殺者はキールを抱えて会議室を出て行った。
敵わないと見て逃げるとはやるね。
でも、そうはいかない。
「メイガスさん、大丈夫なんですよね?」
「窓や扉は全部魔法でロックしてあるわー。私以上の魔法使いなら解除できるけど」
「そんな人はいませんよ」
「クロスちゃんならやれそうだけど?」
「できませんから俺を閉じ込めて尋問とかしないでくださいね」
「お姉さん、残念。それじゃベータちゃんを探しましょう。アルファちゃん、大体の位置は分かるかしら?」
「うん。こっち」
アルファが歩き出すとメイガスさんもそれについていく。
俺も行こう。ベータの精神支配を解けるのは俺だけだ。
もしかしたらメイガスさんでも解ける可能性はあるが、戦闘に集中してもらおう。
「俺も行きます。アウロラさん、ここで皆さんを守ってください。キールたちが戻ってこないとも限りませんので」
「分かりました。こちらはお任せください」
「パンドラはメリルを頼む」
「命令を確認。メリルの枝毛を切って完璧に仕上げます」
「そういう頼むじゃない」
護衛だとは分かってくれているようだが大丈夫だろうか。
本当に命令を理解したのか不安だが、アウロラさんがいるし大丈夫だろう。
二人を残して部屋を出た。
あとはベータを取り戻してから殲滅だ。殺しはしないけど。
ショッピングモールは全四階。
一、二階は店舗で、三階は商談部屋がいくつかあり、四階が親族用の会議室や居住部分があるエリアだ。
キール達はどこへ逃げたのか廊下には姿がない。
「外にいた人たちは全部入ったみたいね、それじゃ入り口を閉めちゃいましょう」
メイガスさんは千里眼の魔法を使っているのだろう。
このショッピングモールはメイガスさんが作った檻のようなものだ。
「私の目だとベータちゃんは見えないけど、ここにいるのよね?」
「うん。メイガス様、こっち」
アルファは特に迷うことなく廊下を歩く。
しばらく進むと、下の階から激しい戦闘音が聞こえた。
そして悲鳴も。
「何人生き残れるかしらねー?」
「いやいや、殺しちゃだめですってば」
「そうだったわね。皆が手加減してくれるといいんだけど」
「メイガスさんも手加減してくださいよ?」
「ベータちゃんの状況によるわね。大事に扱ってくれていたら助けてもいいけど」
丁重に扱っておいてくれよ。
下手なことをしていたら、ショッピングモールが地獄になるぞ。
二階への階段を降りたところでアルファが「すぐそこ」と言って駆け出した。
すぐ近くにいるのだろうが慌てすぎだ。
俺も慌てて追いかける。
アルファと一緒に廊下を曲がったところでクロスボウを構えた奴らが隊列を組んでいた。そして一斉にクロスボウを放つ。
「アルファ!」
すぐさま身体向上の魔法を再起動してアルファを抱きかかえる。
そして相手に背中を向けた。
『矢を弾いてくれ!』
『一本、金貨一枚で弾きます』
高いとは思ったが仕方ない。
直後、背中に矢が当たったような衝撃を受けた。
でも、痛くはないし刺さらない。
一回一回の衝撃で金貨一枚ってかなり厳しいんだが。
「アルファ、飛び出したらダメだろ」
「ごめんなさい。クロスお兄ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫だ。このまま廊下の曲がり角まで戻るから大人しくしてるんだぞ」
アルファは申し訳なさそうに頷いた。
そんなアルファを抱きかかえながらゆっくりと歩いて戻る。
ようやく戻ると曲がり角にいたメイガスさんまで申し訳なさそうな顔をしていた。
「アルファちゃんがごめんなさいね。二人とも怪我はない?」
「俺は大丈夫です。アルファは大丈夫か?」
「うん、平気。でも、なんでクロスお兄ちゃんは大丈夫なの?」
「魔族だから」
魔族ってだけで耐えられるわけじゃないけど、そう言っておこう。
なのにメイガスさんとアルファは俺をじっと見ている。
「ベータちゃんががいるのに? 威力が上がっているはずだけど本当に大丈夫?」
「あー、そういうことですか。まあ、大丈夫ですよ」
矢を一本弾くのに金貨一枚って高すぎると思ったんだけどベータのスキルで物理攻撃の威力が上がってんのか。
『ぼったくりなんかしませんから安心してください』
『はいはい、信用してるよ。しばらく継続してくれ。これから突っ込むから』
『サービスで教えますが、ベータはあの隊列の後方にいます。一気に駆け抜ける方がいいでしょうね』
『その情報はありがたいね』
木刀を構えてからメイガスさんに視線を送る。
「突っ込みますので、向こうが俺に気を取られている間に何人か倒してください」
「そんなことしなくてもここからマジックアローで撃ち抜くわよ?」
「自動追尾ってメイガスさんが直接見ていないとだめなのでは? それに結界を張りながらじゃ撃てませんよね? ベータに当たる可能性があるなら却下です」
「……もー、いつの間にお姉さんの魔法を解析したのよ」
「まあ、色々あって」
この辺りの情報はゲームでも分からないから、念のためにスキルに聞いておいた。
あとで四天王達の情報も確認しておこう。
「俺が突っ込んでベータを保護しますけど、その後は任せます」
「精神支配はどうするの? 暴れたりしないかしら?」
「すぐに解除しますので」
「できるのは知ってたけど、この場でできちゃうのね……お姉さん、どうやって恩を返したらいいかしら?」
「アウロラさんが魔王になったとき、俺を大魔王にしない派になってください」
「むしろエルフの禁呪でハイエルフになってもらおうかしら……?」
「それはお礼にならないですからね?」
ストロムさんが言ってた寿命を延ばすってそれじゃないよな?
さて、向こうは少しずつ距離を詰めているようだし、話している場合じゃない。
ここを突破されたら三階まで行けるだろうし、そうなるのと面倒だ。
一度深呼吸をしてから、身体強化の魔法を再起動。
すぐに曲がり角を飛び出して、隊列の方へ突っ込んだ。
直後に矢が俺の方へ放たれる。
魔法のおかげでスローモーションに見えるが、それは俺の動きにも言えること。
可能な限り木刀で弾くが、それでも防御が間に合わずに当たる。
一本、金貨一枚か。悲しすぎる。
とはいえ、相手には衝撃を与えているようだ。
ベータによる物理攻撃向上がある状態なのに俺に当たっても無傷。
そんな俺が隊列に突っ込んでくるものだから、全員が驚いた顔をしている。
ありがたいことに天井は高い。
隊列を飛び越えるようにジャンプした。
後ろにベータがいるのが見える。
……車輪がついた移動式の檻に入れやがったか。
おそらく精神支配が切れたときの対策だろう。
それなりに大きな檻だが、あんなところに閉じ込めるなんて。
まあいいさ。
お前らも自分からショッピングモールという檻に入ってきた獲物だ。
俺は見逃してやるけど、ただで済まないと思うぞ。
『あの檻を木刀で斬りたいんだけど』
『金貨十枚で』
『払う』
『どうぞ。如何様にでも斬ってください』
飛びながら木刀を上段に構え、着地すると同時に檻を木刀で斬る。
そして上下左右、がむしゃらに斬り付けた。
ミスリルの檻だぞとか驚きの声が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。
すぐに檻をバラバラにして中にいるベータを抱きかかえた。
『精神支配の解除をしてくれ』
『この精神支配なら金貨五枚で』
『もちろん払う』
『解けました』
ベータの目に生気が戻る。
でも、俺を見てぼーっとしているみたいだ。
「俺はクロス。メイガスさんとは友達だ。メイガスさんもアルファもすぐそこにいるから少し待ってくれ」
ベータは特に何も言わず、頷いてから俺にしがみつく。
「保護しました!」
全員が俺の方を見ていたのだろう。
つまり、メイガスさんに背中を向けていたわけだ。
次の瞬間に悲鳴が上がった。
全員の両手両足を撃ち抜く魔法の矢。
メイガスさんのマジックアローがクロスボウを持っていた奴らに突き刺さった。
この魔法の矢、物理的な攻撃じゃなくて疑似的な物なんだよな。
血は出ていないけど、実際に矢が突き刺さったのと同じくらい痛いらしい。
しかも刺さっている間は痛みが持続するとか。怖いね。
「感謝しなさいよー? クロスちゃんのおかげで死なずに済んだんだから」
メイガスさんが微笑みながらそう言っている。
死んではいないけど、死ぬほど痛いんだし、相当怒っているのだろう。
さて、ベータは取り返した。
他の皆にも本気を出していいと伝えないとな。
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