第134話・無事



「すまない、遅くなった」


「ユリウスくーんっ! 遅いよ、何してたんだよーう!」


 自分だけが先に戻ってきた事に、罪の意識を感じていたサーチートが、泣きながらユリウスに飛びついた。

 ユリウスはサーチートを受け止め、ごめん、と謝り、サーチートに無事だったかと尋ねる。


「オリエ、本当に遅くなってごめん。伯父上も、申し訳ありませんでした」


 彼の穏やかな声を聞いて、私はほっとした。

 と同時に、ユリウスが心配でずっと張り詰めていた糸のようなものが切れて、涙が溢れてきた。

 泣いているのが恥ずかしくなって、必死に手の甲で拭うんだけど、なかなか止まってくれない。

 これは仕方ないかと、私は開き直って泣く事にした。


「ユリウス、無事で良かったよう〜」


 本当に、無事で良かった。

 まだ巨大熊と戦った時の例があるから、油断はできないけれど、目に見える限り、服が破れたりしていないから、大きな怪我はしていないように見える。


「オリエ、泣かないで。本当に心配かけてごめん。でも、俺は大丈夫だから」


「ユリウス……」


 顔を上げると、少し困ったような表情で、ユリウスが私を見つめていた。

 抱きしめようとしたのだろう、中途半端に腕を伸ばしているけれど、その腕は私を引き寄せる事はなかった。

 よく見ると、破れはしていないものの、彼が身につけているジャケットもズボンも、ずいぶん汚れていた。


「あっ……」


 血のような染みを見つけて、私は目を見開いた。

 もしかして、服で見えないところに大きな怪我をしているのだろうか。


「俺は大丈夫だよ。これはほとんど魔物の返り血だから。でも、そのせいでひどく汚れているから、今はまだオリエに触れられない」


「そんなの、構わないよ」


 私はそう言うと、ユリウスの体に抱きついた。

 ユリウスは、こら、と困ったように言ったけれど、長い腕を私の体に回し、抱きしめてくれた。

 ユリウスの腕の中で大きく深呼吸すると、少し落ち着いた。


「ユリウス、オリエさん、二人とも今日は疲れたでしょう。サーチートくんは私に任せて、お風呂に入ってゆっくりしなさい。話は、また明日以降にしましょう」


 アルバトスさんの言葉に、私たちは頷いた。

 どうしてなかなか戻って来てくれなかったのかとか、ユリウスはみんなに話をしなきゃいけないんだろうけど、今の私はユリウスを独り占めしてくっついていたかった。


「ねぇ、ユリウス、怪我とかしていないよね?」


 二人で使っている部屋に戻った私は、ユリウスにくっついたまま聞いた。


「大きなものはしていない。傷があったとしても、かすり傷くらいだよ」


「本当に?」


「本当だよ。そんなに気になるのなら、一緒にお風呂に入って確かめてみる?」


 少しからかうような口調でユリウスは言った。

 多分、私が首を横に振るって思っていたのだろうけど、私は、うん、と深く頷いた。


「本当に?」


 ユリウスは驚いているようだったけれど、嫌なのかと聞くと、嬉しそうな顔で首を横に振った。


「じゃあ、隅から隅まで、確かめてもらおうかな」


 嬉しそうな顔を通り越してニヤケ顔になりながら、ユリウスが言う。

 私は、少し早まったかなと思いながらも、頷き、彼の服に手をかけた。



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