第199話 自信

「おう、コラ、マスター、どこかのメイドとイチャついたな? あぁん?」

「どこのチンピラだ。あと人が多い場所でそういうことを言わないでくれるかな?」

「これが印象操作。裁判を有利に進めるために必須です」

「何の裁判を起こす気だ」


 トレーディとの戦いが終わって五日経った。


 多くの戦場に物資を運んでいるパンドラが今日ここへやってきて、開口一番そう言った。しかも人が多い砦の訓練場で。風評被害しかない。


 パンドラが言っているメイドとはパトリシアのことだろう。別にイチャついていないのに、パンドラの中ではそういうことになっているらしい。これはあれか、嫉妬みたいなものか。


「違います」

「心の中を読むな」


 いつもの冗談だとは思うが、そういうのは本当に困る。情報は皆に展開されているので、全員が分かっているから大丈夫だとは思うけど。


「言っておくがパトリシアさんは善意で対応してくれてる。変な噂は俺じゃなくて彼女に失礼だから本当に止めてくれ」

「マスターの魅力でメロメロにしたわけではないと?」

「俺の魅力って何さ」


 パンドラは腕を組んで目を瞑る。そして上を向き、その後、下を向いた。


「すみませんでした」

「なにか思いつけ。そこは俺の魅力を言うところだろ」

「……本当にすみませんでした!」

「ガチで謝るのはやめて」


 周囲から笑い声が聞こえてくる。ボケとツッコミ的な漫才だと思われているのだろうか。ちょっと涙でそう。でも、これはパンドラが俺で遊んでいるだけだな。というよりも周囲を和ませるためにやっているんだと思う……やってると思いたい。


 パンドラが言いたいことも少しだけ分かる。パトリシアはオルビスが連れてきたと思われるゾンビたちを全滅させた。その後、トレーディの城に戻ったのだが、その翌日に砦にやってきて、こう言ったんだ。


「城の周りに不快な不死者たちがいるので掃除しておきます」


 ヴァーミリオンのことはどうでもいいのでこちらの味方はしない。前にそんな感じのことを言っていたパトリシアだが、結果的にこちらが有利になるような対応をしてくれている。


 トレーディの城は湿地帯の中央より少し南にある。ヴァーミリオンがいる城は中央よりも北にあるのだが、不死者たちは基本的に北の城から出撃する。そこに大量のゾンビたちが隠されているからだろう。


 なので、聖国の南側やカロアティナ王国、それに魔国の森林地帯に侵攻する際はトレーディの城の近くを通る必要がある。ただ、パトリシアがそれを許さない。勝手に領地に入ってきた奴が悪いとヴァーミリオン軍を倒しているのだ。


 聖国の北側、そしてこの中央の戦場に関しては少しゾンビたちが減ったくらいなのだが、南方の三か所への攻撃に関しては相当減ったようで、まず負けることはないとのことだ。


 そんなありがたいことをパトリシアは無償でやってくれているのだが、これはトレーディを倒した俺へのお礼だ。パンドラが言うような俺の魅力でどうこうなんてことは微塵もない。言ってて悲しいけど。


 そして南地域への攻撃が減ったことで、一つの作戦が持ち上がっている。


 それは旧エンデロア王国の領地奪還。


 湿地帯全域は拠点にできるような場所がないので攻め込んで奪っても防衛できない。そんな理由で攻め込んではいないのだが、エンデロアの領地に関しては人間が住んでいたので拠点にできる場所が多く、魔国と隣接している場所には砦などもある。


 また領地を奪還することで士気を上げることができるし、防衛する領地を減らすことができる。カロアティナ王国は湿地帯とは隣接していないので、安全が確保できるし、聖国の南側の戦場も兵を置く必要がなくなるとのことだ。それに魔国の森林地帯にいる亜人たちを魔都に移すこともできる。


 エンデロアの領地が主戦場になってしまうが、奪い返したときのメリットが大きいと全員が乗り気だ。


 現在その話し合いが進められていて、フランさん、アラン、カガミさん、オリファス、コルネリア、それとゴブリンのバウルが遠隔通話による会議を行っている。


 俺もその会議に誘われたが断った。そういう軍事的な会議に出たとして俺は何もできない。そんなことよりも少しでも強くなろうと鍛錬中だ。


 とはいえ、俺もそこそこ強いので相手がいないんだよな。アランだとちょうどいいくらいなんだけど、聖騎士や一般兵相手だとちょっと物足りない。


 仕方ない。また素振りでもしようか……なんでパンドラはホウキを両手で持って素振りしているんだろうか。


「何やってんの?」

「メイド流暗殺術の訓練です」

「パンドラの場合は暗殺なんかしなくても普通に倒せるんじゃないの?」

「それはあまりにも無粋……!」

「俺とパトリシアさんの会話を聞いてたな?」


 無粋って言葉が好きなのはトレーディとパトリシアだ。粋かどうかはともかく、信念をもって行動することが良いってことなのだろう。パンドラの信念はちょっとアレだけど。


 それにしてもパンドラは悩みとかなさそうだな。もともと兵器として生まれているし、何かの不具合……いや、別に不具合ってわけじゃないか。製作者の意図した姿ではないけど、そんなことは気にせずに自信をもって生きている。


「ちょっと聞いていいか?」

「どんとこい」

「なんでそんなに自信たっぷりに生きられるんだ?」


 ものすごい変な目で見られた。すし屋でカレーを頼んだときの店員みたいな目をしている。そんな変なことはしたことないけど。そもそも回転する寿司屋しか行ったことないし。


「質問の意図を聞いてもいいですか?」

「強くなろうと頑張っているんだが、強くなるイメージが湧かないというか、強敵を倒せる自信がないというか。自信満々に生きているパンドラに聞いてみようかと」

「自信がない……トレーディという強い吸血鬼を倒したのはマスターですよね?」

「スキルを使って小細工しながら力技で押し切っただけ。ヴァーミリオンに通用するかどうか分からないからなぁ」


 それにヴァーミリオンだけじゃなく、魔王を倒す必要が出てくるかもしれない。今はお金が大量にあるから何とかなるが、アウロラさんを治したら一気にお金が無くなるし、その後にお金を貯めるのは難しい気がする。


「ならもっと小細工すればいいのでは?」

「なんて?」

「強くならないなら、大量に小細工すればいいと思います。チリも積もれば山になるという言葉がありますので、小細工を積もらせて大細工にしてしまえばいいのではないでしょうか。私、うまいこと言った」

「大量に小細工か……」

「はい、マスターはずる賢いのでそこは自信をもってください。私が保証します」

「ずる賢いを保証するな」


 でも、言われてみるとそんな気もする。ヴァーミリオン並みに強くなるのは無理だし、俺には小細工しかないか。今回も効果があったか不明だが、霧状の聖水を使ったし、あれを改良すればもっと色々やれそうだ。


 それにもっと大量の武器を見つけるのもありかもしれない。アルバトロスはヒビが入ったけど、メイガスさんたちやミナークは遺跡で色々発見している。そういうのを大量に使うのはアリだろう。


 ……いや、武器なら聖剣をヴォルトから借りていくか。アレ、性格はともかく、剣としては最強だし。それに神刀があってもいい気がする。今考えると、両方とも一日使うだけなら安い。かなりお得だ。


『私がパワーアップしてるので一日だけならどちらも無料ですよ』

『いつの間に。でも、それはありがたいな』


 そうだよな。弱いキャラに最強装備をさせて無双するのは良くある。俺がそれをやってもいいじゃないか。あと、エリクサーみたいな完全回復薬とかあったら大量に持っていこう。俺だってラスボス戦なら惜しみなく使える。


 自信がついたわけじゃないが、光明が見えた気がする。小細工するためにも色々やることはあるが、自身が強くなろうと考えすぎるのは意味がないように思えてきた。


「パンドラ、ありがとうな。なんとかなりそうに思えてきた。さすが完璧メイドだ」

「よせやい。超ウルトラスーパーメイドなんてほめ過ぎです」

「そこまでは言ってないぞ」


 強さに自信がないならそれを補うために色々やっておく。自分が強くならなきゃと思い込み過ぎて基本を外してた。これからはレベル上げじゃなくて、アイテム収集を行おう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る