異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手しちゃうから!

明衣令央

第一章・異世界転移と異世界転生

第1話・一体、どうしてこうなった!



 私は今、異世界ルリアルークに居る。

 そして森の中で、つい数十分前まで私の護衛だと言っていた、オルブリヒト王国の兵士たちから、剣を向けられていた。

 一体、どうしてこんな事になったのだろう?

 あんまり出来の良い頭ではないけれど、考えに考え抜いた私が出した結論は、

私はこの国の人間に騙されたという事だった。




 私、糸井織絵は、アラフィフの普通の会社員だった。

 両親を早くに亡くしてしまい、一人っ子だった私は天涯孤独の身となってしまったが、漫画やアニメ、ゲームなどのヲタク趣味を楽しみながら、人様に迷惑をかける事なく、慎ましく平々凡々と生きてきた。

 そんなある日の事――。

 今のこの状態に続く、とんでもない事が私に起きた。

 なんと、突然異世界に飛ばされてきてしまったのだ。

 この異世界は、ルリアルークという名前の世界で、私はオルブリヒト王国という国が行った、聖女召喚の儀式に巻き込まれてしまったのだ。

 巻き込まれたというのは、聖女として召喚したのは、私と一緒に異世界に来た美女が聖女だと言われていたからだ。

 彼女は確かに若くて綺麗だった。

 まぁ、ちょっとスゴい豹柄の服を着ていたけど、彼女は、「美しき金色の獣の衣を纏った聖女」として、オルブリヒト王国が行った聖女召喚の儀に参加していた人たちに、とても歓迎されていた。

 だけど私は、全く歓迎されていなかった。

 なんでこんな醜く太った年増が、聖女様と共に召喚されたのだ――なんて言われ、冷たい視線を向けられたのだ。

 指をさして、大きな声で笑った者もいた。

 私の存在は、「美しき金色の獣の衣を纏った聖女」の召喚時に巻き込まれて一緒に召喚されてしまった、「醜く太った年増」でしかなかったのだ。


 確かに私は醜く太った年増なのだが、聖女召喚に巻き込まれた被害者でもある。

 何故そこまで言われなくてはいけないのだと、頭にきた。

 私に用がないというのなら、元の世界に戻せと怒鳴りつけてやったのだ。

 この要求は、当然のものだと思う。

 だが、そんな私に、聖女召喚の儀を行った術者だという男性が、言った。

 こちらの世界に召喚される条件は、元居た世界での死が条件なのだと。

 つまり、こちらの世界に召喚されたという事は、私は元の世界では死んでしまっているという事らしい。

 というわけで、私はこのオブルリヒト王国の聖女召喚の儀というのに巻き込まれて、この異世界ルリアルークに強制的に転移させられたあげく、この世界の人々に「醜く太った年増」として蔑まれ、元の世界にも戻れなくなってしまったのだ。


 なんてひどい、ひどすぎる!

 泣き叫んだ私に、この国の王子だという体格のいいイケメンが、「まぁ、落ち着け」と言った。

 褐色の肌に、黒い髪、赤い瞳の逞しい男の人。

 彼は、ちらりと隣に居た初老の男性へと視線を向ける。

 彼の隣に居た男性は、褐色の肌、銀色の髪、金色の瞳をしていた。

 王子様の隣に居るから、お父さん……このオルブリヒト王国の王様なのだろう。

 褐色の肌に黒髪の王子は、王様と短い会話をした後、私に言った。

 国が行った、聖女召喚に巻き込んでしまい、申し訳ないと思っている事。

 だが、正直言って、聖女ではない私の存在を、持て余している事。

 だから、この世界で暮らしていけるように、お金と住む場所を用意するので、この世界生きていってほしいという事。

 王子様の言葉に、私は考え込んだ。

 元の世界には戻れないのなら、この世界で暮らしていくしかない。

 この世界に召喚された時に私が持っていた荷物は、茶色のリュックだけで、 リュックの中身は、スマホと財布、化粧ポーチの他は、ハンカチとティッシュくらいだ。

 この世界の事は、まだ何もわからないけれど、もちろんスマホや元の世界のお金は使えないだろう。

 だから、この世界でお金と住むところを用意してもらえるのなら、この世界でも生きていけるのではないかと思ったのだ。

 私は王子の提案に頷いた。

 そして二日後にお金を受け取り、案内役兼護衛だという三人の兵士に連れられて、私のために用意された住む場所へと、馬車で向かって――冒頭に戻るというわけである。




 森の中に入って数分後、馬車が止まった。降りろと言われ、目的地に着いたのかと思ってそのまま素直に従うと、オルブリヒト兵は私に剣をつきつけてきたのだ。


「ジュニアス王子からは、お前の事は好きにしてもいいと言われている。まぁ、太った醜いお前相手は、そんな気は起こらないがな」


 兵士たちは笑いながら、私からリュックを奪い取ると、中に入れていた革袋を奪い取り、リュックサックを投げ捨てた。

 兵士たちが奪った革袋は、これからの生活のためにと、あの王子――ジュニアスが私に渡してくれたお金だった。


「これは後から山分けだ。あとは、他に何か価値がありそうなものはあるか?」


 乱暴に放られたリュックの中から飛び出たスマホと財布が、地面に転がっている。


「なんだ、これは。人形か?」


 と言って、一人の兵士が蹴ったものは、私のスマホだった。

 スマホケースがハリネズミのぬいぐるみタイプになっているもので、あまりの可愛さに、一目惚れしたスマホケースだ。

 触り心地はふわふわで、愛らしいつぶらな瞳がとても可愛いハリネズミのぬいぐるみ。

 サーチートと名付けて、いつも話しかけていた。


「その子を蹴らないで!」


 と叫んでサーチートに駆け寄ると、


「何言ってんだ、これはただの人形だろうが!」


 と笑う兵士は、サーチートを思い切り踏みつけ、私の体を突き飛ばした。

 そして、みっともなく地面に転がった私に、再び剣を突きつける。


「悪く思うなよ? 聖女様と共にここに来たお前の存在は、この国にとってかなり面倒な存在らしくてな、始末させてもらうぜ」


 くそう、兵士に指示をしたのは、あのジュニアスとかいう王子だろうか?

 それとも、王様の方だろうか?

 どちらにせよ、私は奴らに騙されたのだ。

 ものすごく悔しい。絶対死んだら化けて出てやると、心に誓う。


「では、死ねっ!」


 そう言って、三人の兵士たちは、剣を振り上げた。

 あれに斬られたら痛いんだろうなぁと思いながら、私はみっともなく頭を抱えて蹲り、来るであろう痛みに備えていたんだけど、痛みは全然来なかった。

 それどころか、


「うわっ!」


「ぎゃあっ!」


「ぐわっ!」


 と、兵士の方が悲鳴を上げている。

 一体どういう事なのだろうと顔を上げた私に、初めて聞く可愛い声がかけられる。


「オリエちゃん、大丈夫?」


「え?」


 顔を上げた私を見つめていたのは、黒いつぶらな瞳のぬいぐるみだった。

 ぬいぐるみは私を心配そうに見上げ、くい、と可愛らしく首を傾げる。


「え? なんで? どうなってるの? なんで?」


 私のスマホケースのハリネズミのぬいぐるみが、動いて喋っていた。

 ぬいぐるみは私の顔を見つめ、嬉しそうに笑い、短い手足をばたばたさせながら、


「ぼくの名前は、サーチート。オリエちゃんの、スマホだよっ!」


 と、可愛らしい節をつけながら歌い、踊ったのだった。


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