第152話 聖剣と神刀

 ホクトさんに連れられて、ヴォルトを閉じ込めている場所までやってきた。


 以前、カゲツが閉じ込められていたような場所ではないようだ。それなりに待遇は良かったようで、牢屋ではなく強固な結界が張られた離れに閉じ込められている。


 個人的には落ち着く場所だが、ヴォルトはどうだろう。寝るときくらいしか靴を脱ぐ文化がないところで育っているし、居心地が悪いかもしれない。


 ホクトさんは結界を解くと、ワラジを脱いで家にあがった。俺もそれに続くが、サンディアが靴のままあがろうとしたので、そのあたりを説明しておく。


 サンディアは「あー、だから狸亭で怒られたのかー」とすでにやらかしている感じだった。そして犬の精霊の足をタオルで拭いてから家にあがり、待っていたホクトさんのあとを歩く。


 ヴォルトがいる部屋の前までやってきた。


「ヴォルトとやら、クロスと妹殿、それにお犬様を連れてきた」


 ホクトさんはそう言うとふすまを開ける。


 部屋の中ではヴォルトが居心地悪そうに座っていたが、俺の顔を見て驚いたようだ。だが、すぐに立ち上がってニヤリと笑った。


「サンディアが連絡してくれたんだな。いやー、参ったぜ」

「参ったのはこっちだ。なんで聖剣に神刀を折らせたんだよ。お前、保護者だろ」

「いや、それがいきなりだったんだよ。アイツ、自分で動けんのかってくらいの勢いで折っちまってな」


 どうやら聖剣が神刀を折ったのは間違いないようだ。ヴォルトたちが聖剣に罪を擦り付けるような真似なんかしないとは思っていたが、これで間違いなくやらかしたのは聖剣だ。なら本人に事情を確認しないとな。


「ホクトさん、次は聖剣がいるところに案内してほしいのですが」

「うむ、あの剣は神刀を祀ってあった場所にある。ヴォルトとやらも付いてくるといい。あれはお主しか動かせんからな。じゃが、次に何かしでかしたら大変なことになるぞ」

「もちろんしねぇって。ここはいい場所だが、酒が出ないからな!」


 そう言ってヴォルトは笑う。イケメンなのに笑い方がワイルドだ。


 三年ぶりだが、コイツは変わってないな。聖剣の事情が判明して無罪放免となったら、今夜にでも酒を飲みながら情報交換をするか。


 ホクトさんに連れられて今度は聖剣を封印している場所へと移動する。


 以前も行ったことがあるが、神刀が祀られていた場所は本殿だ。拝殿のさらに奥に本殿があるので、そこに聖剣を封印しているということなのだろう。


 すでにホクトさんの怒りは収まっているようだが、さてどうしたものか……こういう時はスキルに頼るしかないな。


『神刀って直せるか?』

『直せなくはないですが、お金がかかりますね』

『どれくらい?』

『金貨一億枚くらいです』

『たっか。保留だな。ところで聖剣はなんで神刀を折ったか分かる?』

『今の状況ならお金を取らずに説明できますね。簡単に言えば、聖剣は神の残滓を吸収してパワーアップできるんです』

『パワーアップ?』

『聖剣とは元々そういうものでして、神の残滓を吸収できるように二番目の神が作ったものです』

『そうなのか』

『世界中の神の残滓を吸収して最強の聖剣になる――それが王道だと二番目の神は言ってましたね。そこにロマンがあるらしいです。私にはよく分かりませんが』

『俺は分からないでもないけど、二番目の神ってゲーム好きなのか?』


 俺と同じ世界から落ちてきた魂だ。RPGとかファンタジー系の物語が好きだったんだろうな。それとも設定厨だったのか。それはそうと、別のことが気になる。


『聖剣は魔王――バランサーを倒せるんだよな? もしかしてすべての残滓を吸収しないと勝てないのか?』

『いえ、そういう設定ではないですね。聖剣は何も吸収しなくてもバランサーを倒せますよ。残滓を吸収して強くなるのは、やりこみ要素だと得意げに言ってました』

『RPGでレベルを最大まで上げるタイプだったんだろうな。もしくは実績解除を全部やるとか』


 ゲームクリア後のやりこみか。ソシャゲだとそういうのは限界がなくなりすぎて課金勢について行けなくなるけど。


『実際に魔王を倒すかどうかは別にして、聖剣が強くなるのは悪いことではありません。ヴァーミリオンにも有効ですので』

『それは確かに。もっと強くすればヴォルトがヴァーミリオンを倒せるし』

『自分でやると言わないところがクロス様らしいですね』

『確実に勝てる奴がいるならそっちの方がいいだろ』


 素の強さなら勇者であるヴォルトの方が上だ。それに専用装備とも言える聖剣が強くなるなら敵なしだろう。ヴァーミリオンを倒せるなら別に俺じゃなくてもいいし。


 そんな会話をしていたら、本殿に着いたようだ。また靴を脱いで本殿にあがる。


「ここじゃ。今、鎖を外すからちゃんと事情を説明させよ。あと、神刀をなんとかして直すんじゃ。東国の民が動揺するからな」


 ここはヴォルトたちが金貨一億枚を稼いでいることに期待しよう。たしか魔物退治でかなりお金を稼いだとか言っていたし、それくらいあるだろう。金貨はまだ必要だがあと二年くらいはある。大丈夫なはずだ。


 聖剣は畳の上に置かれた台座のようなものに突き刺さっている。そして部屋の天井、その四隅から鎖が伸びていて聖剣に絡まっていた。その鎖には何やらお札が貼ってあり、見た目からするとまさに邪剣だ。闇落ちしてなければいいんだけど。


 そして台座の横には真っ二つに折れた状態の神刀が落ちていた。すごく寂しげだ。以前感じたような背筋がぞわぞわするような感じもない。普通の刀という感じだ。


 ホクトさんが鎖の札をすべて外し、聖剣に巻き付いている鎖も外した。すると、部屋が少し揺れる。この感覚、久しぶりだ。


「だー! 殺す気!? 殺す気なの!? こんなところに鎖で縛って閉じ込めるなんて監禁よ、監禁! せめて見張りにイケメン連れて来い!」

「ホクトさん、また鎖を巻こうとしないでください」

「これが聖剣と言うのは嘘じゃろう? 本当にしゃべるし、どう見ても邪な感じしかせんぞ?」

「完全に同意なんですけど、聖剣なんですよ」

「クロスだ! 助けに来てくれたんだ!? あ、そうだ、アンタ顔を変えられたわよね! イケメンになってイケメンに! 閉じ込められたお姫様を助けに来るのはイケメンって昔から相場が決まってるから! さあ、やり直して!」

「ホクトさん、もう一回鎖で縛ってください。二度と解けない封印でいいので」

「張り切ってやらせてもらおう」

「やめて! その鎖とかお札とかなんか気持ち悪いから!」


 聖剣も三年前と変わってないな。ちょっと寂しくなったと思った感情がすでに吹き飛んだ。さて、とりあえずスキルから事情は聞いているけど、本人の口からなんでそんなことをしたのかを説明してもらわないとホクトさんが納得しないな。


「なんで神刀を折った? これは東国の国宝というか神様みたいなものなんだぞ」

「それがさー、神刀を見てたらこうムラムラしたのよね」

「お前を折るぞ」

「表現を間違えただけだからやめて! なんか、この刀から感じる力を自分の物にした方がいいと思っちゃってさ。むしゃくしゃしてやったわけじゃないけど、後悔はしてないわ!」

「辞世の句はそれでよいのじゃな……! 今、理解した! お主が本物の凶刀じゃったのだな! コイツを火口に放り込む! クロスにも手伝ってもらうぞ!」

「ホクトさん、ちょっと待ってください。俺が神刀をちゃんと直しますから、聖剣を火口に放り込むのは止めてあげてください。気持ち的にはすごく分かるんですけど」


 昔、俺が聖剣に対してやろうとしたことをホクトさんは本気でやろうとしている。しかも近くに火山があるんだよな。凶刀をその火口に放り込んだって聞いたし、冗談でなくなってる。


 いつの間にか全員が俺を見ていた。聖剣を救う為とはいえちょっと先走ったか。


「クロスを疑っているわけではないが本当に直せるのか? 確かにさっきは直せと言ったが、実際には直せないと諦めておったのだが」

「色々と条件はありますけど、たぶん、直せるんじゃないかと……」


 ホクトさんの耳がピコンと立つ。これはかなり期待していると見た。ヴォルトたちがどれくらい稼いでいたのかに期待するしかないな。駄目なら俺が持っているお金で解決してしまおう。

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