第7話・二人のオリエ


「これ、どういう事?」


 タップしたスマホ画面に映し出されたのは、ベッドで眠っている私の姿だった。

 スマホ画面に映る私は、体にいろんな管をつけられ、包帯を巻かれて眠っていた。

 この場所はどこ? 病院ぽい?

 でも、本当に一体どういう事?

 私、こんな怪我した覚えないんだけど?


「これは、君?」


 ユリアナ王女の問いに、私は頷いた。


「そう、みたいですね」


「君は今、ここに居るのに?」


「そう、ですよねぇ」


 私は今、この異世界に居るというのに、スマホ画面に写っている私は、病院らしきところで、包帯を巻かれて眠っている。


「サーチートくんのお腹の黒い板は、どういう仕組みなんだろう? 占い師の水晶玉みたいな物なのだろうか?」


 アルバトスさんがそう言って、サーチートの小さな手足をチョンチョンと突いている。

 私はアルバトスさんに、


「そうです。占い師の水晶玉みたいに、いろんなものを映し出してくれるものです」


 と説明をした。

 適当だけど、いろんなものを映し出してくれるから、なんとなく合ってるんじゃないかな。


「これはね、元の世界のオリエちゃんの、今の姿なんだよ」


 ひっくり返ってお腹のスマホを見せたまま、サーチートが言った。


「どゆこと?」


「あのね、オリエちゃんは今、元の世界とこの世界の両方に存在しているんだよ。ただ、元の世界のオリエちゃんは、大怪我をして、意識不明の重体みたい」


「え? 私、生きてるの? でも、この世界に召喚される条件って、元の世界での死なんじゃ……」


 そう言ったのは、あのジュニアス王子の側近の男だ。

 確か、赤茶の髪に薄い水色の瞳をした、魔法使いっていうか、賢者っぽい人で、召喚の儀式の術者で責任者らしかった。

 その彼が召喚される条件が元居た世界での死なのだから、私は元の世界には戻れないと言い切ったのだ。


「その辺りは、ぼくはまだよくわからないけど、元の世界のオリエちゃんは、まだ生きているよ」


「じゃあ、元の世界に戻れるの?」


 そう尋ねると、サーチートは困り顔になった。わからない、と言う。


「ごめんね、オリエちゃん。ぼくにはまだ、オリエちゃんを元の世界に戻してあげる方法がわからないんだ」


「そうなの?」


「うん。でも、こちらの世界で動けるようになったから、いろいろと調べてみる。オリエちゃんが元の世界に戻りたいっていうのなら、その方法を探すよ」


「サーチート、ありがとう!」


 健気なサーチートに、私は心から感謝した。

 彼の小さな体へと手を伸ばし、ぎゅっと、抱きしめる。

 私が抱きしめると、ふわふわのふいぐるみの感触になるのだから、この子はとても不思議だ。だけど、可愛くてとても良い子だ。

 サーチートは自分も私へとすり寄ってきた。そして私の腕の中で、でもね、と言葉を続けた。


「でもね、オリエちゃん。ちょっと辛い事を言うんだけど、オリエちゃんは、すごい怪我をしているから、いつ死んでもおかしくないのかもしれないんだ。ぼく、頑張ってオリエちゃんが元の世界に戻れる方法を探すけど、その事は、ちょっと頭の中に入れておいてほしいんだ」


 私は先程サーチートのスマホに映し出された、包帯だらけの自分の姿を思い出した。

 確かに、見るからに重傷だった。いつ死んでもおかしくないのかもしれない。

 つまり、サーチートは元の世界に帰る方法を探してくれると言っているけれど、間に合わない可能性があるという事だ。

 例え間に合わなくても、頑張ると言ってくれたサーチートの一生懸命な気持ちが嬉しかった。






「あの、オリエさん、サーチートくん。あなたたちを元の世界に戻す方法なら、私がお役に立てるかもしれません」


「え?」


 そう言い出したのは、アルバトスさんだった。

 どういう事かと尋ねると、アルバトスさんは明るい緑の瞳を優しく細め、言った。


「私は学者の家系の者ですし、以前召喚の儀の事で、ノートンから相談を受けていました」


「え?」


 驚く私とサーチートに、アルバトスさんは丁寧に説明をしてくれる。


「まず、ノートン・ホーネックというのは、ジュニアス王子の側近の男で、今回の召喚の儀の責任者であり、術者でした。オリエさん、赤茶の髪に薄い水色の瞳の男に、見覚えはないですか?」


「あります!」


 私は頷いた。赤茶の髪に薄い水色の瞳の男……そうか、あの男はノートンっていうのか。


「召喚の儀を行うにあたり、ノートンはいろんな書物を読んだようですが、自分が出した結論の答え合わせなのか、私の元を訪れました。私は、この方法で聖女召喚が行えるかという相談を受けたのです。だから私は、あの日行われた召喚の呪文も、あなたが召喚された時に足元で輝いていた魔法陣も、どのような状況で行われたかという事も、全て知っています」


「すごい! じゃあ、今すぐにでも元の世界に戻れるって事ですよね?」


 やったね、とサーチートと笑い合った時だった。

 アルバトスさんは、ただ、と続ける。


「ただ、召喚の呪文も魔法陣も知ってはいますが、今の私にはそれを行い成功させるだけの魔力がありません。あの日、ノートンは召喚の儀を行うにあたり、満月の力を利用して、己の魔力へと変換しました。だから、私がオリエさんを元の世界に戻すための魔力を得るには、召喚時と同じ状況下で行うか、他の方法で魔力を得なければ駄目なのです」


「同じ状況下っていうと、満月って事ですよね……」


 そういえば、この世界に来た時、夜だったような気がする。

 空には、大きなお月様があって……うん、確かに満月だった。


「確か、召喚の儀が行われてから、今日で三日目だっけ? 月の周期は、二十九日。という事は、単純計算で、オリエを元の世界に戻すための儀式は、二十六日後にしかできない事になる」


 ユリアナ王女が教えてくれた。

 そうかぁ、二十六日後かぁ。長いなぁ。

 この異世界での時間の流れと、元の世界の時間の流れが同じだとしても、そんなに時間がかかれば、元の世界の私は死んでしまう可能性が高そうだ。

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