第159話 大空洞の戦い
大空洞と呼ばれる場所は静まり返っている。ホクトさんが陰陽道という魔法で作り出した光で周囲は明るいが、特に何かがいるようには思えない。ただ、これまでにいた魔物たちもいないところを見ると、ここに何かあるのは間違いない。おそらく魔物たちはここが危険だと分かって寄り付かないのだろう。
コクウの話ではここまで鉱石を掘りに来る鬼はほとんどいないと言う。神刀と凶刀の騒動があったこともあるが、それ以前から何か嫌な感じがするので来ないという感じではあったらしい。
洞窟はテンジクが修行場として選んでいた場所でもあるので、どちらかと言えば鍛錬の場所というイメージが強くなってしまったのもあるとか。バサラやカゲツなんかもここで修行をしたことがあるそうだ。
そんな場所ではあるが、ここでヤマタノオロチの目撃証言がある。コクウの父親であるコウゲツはここで見たとのことだが、それももう三十年以上前の話だ。
「もっと奥に行ってみよう」
コクウの提案に皆が頷く。皆も何かを感じているのかおしゃべりはなくなっている。あの聖剣すら無駄口を叩いていないということは、相当警戒しているということだ。
俺も念のために武器を取り出す。さすがにヤマタノオロチ相手に木刀はない。なので、ちゃんと刃のついた剣を取り出した。これはミナークから貰った古代魔法王国の剣「アルバトロス」。
アルバトロスの和名というか、日本語だとアホウドリだけど気にしない。この剣の特徴は一つだけ。早く振るほど威力が増すという俺向きの剣だ。ゲーム的に言えばAGI、いわゆる敏捷性のステータスが高いほど威力があがる。
ゲームじゃないのでステータスを数値で見ることなんてできないが、身体強化や超絶強化中の俺なら敏捷性も高いはず。ダメージ上限はないはずなので相当な威力になるはずだ。
問題は剣自体がその威力に耐えられるかだ。ゲームと違って絶対に壊れないということはない。最大ダメージで斬りつけたら一回で終わりのような気がする。
貰った当時はそこまで考えが回ってなくて最強の剣を手に入れたぞと喜んだけど、そうでもなかった。
まあ、ヤマタノオロチ相手なら一撃入れるだけでも十分だろう。また後でミナークから別の武器を貰えばいい。
「なにか地面が揺れておらぬか?」
奥へ向かっていると、ホクトさんがそう言って立ち止まる。皆もその場に立ち止まって状況を確認した。
立ったままだと小さな揺れに気づかないこともあるが、それでも分かるくらいには揺れている気がする。
『地面の下から来ます。離れた方がいいです』
「下から来るぞ!」
俺が言い終わった直後に地面が盛り上がり、そこから巨大な蛇の頭が突き出た。
それはともかく皆がいた場所は少し悪い。全員がそれぞれの方向へ躱してバラバラになってしまった。
「みんな無事か!」
「俺は大丈夫だ!」
「儂も平気じゃ!」
「こんなことでやられねぇよ!」
「私達も大丈夫だよー!」
とりあえず全員無事のようだ。バラバラになった時に一番危ないのは俺くらいで皆は何とかなるんだろう。なら俺は自分のことだけに集中だ。
身体強化の魔法を起動して思考速度を上げる。その瞬間に全体がスローモーションに見える。どう考えてもチート級の魔法だ。
それはともかく地面から出てきた蛇の頭は一本。それもかなりでかい。直径五メートルくらいか。ロケットかよと言いたい。しかもそれが一本だし、これが八本もあるのか。
スローモーションだから分かりづらいけど地面はまだ揺れている。残りがこれから飛び出してくるわけだ。モグラたたきの要領で倒したいところだが、それは無理だな。そもそもこれ斬れるか?
「ヴォルト! こいつを斬れるか!?」
「誰に言ってんだ!」
ヴォルトは剣を構えると、不敵な笑みを浮かべながらヤマタノオロチの首に接近し、左足で踏み込みながら斬った。というか叩きつけた。
こんな分厚そうな肉をヴォルトは切り裂いた。直後に血が噴き出し、ヤマタノオロチが暴れる。他の首も痛みを感じたのか地面が大きく揺れた。
蛇に痛覚があるのかどうかは知らないが、このヤマタノオロチは痛みを感じるのだろう。問題は再生能力があるかどうかだ。
……とくに治らないな。さっきから血が噴き出ている。これなら特に燃やしたりせずとも大丈夫そうだ。なら他の首が出てくるまでに可能な限り首を倒そう。
集中攻撃の号令を出すと全員が首へ攻撃を開始した。
ヤマタノオロチの方はでかい首を振り上げて地面に叩きつけている。それに当たるほどではないが、その後の横薙ぎというか高速スイングがヤバい。あんなんで薙ぎ払われたら間違いなく全身骨折だ。
だが、ちょっとおかしい。攻撃対象がサンディアだけでコクウ達には目もくれていないようだけど……?
『サンディアというよりは残滓を取り込んだ聖剣を狙ってますね』
『なんで?』
『神刀が以前ヤマタノオロチを傷つけたので怒っているんでしょう』
『何があったんだとしか言えないが、それなら聖剣をヴォルトに持たせたほうが良かったじゃないか』
『いえ、サンディアなら精霊に乗っていますので回避に優れています。その間に攻撃した方が効率的です』
回避盾的な囮か。仕方ない注意を促そう。
「サンディア! オロチは聖剣を狙ってるみたいだ! 気を付けてくれ!」
「おっけー! 精霊ちゃんに任せておけば攻撃なんて食らわないよ!」
「モテる聖剣ってつらいわー!」
「わんわん!」
サンディアも聖剣も精霊も意外と余裕があるな。サンディアなんて笑顔だし。とはいえ、疲れないわけじゃないだろうし、首はまだ他にもある。時間をかけていたらヤバくなるのは俺たちの方だ。
「他の首が来るまでにまずは一本片付けるぞ!」
俺の言葉に全員が肯定する。
それじゃ俺も攻撃を開始するか。
あれから十分。首への攻撃が痛いのか、それとも他の首が地面から出ようとしているのか、地面の揺れが激しくなってきた。踏ん張りがきかない攻撃だから大ダメージが与えられない。
だが、それは俺だけで、ヴォルトたちはそんな状況でも激しい攻撃を繰り返している。そしてオロチの首は明らかに弱っていた。
最後の叩きつけ攻撃のあと、高速スイングも振り上げも行わずにそのまま地面に首を預けているだけだ。こちらを飲み込もうとしている攻撃はあるが、それを躱すのは簡単だ。
目はサンディアというか聖剣の方に向いているからまだ生きてはいるんだろうけど、そろそろそれも終わりか。
「往生せい!」
ホクトさんがナギナタを上段に構えると、式神の二人も同じようにナギナタを振り上げた。三本のナギナタが光り、三人一緒に振り下ろすと、それが衝撃波のように地面をえぐっていく。
その衝撃波がヤマタノオロチの首を斬り飛ばした。
最初からそれをやってくれとは思ったが、ナギナタに魔力を貯める必要があるんだろうな。それに動き回る首に当てるのは難しいのかも。弱っているところじゃないと無理か。
でも、これでようやく一本。首が生えてくる様子もないし、残りは七本だ。これと同じように一本ずつなら負けることはないと思うが、そろそろ体全体がおでましか?
地鳴りのような音が徐々に大きくなる。直後に最初の首の周辺からヤマタノオロチが飛び出してきた。かなりの馬鹿でかさに怪獣かよと思ったが、そのまんま怪獣だな。
そして蛇なのに表情が分かる。あれはどう考えても憤怒。
酒を飲ませるとか色々考えてはきたけど、そんな余裕はもうない。こうなれば最後までガチで戦闘だ。
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