第8話・サーチートは学習したい


 かなりシリアスな話をしていたはずなのに、空気の読めない私のお腹が、ぐううぅ~、と大きな音を立てた。


「あぁ、お腹すいちゃったんだね」


 ぷ、と吹き出して、ユリアナ王女が言った。


「さっき台所を案内しただろ? そこで好きな物を作って食べたらいいよ。私や伯父上の事は、気にしなくて良いから、行っておいで」


「はい、ありがとうございます」


 恥ずかしいけれど、ここはそうさせてもらおう。

 頷いた私は席を立ち、サーチートを抱き上げた。

 それから真っすぐに台所に向かおうとしたんだけど、抱っこしたサーチートが、


「オリエちゃん、ちょっと待って」


 と声をかけてきたので、足を止める。


「サーチート、どうかした?」


「うん、あのね、ぼく、ちょっとアルバトスさんに聞きたい事があるんだ」


 可愛い声でそう言ったサーチートに、アルバトスさんは少し首を傾げた。


「サーチートくん、何かな?」


 私が抱っこしたサーチートを覗き込み、アルバトスさんが優しく問いかける。


「あのね、アルバトスさんは、いろいろな事を知っているの?」


「うん、まぁ、そうだね。うちは、代々学者の家系だから、この世界の事を、いろいろと調べているんだよ」


「そうなんだ!」


 サーチートは、つぶらな黒い瞳を、キラキラと輝かせた。


「じゃあね、アルバトスさん! ぼくにこの世界のいろいろな事を、たくさん教えてくれないかな? アルバトスさん、ぼくの先生になって!」


「え?」


 アルバトスさんはサーチートの発言に、とても驚いたようだった。

 まぁ、普通はそうだろうね。

 ぬいぐるみなのか魔物なのか、よくわかんない生き物から、この世界の事を教えて、なんて言われたら驚くに決まっている。


「サーチートくんは、どうしてこの世界の事を、知りたいって思ったのかな?」


「あのね、それはね、ぼくはオリエちゃんのスマホだから、オリエちゃんにいろんな事を教えてあげなきゃいけないからだよ! 食べたり、触ったりして、ぼくはこの世界のいろんなものから情報を読み取る事が出来るんだけど、それだけじゃ不十分なんだ。ぼくはね、オリエちゃんにいろんな事を教えてあげるために、もっともっと物知りになりたいんだよ」


「サーチート……」


 この子、やっぱりものすごく健気な子だ。

 そして、それは私だけでなく、ユリアナ王女とアルバトスさんも思ったようで、特にアルバトスさんは、今のサーチートの言葉にものすごく感動したようだった。


「えらいね、えらいね、サーチートくん!」


 アルバトスさんは、サーチートの小さな両手を握ると、何度も頷いた。


「勉強を嫌がる子が多いこの昨今、君みたいな子は、大歓迎です! わかりました。私がサーチートくんの先生になってあげますよ」


「ありがとう、アルバトスさん!」


「あぁ、私が君に、この世界のいろんな事を教えてあげます! 一緒に勉強をしましょうね!」


「はい、アルバトス先生!」


 サーチートもアルバトスさんも、瞳をキラキラと輝かせていた。




「ねぇ、オリエ。二人とも、可愛いよねぇ」


 そう言ったユリアナ王女に、私も頷く。

 本当に二人とも、とても可愛い。

 でも……ちょっとお腹が減ったんだよなぁ。

 さっきみたいに、鳴らなかったらいいんだけど。

 そんな事を思っていたら、アルバトスさんと目が合った。

 アルバトスさんは優しく緑の瞳を細めて笑うと、サーチートに優しく言った。


「では、サーチートくん。勉強は明日からという事にして、今はオリエさんと一緒に、食事を作りに行った方がいいのではないでしょうか。君の大好きなオリエさんが、お腹を空かせているのではないですか?」


 アルバトスさんがそう言うと、サーチートは、はっとした顔をして、私を振り返り、ごめんね、と言う。


「オリエちゃん、お腹ペコペコで、お腹ペタンコなっちゃうところだったね」


「いやいや、そこまでじゃないから、大丈夫だよ」


 お腹は減っているけれど、ぼてっとしたこのお腹は、絶対にペタンコにはならないよ、サーチート。

 自虐的な事を思いながら、


「じゃあ、行こうか」


 私はサーチートを連れて、台所へと向かった。




 台所には、食材がたくさんあった。

 私が日頃から食べている物と良く似ているけど、ここは異世界だからなぁ。

 私の知っている食材と同じ物なのかは謎である。

 さぁてどうするかと黙って考え込んでいると、私の腕から飛び出したサーチートがキャベツっぽい物に近づき、かじり付いた。そして、


「オリエちゃん、これ、キャベツだよ」


 と教えてくれる。


「そうなの?」


「うん、そうだよ。確認してみて」


 サーチートはそう言うと、ころんとお腹を見せて転がった。

 白いお腹に、またスマホが現れる。


「今かじった物のデータだよ」


 サーチートのお腹のスマホ画面には、先程サーチートがかじったキャベツっぽい物の画像があった。

 タップしてみると、『キャベツ』と表示される。


「オリエちゃん、ぼくはね、食べたり触ったりしたら、その対象のデータを手に入れる事ができるんだよ」


「すごいねぇ」


 そう言えば、さっきアルバトスさんと話をしている時、そういう事を言っていたなぁ。

 ただのスマホケースのぬいぐるみだったはずなのに、すごい能力だ。

 サーチートはお腹のスマホをしまって起き上がると、ジャガイモっぽいものをかじって、ジャガイモ、人参っぽいものをかじって、それが人参である事を教えてくれた。


 どうやら食材は、元の世界の物と同じ物が多いみたいだ。ありがたい!

 その後もサーチートは、調味料入れにも手を突っ込んで、塩、砂糖、カレー粉、酢、とかを教えてくれる。

 その他、卵や小麦粉、お米もあって、私はラッキーと手を叩いて喜んだ。

 でも、肉や魚は、マブタのハム、マブタのベーコンとか、マギョの切り身とか、知らない名前の物もあった。

 マブタとかマギョとか、どんな生き物なんだろうね。

 でも、貯蔵庫に置いてあるのかから、全て食べられるものなのだろうと私は思った。


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