第36話 軍議
ダンジョン「ゴブリンのねぐら」にクロス魔王軍の四天王を呼び出した。
さすがに魔国にいるジェラルドさんは呼べないが、遠隔通話用の鏡を利用して出席してもらっている。なので、この場にいるのは、俺、アウロラさん、ヴォルト、フランさん、アルファ、ゴブリンのリーダー、そして聖剣だ。ただ、それ以外にも人がいる。教会所属のアマリリスさんだ。
妹さんは宿で寝たままだが、三人娘にお願いしてみてもらっている。
冒険者の仕事を休ませてしまったが、状況を話したら心よく引き受けてくれた。
あとでビールを奢ろう。
全員が大きなテーブルを囲むように座っていて、俺の言葉を待っているようだ。
深呼吸してから皆を見る。
「急に呼び出してすまない。皆に手伝ってもらいたいことがある」
そう言ってから事情を説明する。
ヴォルトの妹さんの体が一ヶ月後に崩壊――死んでしてしまうこと。
それは無理な力の譲渡が影響していること。
治すには力の譲渡を止めさせること。
その契約書が聖国の教会本部にあること。
そこまで説明してから、皆の顔を見渡す。
「教会本部に乗り込んで、契約書を見つけ出し、すべて破棄する。皆、力を――」
「待ってくれクロス。これは俺が頼むことだ」
ヴォルトはテーブルに両手をつけ、さらに額をつけるほど頭を下げた。
「どうかお願いだ。妹を助けるのに力を貸してくれ」
「ヴォルトさん、頭を上げてください」
「だが、アウロラ、俺は――」
「それでは話ができません。それにこれはクロスさんが提案したこと。クロス魔王軍としてどうするべきか、それを議論する場です。だから頭を上げてください」
ヴォルトはゆっくりと頭を上げた。
そしてアウロラさんに一度軽く頭を下げてからゆっくりと息を吐く。
そんなヴォルトを見てたフランさんが手をあげた。
「クロス、アウロラは議論と言ったけど議論の必要があるのかい?」
「それはどういう意味です?」
「行きたい奴が行けばいいじゃないか。私は行くよ。仲間が困っている時に助けないなんて私の騎士道に反するからね」
フランさんはそうだろうね。
最初は妹さんを探しに魔国へも行こうとしてたし。
魔国は危険だし、少数精鋭である必要があったからさすがに止めたけど。
「私も! 妹ちゃんをこんな目に合わせるなんてぶっ殺してやる!」
「相変わらず聖剣とは思えない言葉だな」
「魔剣でも邪剣でもなってやるつーの! 闇堕ちが怖くて聖剣がやれるかー!」
魔国で妹さんが目を覚まさなかったときも結構心配してたからな。
こんな状況だと分かって教会という組織にかなり怒っているようだ。
勇者にも聖剣にも嫌われている教会ってどうしようもないな。
今度はアルファが手をあげた。
「教会本部へ行くなら私も行く」
「大賢者を助けたいってことか?」
「うん。他の二人は分からないけど、メイガス様は聖国にいるはず。だから行く」
妹さんのためというよりはメイガスのためってことだな。
でも、アルファは森で摘んだ花を持って妹さんのお見舞いをしたと聞いた。
妹さんを良くは知らないだろうけど心配はしているんだろう。
置いていくのもなんだか心配だし、連れて行くしかないだろうな。
「儂も行きたいが、今は魔国でウォルバッグ軍の残党狩りをしているところでな。それに聖国へ最速で向かうとなるとヴァーミリオンの領地を抜けなくてはならん」
「もちろん分かってます。ジェラルドさんには北の山岳地帯の安定に力を注いでくださいと言うつもりでしたので」
「うむ、それは任されよう。ヴォルト殿、すまぬな」
「いや、謝らないでくれ。無理を頼んでいるのはこっちだし、来てくれようと思ってくれただけでもありがたいんだ」
あと二人。
アウロラさんとゴブリンのリーダー。
縁もゆかりもないゴブリンの方は難しいかな。
「えっと、ゴブリンは――」
「ボス、昔、俺に名前がないと不便だと言ってましたよね?」
「そうだけど、今、その話?」
「ええ、バウルという名前にしましたので、今後はそれで呼んでください」
「バウルね。分かった、これからはそう呼ぶよ。それでバウルは――」
「俺たちゴブリンも戦える奴は全員行きます」
「あ、そう? でも、バウルは父親になったばかりだろ? 危険だぞ?」
「そうなんですけどね、いつの間にか俺も四天王になってましたので」
「俺が決めたわけじゃないんだけどね……」
「誰が決めたのかは別にいいんですけど、同じ四天王――仲間を助けなかったなんて息子には言えないんですよ。親としてかっこいいところを見せたいじゃないですか。それに――」
バウルはちらりとアウロラさんの方を見た。
なんのアイコンタクトだ?
「ボスが望んでいるなら俺たちはそれに従うまでです」
「助かるよ。今回も前回と同じように陽動をしてもらうけど、頼むな」
「了解です。派手に暴れてみせますよ。ヴォルトさんもよろしくお願いしやす」
「ああ、こちらこそ。同じ四天王としてよろしく頼む」
さて、最後にアウロラさんだ。
これは魔王代理になるための戦いじゃない。
一緒に行ってくれるとは思うけど、どうだろう。
アウロラさんの方を見ると、不思議そうな顔をされた。
「あの、何か?」
「アウロラさんだけ意思表示をしていないなと思って。どうします?」
「どうするも何も行くに決まっています」
「議論がどうとか言ってませんでした? なにか懸念事項があるのでは?」
「ああ、すみません。クロス魔王軍として誰が行く、行かないの議論ではなく、どうやって教会を潰すかという議論のことだったんですが……」
「それを早く言っておくれよ……」
フランさんがちょっと恥ずかしい状況になってしまった。
行くに決まってるだろ、みたいな啖呵をきったからな。
というか、教会を潰すの?
契約の破棄だけでいいんだけど。
「すみません。でも、フランも私と同じ気持ちだったのは嬉しいです。騎士道ではありませんが、仲間を助けるのは当然です」
「はぁ、もういいよ。ヴォルトも良かったじゃないか。ジェラルドさんは仕方ないけど、皆が助けてくれるってさ」
「ああ、ありがたい話だよ。これだけ手伝ってくれるなら教会相手でも勝てそうだ」
「……やっぱり儂も行きたいんだが」
「いえ、ジェラルドさんはそっちをお願いします。絶対に来ちゃだめですよ」
ジェラルドさんは「ちょっとくらいなら」とか言ってるけど却下した。そっちも大事なんだからしっかりやって欲しい。
そしてヴォルトは目をつぶってもう一度皆に頭を下げた。
「皆、恩にきる!」
よし、これでクロス魔王軍の方針は幹部の全員一致で決まった。
教会に攻め込んで力の譲渡に関する契約をすべて破棄する。
潰すかどうかは分からないけど、さすがにそこまではしない……はず。
ただ、問題というか念のために確認しておきたいことがある。
「アマリリスさん」
「は、はい!」
クロス魔王軍ではなく教会の関係者、生贄の聖女アマリリスさん。
ここに来てもらったのは他でもない。
「俺たちの方針は決まりました。教会関係者として何か意見はありますか?」
全員がアマリリスさんの方を見る。
これは相当なプレシャーだろう。
なにせ妹さんを殺しかけているのが教会で、その関係者なんだ。
ここで殺されたって文句を言える立場じゃない。
少し怯えていた感じのアマリリスさんだが、大きく息を吐くと背筋を伸ばしてしっかりと目を開けた。
「教会関係者として言わせていただきます。教会は人を救うことを目的とした組織です。ですが、今回の件は明らかにそうではありません。一人の少女にすべてを負わせて魔国へ特攻させるなんて行為を神は許さないでしょう」
それはアマリリスさんのことも含まれているのだろうか。
体内に悪魔を封印しているなんて犠牲以外の何物でもない。
アマリリスさんは深呼吸をした。
「これをやった教会の上層部に信仰はないと判断しました。契約書の破棄だけでなく、教会をぶっ潰してくれても構いません!」
聖女様が過激なことを言っている。
聖剣の影響かな?
だが、演技には見えない。これなら信頼してもいい気がする。
「アマリリスさん、そこまで言ってくれるなら頼みたいことがあります」
「はい、なんでしょう?」
「ヴォルトの妹さんを聖国へ連れて行きます。それに同行した上で面倒を見てもらえないでしょうか?」
ヴォルトやフランさんが驚きの表情を見せたが、アマリリスさんも驚いたようだ。
今は落ち着いているけど、妹さんを連れて行くのは危険だと思ったのだろう。
でも、何かあった時のためにそばにいてくれたほうがいい。
俺のスキルは遠隔だとかかる金が増えるときがあるし。
遠隔でお金がかかることは言わないが、そばにいてくれた方が早く対処できると言うと、ヴォルトたちは納得してくれたようだ。
それに聖国へ行くならアマリリスさんがいてくれた方がなにかとやりやすい。
グレッグの方は微妙だからアマリリスさんに頼ろう。
「私は教会関係者ですが、よろしいのですか?」
「関係者ではありますが、アマリリスさんという個人を信用していますので」
……なんでちょっと頬を染めたの?
「そ、そういうことでしたら、が、頑張らせていただきます……」
「決まりですね。それじゃ明日の朝には聖国へ向かいます。作戦は移動中に考えるので、今日は出発の準備を」
全員が声を出すなり、頷くなりしてくれた。
とても頼もしい。
だが、問題もある。
俺に金がないことだ。
ボスなのにこの中で最弱っぽいんだけど、どうしようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます