第95話 布石

 シェラを倒すと言ったアウロラさんは今度は地図を出した。

 世界地図ではあるが、魔国がメインの地図だ。

 隣接国が少し書かれているくらいで、大陸の形も精度は低い。


 この世界だと地図はかなり価値が高く、軍事機密扱いだ。

 たぶんだけど魔王様が命令して作らせたものだろうな。

 アウロラさんはそれを魔王城から持ってきたのだろう。

 こんなものを残していたら危険というよりも最初から活用する気満々か。


「この地図を見てください。魔国はこの大陸で言えば北東にある地域です。そして魔国は五つの領地に分かれています」


 クロス魔王軍の物になっている北の山岳地帯。

 そして各四天王が治めている東の砂漠地帯、南の森林地帯、西の湿原地帯。

 最後に中央の魔都で五つだ。


 俺には常識的なことだが、知らない人の方が多いから説明しているのだろう。

 というか、魔族なのは俺とアウロラさんだけか。

 他は人間だったり、エルフだったり、鬼だったりとかなりの混合軍だな。


 アウロラさんの説明が進む。


「――というわけでして、基本的に各領地は二つの領地と隣接しています」


 中央に魔都があるので、北と南、東と西以外は領地が隣接している。

 北は東と西と隣接、南も東と西という感じだ。

 魔都の中央は全領地と隣接しているので、支配できても維持が難しい。

 今は四天王たちも魔都を支配しようとは思わないだろう。


 そして魔都はともかく、隣接しているということは攻め込まれるわけだ。

 それを考えると東の砂漠地帯、アギの領地を攻めた方がいいと思う。


 南の森林地帯を抜ける必要はあるが、クロス魔王軍は大軍じゃない。

 ばれずに通り抜けることもできるはずだ。

 北にいるジェラルドさんとこっちで相手を分散させつつ攻撃できると思う。


 それにシェラを倒そうとすれば、ヴァーミリオンとアギが攻め込んでくる可能性が高い。たとえシェラを倒しても、今の俺たちに森林地帯の支配を維持しつつ、二人と戦う余裕はないと思う。


 ヴォルトが手を上げた。


「東の砂漠地帯の方が北と南で挟み撃ちできるんじゃないのか?」


 ヴォルトも俺と似たような考えをしていたか。


「それも有りですが、現在のシェラの状況から考えてこちらを倒す方がいいですね」

「状況ってなんだ?」

「現在、シェラは自らの城におらず、古代迷宮に引きこもっています。何をしているのかまでは分かっていませんが」


 古代迷宮か。商業都市の近くにあったあれだな。

 そういえばパンドラみたいな物を発見したとか。

 あそこに引きこもっているということは他にも何か見つけた、もしくは探してる?


「おそらくですが、シェラはパンドラさんと同じような古代兵器を見つけています。そこから情報を得てさらに強力な何かを見つける可能性が高いのです。できれば時間をかけたくありません」


 そういう事情か。それなら確かにシェラを倒しておきたい。

 パンドラも頷いているということは、危険なものがある可能性が高いのだろう。

 それなら古代迷宮にあるものはこっちが手に入れたいな。

 お金があるとなお良し。


 フランさんが手を上げた。


「でも、南側は東と西、両方に隣接しているんだろう? 私達からすればどっちも敵だ。こっちが攻め込んだらこれ幸いと両方から襲われないかい?」


 フランさんも俺と同じ懸念を持っているようだ。

 でも、当然だな。そう考えてくれるようにアウロラさんが誘導しているのだろう。


 そもそも四天王達もお互いの状況を見て攻め込もうとしているはずだ。

 どこかが弱ればすぐに襲い掛かるに決まっている。

 最初の説明はそれを推測させるためでもあったんだろう。


「それは大丈夫ですね」

「アウロラのことだから大丈夫だという理由があるんだね?」


 アウロラさんが頷く。

 そして鏡に映るジェラルドさんを見た。

 そのジェラルドさんが待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな顔をする。


「現在、東を治めているアギは北の領地で戦っておる。南側の境界にも兵は置いているだろうが、攻め込むほどの戦力はないはずじゃ。アウロラ殿の作戦通り、こっちは徐々に後退しておったのだが、アギは大量の兵を送り込んできおったわ」


 小競り合いがあったとは聞いたけど、そんなことをしてたのか。

 その辺は全部お任せだから別にいいんだけど。


「威力偵察をするほどなので、力を見せずに撤退し欲しいと頼んだのですが、思いのほか攻め込んできたようです。多少は疑心暗鬼になると思ったのですが……ですが、それも罠かもしれません。注意深く動向を確認しておいてください」

「承知した。そうそう、クロスの部下であった斥候部隊が優秀で助かっておるぞ」


 いきなり名前を出されても困るが、こういう時に言うことは一つだけだ。


「なら酒を振舞ってあげてください」

「それなら魔国で一番の酒を振舞おう」


 でも、そうか、昔の部下たちが頑張ってくれているのか。

 ろくに挨拶もできずにここへ来たからな。

 元気でやっているなら何よりだ。


 東の状況は分かったけど、西のヴァーミリオンはどうなんだろう。

 北で戦っているとも聞いたことはないが。


 フランさんがまた手を上げた。


「東側は分かったけど、なら西側は大丈夫なのかい?」

「西側の湿地帯は人間の国と隣接しているのですが、隣接国は湿地帯に攻め込もうとしていますので」

「初耳だけど、そうなのかい?」


 俺も初耳だ。そんな話は聞いたこともない。


 このエルセンがあるカロアティナ王国は魔国でも森林地帯としか隣接していない。

 だが、エンデロア王国や聖国、それ以外にもいくつかの国は湿原地帯と隣接している。どの国が攻め込もうとしているんだろう?


「攻め込もうとしているという話だけで、実際には攻め込みません」

「どういうことだい?」

「攻め込むかもしれないという情報を隣接国と魔都で流しました」

「……嘘の情報ってことか」

「はい。ヴァーミリオンは何よりも情報を優先する傾向があります。そして情報源が見つかるまでは動かないでしょう。十中八九私が情報源だとしても、十になるまでは動きませんね。長命種の弱点といいましょうか」

「耳が痛い話ねー」


 メイガスさんが頬に手を当てて微妙な顔をしている。


 なるほど。ヴァーミリオンは吸血鬼。長命種というかアンデッドだけど、時間をかけることに抵抗がないという意味ではエルフと一緒か。確実な情報が集まるまでは動かないってことだろう。


「ですが、いつまで続くかは分かりません。ヴァーミリオンは情報が集まらないのならそれを踏まえた上で動きますから。なのでシェラを即座に倒すことが重要です」


 こう聞くと行けそうな気がする。

 最終的にはシェラに勝てるかどうかだけど、それは俺が頑張るところか。


「一ついいですかい?」


 黙って聞いていたバウルが手を上げた。


「はい、なんでしょうか?」

「シェラを倒した後はどうするんですかい? あの森はゴブリンやオークなどの亜人、それに魔物が多い。今はシェラに従っていますが、そのシェラを倒したとしても素直に従うとは思えないんですけどね」


 そういえばバウルたちもあの森から逃げてきたんだっけな。

 シェラを相手に抵抗したとか武闘派過ぎるだろうに。

 敗走していたのを俺が匿ったわけだけど、あの森のことなら詳しいわけか。


「特に支配はしません。放置です」

「放置?」

「そこを放置してそのまま東のアギの領地に戦いを仕掛けます」

「……ああ、そういうことですかい。亜人たちをそのままにして牽制に使うと」


 アウロラさんが頷く。

 俺もそうだけど全員が驚いている。


 シェラは倒すけど、支配はせずに今度はアギの領地で戦闘?

 そんなことしたら、ヴァーミリオンに森林地帯を……いや、そうかバウルが言った通り亜人たちがいるから攻め込めないのか。


「おそらくですが、ヴァーミリオンでも南の森林地帯を短期間では支配できません。それはバウルさんが言った通り、亜人や魔物が多いからです。一時的に亜人たちによる無法地帯になりますが、その間に砂漠地帯に攻め込みます。今度はヴォルトさんが言った通り、北のジェラルドさんと挟み撃ちするわけですが……」


 アウロラさんはメリルに視線を送った。

 それを確認したメリルは首を縦に振る。


「東国で船を準備させています。あと二週間もあれば鬼や獣人の皆さんを載せられるだけの数が揃うはずです」

「ありがとうございます。砂漠地帯は魔国で唯一海に面している領地です。東国から鬼や獣人の皆さんを船で送り、北、南、そして東の海の三方向から攻め込みます」


 またも俺を含めて皆が驚いているが、アウロラさんの中ではずっと前から決めていたんだろう。


 ……いや、違うか。ずっと前から色々な布石を打っておいたんだ。


 その中から必要な物を組み合わせただけで、使われていないものもあるはず。バサラたちが一緒に戦ってくれるなんてつい最近に決まったことだし、それを想定した作戦を昔から決めていたわけがない。


 怖いね。あとどれくらい布石を打ってあるんだ?


 でも、この作戦って短期間に四天王二人を倒すことが絶対条件なんじゃ?

 しかも負けたらそこまでのような気がする。


 負けて逃亡したところで再起を図れるか?

 北に逃げればなんとかなるかもしれないが、命は助かっても、次に勝てる可能性がぐっと減るような……。


「クロスさん」

「え? あ、はい」

「この作戦でどうでしょう?」


 その顔はこれしかないとしか言っているようなものだ。

 もっと時間をかけるなりすればいい案は出るだろう。

 だが、そうなると他の四天王達がもっと強くなる。


 それならかなり強引でもやるべきだろうな。

 アウロラさんはこれで勝てると思って作戦を立てたはずだ。

 それなら組織のボスとしてちゃんと決定しないと。


「これしかないって言うくらい完璧です。二人の四天王を一気に倒しましょう」

「……肝はシェラとアギに勝てるかどうかにかかってます。クロスさんはもとより、皆さんにもかなりの負担を――」

「負担がない戦いなんかありませんよ。それに向こうの四天王はたった二人ですよ? こっちは十五人もいるんですから負けるわけがない」


 そう言うと、ヴォルトが「当然だな!」と言い出した。

 それに皆もやる気になっているようだ。


 よかった、ウケた。外したらどうしようかと思った。

 アウロラさんは驚いた様子だったが、ちょっとだけ微笑んでから頷いた。


「はい、クロスさんは大魔王になるんですからこれくらい当然ですね」

「しれっとそういう布石は打たないでください」


 きつい戦いになるのは間違いないが、楽な戦いなんてあるわけがない。

 それに俺には課金スキルがあるし、金も十分ある。

 負けるわけがないと信じよう。


『当然です。それに四天王ならお金を貯め込んでいるはず。根こそぎ奪いましょう』

『お金好きだね。俺も好きだけど』

『クロス様は片想いなので辛いでしょうね』

『お前も片想いだろうが』


 まさかの冗談で返された。

 スキルなりに俺の緊張を解いてくれたのだろう。

 いいスキルだな。


 よし、すぐに準備を始めよう。


 でも、その前に教会の人達と話をするべきか。

 厳しい戦いになるのは分かっている。

 ここは騙してでも戦力になってもらわないとな。

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