第99話 ダークエルフ

 グリフォンの縄張りで一泊し、さらに北へ進む。


 ありがたいことにグリフォンたちのおかげで森の移動はかなり楽になった。

 亜人でも魔物でも基本的に縄張り意識が高く、入ってくるものを攻撃する。

 魔王領であるこの森はその傾向が高い。


 でも、それは相手が弱い場合だ。


 基本的に人はスキルや魔法があるので見た目が弱くても強い人がいる。

 オリファスあたりがまさにそれだ。

 今にも倒れそうではあるが間違いなく強い。


 魔物にはそれが分からない場合が多く、弱そうな人間などが縄張りに入ってきたらすぐに襲ってくる。だが、今はグリフォンという見た目からして強そうな魔物がいる。初日とは違って魔物が襲ってこなくなった。


 グリフォンの縄張りを抜けるだけでもかなりの時間を稼げるが、余計な戦闘をしないということでもかなり時間を稼げている。現地調達しようと思っていた食材が木の実程度しか採れないというのはあるけど、これは仕方ないよな。


 そんな想定外のことも起きつつ、移動は順調だ。

 ただ、一部の人は森での移動に慣れていない。

 アマリリスさんと宮廷薬師のスコールあたりは結構きついようだ。


 他のメンバーは問題なさそう。

 妹さんは精霊の犬に運んでもらっているし、アルファたちはアラクネに乗ってる。メイガスさん、スカーレット、オリファスは魔法で浮いているし、メリルの車椅子に関してはメイガスさんが魔法を使って浮かせているから問題ない。


 意外だったのがフランさん達だ。

 そんな鎧をつけて森を歩くのは厳しいかと思ったけど元気いっぱいだ。

 これもフランさんのステータス五倍のスキルが影響しているのかね。


 そんなこんなでアマリリスさんたちに限界が来た。

 それを解決したのがカガミさんだ。


「お手数をおかけします。ええと、カガミさん、ですよね?」

「ええ、カガミです。そちらはアマリリスさんですよね?」

「はい。その、この式神……というのを使って良いのですか?」

「もちろんです。何かあれば言ってください」


 カガミさんは陰陽師として式神を使役できる。

 その式神がアマリリスさんとオリファスを運んでいる状態だ。

 式神は紙でできた人形で、魔法で動く人形のゴーレムと変わらない。


 単純なことしかできないが、女性一人をおぶって動くくらいは問題ないのだろう。

 体力に自信がない女性たちは式神に運んでもらうことになった。

 すでにアマリリスさんとスコールが運ばれているが、この二人くらいか。


 これなら後二日もすれば到着するだろう。




 特に問題もなく、古代迷宮の入り口まであと少しというところまで来た。

 予想通りに二日というか、予想よりも早かったな。

 夜くらいに到着するかと思ったら昼に着いた。


 斥候としてバウルたちに先行してもらったが、戻ってきたようだ。


「入り口にダークエルフとオークがいますね。数は五十くらい、ダークエルフが三で残りがオークです」


 シェラと同じダークエルフか。

 はるか昔、魔王様に忠誠を誓ったエルフたち。

 そのせいで肌は褐色になり、髪の毛は白や銀が多いとか。


 種族的にはダークエルフだが魔族という扱いになっている。

 ヴァーミリオンも吸血鬼だし、アギはライカンスロープだが、魔族という扱いだ。

 そのあたりは忠誠を誓っているかどうかで変わるらしい。


 俺やアウロラさんは生まれたときから魔族だが、他の種族は魔王様に忠誠を誓うことで魔の力を得られたとかなんとか。忠誠を誓っているはずなのに封印されてからは助けようとしない。魔王様が不憫だね。まあ、俺も忠誠なんて誓ってないけど。


 オークは猪に近い頭を持つ亜人だ。

 魔族ではなく、この森にいたどこかの部族だろう。

 シェラがこの領地を任されてから一つ一つ丁寧に支配していったからな。

 といっても任されたのは百年ほど前らしいけど。


 以前、ちょっと前に支配が終わったと言っていた。

 ようやくやりたいことがやれると喜んでいたな。

 でも、アイツがやりたいことって個人的にはよろしくない。


 そもそもシェラの二つ名は「マッドドクター」だし。

 人体実験とか倫理観がないこともたまにやる。

 俺が知らないだけで結構やっている可能性もあるな。


 やばい毒なんかを作っているが、薬も開発しているから重宝されてはいる。

 魔族ってそもそも治癒魔法が苦手というかほとんど使えないから薬が貴重だ。


 ウォルバッグが俺を刺した時に使った毒もシェラが作ったんじゃないのか?

 というか、シェラがウォルバッグに俺を殺させようとした?

 ……考えすぎかな。


 さてどうするか――と思ったけど、皆やる気だな。

 グリフォンのおかげで戦闘が無くなったけど、ストレスは溜まっているのかも。

 ダークエルフの魔法に関しては危険な気はするが……まあ、大丈夫だろう。


「アウロラさん、あの相手は蹴散らしていいですかね?」

「もちろんです。そもそも話し合いなんて通用しませんから」

「そうでした」

「ただ、できれば――」

「分かってますよ。ですがこちらの安全が優先です」

「もちろんです。シェラの側近たちは毒の扱いに長けています。ここはメリルさんが用意してくれたアーティファクトをつけておいてください」


 お金に糸目をつけないというのはすごいね。

 毒や麻痺なんかを無効化するアーティファクトが大量にある。

 これだけで一財産だ。


 シェラを倒すことに関してはメリルが一番やる気だろう。

 それがこの大量のアーティファクトに表れている。

 念のために俺もつけておくか。


 あれ、アウロラさんとメイガスさんが揉めてる?


「アルファさん達は踊らないようにしてください」

「アウロラちゃん、ウチの子達が可愛くないの? お姉さん悲しいわー」

「そうではなく温存したいのです」


 なるほど、アルファたちのオメガブーストは東国くらいでしか知られていない。

 そもそもステータス向上があるなんて事情を知っているのは俺たちだけ。

 ここで使ってバレたりすれば、対策される可能性がある。


「うーん、そういうことなら仕方ないわね。アルファちゃん達もいい?」

「うん、大丈夫。魔国デビューはもっと派手にやる」


 ベータやガンマ、それにアラクネも納得しているようだ。


「それじゃここは私とフランちゃん達とバウルちゃん達でやろうかしらー?」

「殺さないというのは難しいが、闇百合近衛騎士隊はいつでも行けるぞ」

「あっしらは迷宮にはいかないんでここは任せてもらっていいっすかね?」


 こういうのは軍師に聞くのがいいか。

 すぐに決めるよりも相談して信頼しているってアピールは大事だ。


「俺はいいと思うんですけど、アウロラさんはどうです?」

「私もいいと思います。迷宮探索組は力を温存しておきましょう」


 決まってしまえば話は早い。

 ギリギリまで近づいてから戦いを仕掛けた。


 俺は気付かれない位置まで移動して戦いを見守る。

 アウロラさんに怒られたけど、何かあった時のためにもやるべきだろう。


 まずはバウルたちが突撃し、そのあとにフランさん達が突撃した。

 メイガスさんやスカーレットは空からの攻撃だ。

 スカーレットは下手すると味方のスキルを無効化する。

 スキルの範囲は狭い方だけど、離れた位置から攻撃させないとな。


 急に襲われたオークたちは驚いているようで、指示系統が混乱している。

 それに上空からの魔法攻撃もあるから混乱に拍車が掛かっているようだ。


 ……ダークエルフたちが何かを飲んだ?

 緑色の薬が瓶に入っていたようだが、それを一気飲みした。


「ジェットストーム」


 ダークエルフの一人が魔法を使うと、馬鹿でかい竜巻が作られた。


 おいおい、味方であるはずのオークを巻き込んでるぞ。

 しかもメイガスさんの魔法より威力が高そうだ。

 そんなに魔力を感じないんだけど、どういうことだ?


 バウルたちやフランさん達はそこまでダメージを受けているわけではないが、飛ばされないように踏ん張っているためか、その場を動けないようだ。


「アースウォール」


 メイガスさんの声が聞こえると、バウルたちの前に巨大な石の壁が地面から盛り上がるように作られた。ジェットストームによる竜巻を遮るための物だろう。


「ストーンバレット」


 今度は別のダークエルフが石の弾丸を放つ魔法を使った。

 だが弾丸なんてそんな可愛らしい物じゃない。

 どう見ても巨大な岩だ。それにスピードが速すぎる。

 メイガスさんが作った岩の壁を貫きそうな勢いだ。


 メイガスさん並みの魔力なら分かるが、なんでこんな強力な魔法を?

 もしかしてさっきの薬か?

 でも、魔力をあそこまで増やす薬なんてあるのか?

 それに副作用が――あ。


 ジェットストームを使ったダークエルフが膝をついた。

 それに口から血を流して苦しそうにしている。

 それに気づいたもう一人が動揺しているな。


 おそらくあの薬はシェラが作った物だろう。

 どうなるか分かっていた上で渡したか、それとも確認していなかったか。

 まさか死ぬ恐れがある物は渡していないだろうが、戦闘が長引けば危険か。

 敵を助ける理由はないんだが、アウロラさんが嫌がるし、助けておくか。


 二人が薬を飲んで一人は飲んでいない。だから手には薬がある。

 スキルを使えば簡単に薬の情報が分かるが、できるだけ節約しよう。

 戦う必要はない。薬を奪うだけだ。


 身体強化の魔法を使ってダークエルフに近づく。

 いきなり現れた俺に驚いたようだが気付くのが遅かったな。

 それに狙いは薬の方だ。


 木刀で攻撃すると見せかける。

 ダークエルフは腕を交差させて魔法による盾を出そうとした。

 だが、その前に手に持っていた薬瓶を奪う。


 そしてそのまま離脱。

 薬を飲んだ奴の様子だと強力な魔法を使えても長くはもたない。

 それに飲まない奴はそもそもこちらに勝てないはず。


 なら勝つのは時間の問題だな。

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