第54話 商業都市と東国
ベッドから起き上がり、簡単に体を動かす。
とくに痛みもなく、可動域も問題なし。
それに疲れも残ってない。
村に戻って一週間、やはりクマ鍋と温泉のコンボは効く。
睡眠を妨げる聖剣も今はダンジョンにいないし、健康的な生活がおくれた。
……ちょっと体重が増えたかもしれない。
聞こえていないふりをしているが、ギルドでもそんなことをいう子がいる。
スカーレットになんでそんなに食べても大丈夫なのか真剣な顔で聞いていた。
まず間違いなく肥えたのだろう。誰とは言わないが。
どう考えても藪蛇になるので絶対に話題にはしない。
知らないふりをするのが優しさだ。あと保身。
休息をとるという日々だったが、その間も薬草採取はやっていた。
久々の採取だったのでいつもより多くとれたし、レアな薬草も見つけた。
とても懐が潤う。ちゃんと老後の資金を貯めないとな。
教会からお金を奪ったが、あれは軍事費みたいなもので俺の金じゃない。
生活費は生活費でちゃんと稼がないと。贅沢は敵だ。
でも、食生活は以前よりも豊かになったと思う。
カラアゲになる鳥系の魔物がいれば助かるんだけど、残念ながら近くにいない。
代わりにクマ鍋とかイノシシ鍋が多くなった。
アウロラさんと三人娘、あと、メイガスさんたちは森の奥の方まで行って安定して三つ目クマを狩ってくる。さすがに三人娘たちだけで狩れるほどでなはいが、そこそこいい感じになっているらしい。フランさんの指導の効果なんだろうな。
メイガスさんは言わずもがな。そしてアルファはともかく、アラクネが強い。
スカーレットもメイガスさんの指導でそこそこ強くなったらしい。
スキルが発動すると三人娘たちが弱体化するので離れて戦っているらしいが。
指導で思い出したが、ヴォルトは妹さんに戦い方を教えている。
ちょっと見ただけだが、妹さんは普通に強い。
スペックの強さがものを言ってるだけだが、聖剣を持ってるからな。
聖剣でステータス向上している上に、強い精霊もいる。
少なくとも素の俺じゃ勝てないだろう。
そういえばゴブリン達がダンジョンを拡張したいと提案してきた。
ダンジョンが大きくなると警戒されるけど、冒険者は誰も来ないから許可した。
それに今後は防衛が必要になるかもしれない。
さすがに俺を倒すためにこの国へ攻め込むような馬鹿はしないと思う。
そんなことをすれば事情を知らない近隣国が同盟を理由に助けに来る。
そうなれば人間との全面戦争になり、魔国も四天王全員で戦う必要がでてくる。
それを考えると俺だけを始末するというのが一番楽だ。
俺を倒せば北の山岳地帯が丸ごと手に入る可能性もある。
精鋭をここへ送る可能性は十分にあると言えるだろう。
そのための防衛を少し考えた方がいい。
俺が何かしなくても着実に戦力が上がってるな。
たぶん、アウロラさんが裏で色々やっているのだろう。
……やっぱり、俺っていらないんじゃないかな。
さて、たまには役に立つことをアピールしておくか。
本格的にベータとガンマを探そう。
と言ってもスキルに頼るだけだが。
『ベータとガンマがどこにいるのか調べてくれるか?』
『一人金貨一枚、二人で二枚いただきます』
『じゃあ、それで』
『ベータは商業都市ベローシャ、ガンマは東国の千輪という都市ですね』
商業都市と東国か。
ベローシャはともかく東国は船で行くしかないな。
でも、不思議だ。
『なんでそんなところにいるんだ?』
『サービスで教えますけど、ディエスがその二つとも取引していたからですね』
『ああ、そういう』
『ですが、教会の権威が落ちたので返す気はないようです』
『だよね』
おそらく公にはできない裏取引みたいなものだったのだろう。
黙っていればバレない感じのやつだ。
だから返す気がない。
となると力づくで取り返すしかないな。
お金でなんとかなるならそれでもいいんだけど、それは無理か。
アウロラさんとメイガスさんに報告しておこう。
冒険者ギルドの食堂にアウロラさんとメイガスさんを呼んだ。
なのに全員暇なのか、昼間から皆がここにいる。
いないのはゴブリンのバウルくらいだ。
聞かれて困ることじゃないし、そもそもここには関係者しかいない。
普通に話して問題ないだろう。
「調べた結果、ベータは商業都市ベローシャ、ガンマは東国の千輪にいます」
「その二つですか。どちらも癖が強い場所ですね」
「あの子達、元気にしてるかしら……もし怪我でもしてたら……うふふ」
アウロラさんもメイガスさんも俺の情報をまったく疑っていない。
そしてなぜわかるのかも聞かないようだ。
俺が秘密にしていることを分かっているからだろう。
ただ、その目はものすごく知りたそうな感じだけど。
「順番的にはベローシャに行って、そこから船で東国ですかね?」
「地理的にはそれがいいと思います」
「お姉さんも賛成よ。でも、船じゃなくても大丈夫かもしれないわ」
「船じゃない方法?」
「それは行く時のお楽しみよー」
たぶん、俺をびっくりさせたいのだろう。
今までびっくりさせた分の仕返しってところだな。
「なら後は行くメンバーですね。さすがに全員で行く必要はないと――」
この食堂にいる全員が手をあげた。
旅行に行くんじゃないんだけど。
「今回は殴り込みをかけるわけじゃないので何人かは留守番してください」
「私は軍師としていく必要があるかと」
「まあ、そう……かな?」
「ベータちゃんとガンマちゃんのためだから、もちろんお姉さんも行くわよ?」
「それは当然でしょうね」
「私も行く」
「アルファはちょっと心配だけどメイガスさんがいるから大丈夫か」
「アラクネも行く」
「アルファはともかくアラクネはなぁ……」
「分かった。誰を倒せば行っていい?」
「そういう話じゃないから体をゆすってパンチを繰り出さないの」
アラクネには姿を変える魔法を使うとメイガスさんが言っている。
置いていくのも逆に心配だし、姿が大丈夫なら問題はないだろう。
バウルには何も言ってないけど、さすがにゴブリンたちは連れていけない。
向こうは魔国と結構離れているし、そもそも襲う理由がないからな。
今回はお土産を買ってくるということで留守番してもらおう。
問題はヴォルトや妹さん、それにフランさんたちだな。
行きたい理由はそれぞれだが、主に観光が目的のようだ。
さすがにそれで連れて行くのはどうかと思う。
ここは全員却下だ。
妹さんはまだ無理をしない方がいいと言うと、ヴォルトは納得した。
その妹さん本人はかなり粘ったけど、次の機会に、ということで納得してくれた。
聖剣は二人が行かないのでついてこれない。
俺も聖剣を連れて行くためだけにお金を使いたくはないので留守番決定だ。
フランさんはギルドの仕事もあるので、すぐに諦めてくれた。
ただ、三人娘は誰か一人でも、という話になった。
なんでもベローシャで買ってきて欲しいものがあるとか。
それに関してはアウロラさんが買ってくるということで話がついた。
観光じゃないがお土産くらいはなんとかしよう。
スカーレットはそこまで一緒に行きたいわけでもないらしい。
メイガスさんが宿題を出すそうなので、それを留守番しながらやると決まった。
ただ、魔法都市へ行くときは必ず連れて行って欲しいとお願いされた。
今のところその予定はないけど約束だけはしておこう。
なので、行くのは俺、アウロラさん、メイガスさん、アルファ、アラクネだ。
なぜか皆がお土産のリストを書いているんだけど、お土産代渡してくれるよな?
それにしても東国か。
観光じゃないのは分かっているが、ちょっと楽しみだ。
日本酒を探すのもあるけど、あそこには俺の推しキャラがいる。
東国は獣人の国。
獣の姿に近い獣人ではなく、人間の姿に動物がワンポイントだけ反映されている。
ほとんどが髪の毛が動物の耳っぽくなっていて、犬、猫、狐あたりがメジャーだ。
だが、俺の推しはカピバラの獣人、鬼侍テンジク。
東国出身なのに天竺とはこれいかに。
カピバラの和名がそんな感じだからだとは思うけど。
カピバラなので分類的にはネズミの獣人だ。
小さい耳を模倣した短めの茶髪がチャームポイント。
温泉好きという設定もポイント高い。
普段凛々しい感じなのに、温泉に入るとなんとも言えない幸せな顔になる。
その容姿と設定が気に入って何度もリセマラしてゲットした。
最初の無料ガチャをするために何度もチュートリアルの中ボスを倒したなぁ。
……もしかしてそのせいで中ボスに転生したのか?
まあ、いいけど。
お気に入りのキャラだったので、強化アイテムを全部突っ込んだ。
後悔はないが、初期からいるキャラって強さのインフレに追い付かないよな。
でも最後まで使い続けた。
なんだか懐かしくなってきた。
ぜひとも東国で会いたい。
あわよくば戦力として魔王軍に入れたい。
「クロスさん、何か邪な感情が見えますが?」
アウロラさんは相変わらず鋭い。
でも、決して邪な感情ではない。
「邪じゃありません。東国に会ってみたい人がいるだけです」
「会ってみたい? それはどなたでしょう?」
「知らないと思いますけど、テンジクって人です」
東国って閉鎖的だし、知り合いなんかいるわけがない。
そういえば、教会本部の地下にカガミっていたのか?
契約書を燃やしただけで本人には会ってないけど。
「クロスさんとはどういう関係の方で?」
「え? テンジクですか? いえ、関係も何もないですよ。知ってるだけで」
「……なるほど、詳しく教えてください」
アウロラさんの目が怖い。あと、顔が近い。
いきなり神魔滅殺とかされたら困るんだが。
見た目が好きなだけで邪なことは何もないんだが、納得してくれるかな?
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